番外編 日本でのお正月1
コレは、日本に彼らがいた場合のIFの物語
目覚ましに起こされることなく、目を覚ますことができたことは僥倖と呼べるかもしれない。そんなことを考えながら、少年、ユヅル・ハイドマンはベッドから体を起こし、もはや習慣となっている、いや、反射的な行動となってしまっている喫煙を開始。
最近になって、彼女彼氏という関係が生まれた為、彼女の前ではタバコを吸うことに対して、思考することを心がけてはいるものの、長い間親しみ続けた悪癖は中々思うように、自分の理性に従ってはくれない。
「まぁ、別に困るわけじゃないんだけどさ」
換気扇の電源をつけ、着替えを開始。
数分も経たずに着替えを終え、本日も特にやることがないことを確認。
「さて、どうしたもんかね」
最低限の生活道具はあるものの、娯楽に関するものは一切室内に置かれていない。むしろ、趣味と呼べるものが最近、改めてはじめたギター以外になく、書籍の一つすらこの部屋にはない。
ピンポーン
たずねてくるような他人が、自分にはいただろうか? そんな疑問を頭に浮かべながら、とりあえず、玄関のドアを開ける。新聞の勧誘なら、断ればいい。宗教の勧誘なら、無視してしまえばいい。だが、訪れてきたのは、そのどちらでもなく、
「あけましておめでとうございます、先輩」
着物姿で頭を下げてくる少女、レベッカ・サウザードがそこにいた。彼女は最近、彼の相棒となり、元々、このアパートに先に入居していたので、出会うことは珍しくない。でも、
「その姿は何?」
頭を下げられた当の本人は、疑問符を浮かべたまま首をかしげている。
「晴れ着ですよ。先輩、なんだか、お正月だって言うのにテンション低いですよ?」
「正月?」
「そうですよ、新年始まったんです」
「ふ~ん」
そして、それ以上何も告げることなく、玄関のドアを閉めるユヅル。
―なにか、祝うような行事だっけ?―
日本の常識を、二週間の勉強という名の隔離で叩き込まれたものの、彼の日本に対する関心は、あまり高くない。むしろ、低い。そもそも、彼は日本に来るまで、一度たりとも日時を気にして行動したことがないのである。特定の人物にかかわることであっても。
「ちょっと、先輩。郷に入りては郷に従えって奴ですよ。初詣に行きましょう。巫女さんにお参りして、おみくじを焚き火に投げ込んで、甘酒をかっ喰らう。日本のお正月を一緒に謳歌しましょうよぉ」
玄関越しに聞こえてくる相棒の声は、最後のほうは泣きそうなほどか細くなっている。そこで、彼はダウンに袖を通し、ブーツを履いて、
「お前は、俺よりも日本文化に対して学ぶ必要があると思うぞ」
玄関のドアを、彼女の額に叩きつけるという悪行も、さらりとやってのけるのである。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「さてっと」
そう口にしてユヅルが歩き始めたのは、神社のある方向とは真逆。
「先輩、何処行くんですか?」
彼女の疑問はもっともであり、
「うん? この時間に行っても阿呆みたいに行列ができてるだろ、多分。俺は、人ごみあんまり好きじゃないんだよ」
「それはそうかもしれないですけど」
時刻は午前九時を回ったばかり。家族で初詣に行く人たちで神社がごった返しているちょうどピークである。
「だから、パーティーを組もうかと」
「そういわれるとRPGみたいですね」
「そんなわけで、後二、三人連れて行こうと思うわけだよ」
そんなことを口にしながら歩く二人。当然のように、レベッカはユヅルの左腕に体を寄せている。少し前の彼なら、まず間違いなく振り払っていただろう。
「だが、ちょっとした問題もあるわけで」
「いったい誰に対して話しかけてるんですか、先輩?」
目的地に到達したユヅルは、目の前の木造の大きな門を見て、ため息をついている。
表札には大きく春日野と書かれており、中には、多くの黒塗りの車が並んでいることだろう。
「まぁ、気にしないけどな」
悪い顔をして、インターホンを押すことなく、敷地内に入る二人。
中では、宴会真っ最中。
そう、ここに住んでいるのは、秋刀魚組六代目の春日野ヒサト。当然、その関係者が正月から酒盛りをしており、
「おとうさん、飲みすぎですよ?」
「正月ぐらい飲ませてくれよ、ヒサノ」
酒瓶片手にくつろいでいるヒサトに対し、晴れ着姿のヒサノがお灸をすえている。
「そうそう、六代目。うちの息子、お嬢さんにどうですかね?」
「いやいや、うちの息子を」
春日野家に男系はいない。つまり、跡継ぎがいないことを示している。そのため、正月という集まりは、取り入ろうとするものたちにとって、格好のアピールタイムなのだが、
「俺の、娘を?」
完全に酔っ払っているヒサトの声が響くと、殆どのものが口を閉じてしまう。流石は、酔っ払っていても六代目を襲名している男性。その声と佇まいに、猛者といえどのまれてしまったのである。
「日本じゃ正月って、何処もかしこも酒臭いのか?」
そんな、重苦しい雰囲気をまったく気にしていないユヅルは、レベッカを伴い、その場に登場。当然のごとく、来訪の知らせを受けていないものたちは即座に懐に手をやり、
「おっさん、ヒサノ連れてきたいんだけど、いいか?」
「あん? 俺の娘を連れていくだと?」
「ああ、そう言ってんだけど。酔っ払って、意識でも飛びかけてるのか?」
周囲の人間は、二人のやり取りを見守っている。既に、臨戦態勢に男たちは移行しているものの、ユヅルがヒサトの知りあいであることを会話から知り、手を出せずにいる。そして、先ほどと同様のヒサトの殺気。これで、彼が萎縮すると、大半の人間は考えていたのだが、
「ううっ、娘との大切なひと時を奪おうだなんて」
「あんたの娘は完全にお冠状態だぞ? ついでにもう、準備しに行ってる」
「知るか、くそっ。俺から大切な一人娘を取り上げようって奴相手に、まとも相手できるかっ」
「うぜぇ、本気でうぜぇ。酔っ払いは万国共通だな」
ヒサトの殺気を、そよ風のように受け流し、ユヅルは鼻を片手で防いでいる。その様子に唖然としているのが半分、もう半分は、
「お嬢を奪った?」
その声を皮切りに殺気が充満し始めている。
「どうしても連れて行くってんなら、俺の屍を超えていけ」
「いや、かっこいいセリフ口にしても、足取り、結構まずいだろ?」
「なんだと? そんな覚悟もないのに俺の娘に手を出したのか。断じて、貴様との結婚を俺は認めんぞ」
「話が飛躍しすぎだ。まぁ、後二年後にはどうなってるかわからんが」
「貴様っ、とりあえずこの酒を飲めっ」
「言っている内容に統一感がないな。後、俺は未成年だ。酒は飲めん」
「何だとっ」
いよいよユヅルに掴みかかってくるヒサトだが、その背後から受けた一撃により、その場に撃沈。あえなく、そのまま動かなくなる。
「コレ、やりすぎじゃねぇ?」
「このぐらいじゃないと、この人、おとなしくしてくれませんから」
ユヅルが呆れながらたずねたのは、ヒサトを金属バットで殴り倒した人物。艶やかな着物姿の女性は、彼の妻であり、ヒサノの母である、春日野アケノ、その人。
「それで、ユヅル君は、ヒサノを誘いに来てくれたのよね?」
「そうっすよ」
「そちらの方は?」
「こっちにいるのは、相棒のレベッカ」
「あらあら、とんだプレイボーイね」
顔は笑っているものの、アケノの目はまったく笑っていない。むしろ、先ほどまで殺気を充満させていたものたちですら引いている。
「それで、今日は帰ってくるのかしら?」
「それは、どういう意味?」
「お母さんっ」
疑問符を浮かべるユヅルと、準備をしてきたであろう、上着を着たヒサノ。
「ふふっ、遅くなっても、お母さんは別にかまわないわよ?」
「お母さんっ」
二人のやり取りだが、顔を真っ赤にしたヒサノが完全に母親に遊ばれてしまっている状態。
「まぁ、帰りはこっちによりますよ。ヒサノを送らないといけないし」
「ふふっ、楽しみにしてるわ」
彼女の笑みを、彼が理解できる日は来るのだろうか?
お正月は無礼講
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