第十六話 Live Lady1
さて、本日の主役は?
「まぁ、今すぐってわけじゃないから。近いうちに連絡する」
そう口にして、シロウが去っていったのは昨日。
そして、文化祭最終日を迎えたユヅルは、目の前にある現実と対峙していた。
「コレはどういうことだ? 誰かきちんと説明してくれ」
目の前に用意されているのはウィッグと、彼が準備期間中に製作したチャイナドレス。
「ですから、コレが衣装です」
「なんの?」
「決まってるじゃないですか、ステージの」
「誰の?」
「ユヅルさんの」
カナミに改めて説明され、がっくりと肩を落とすユヅル。そりゃ、いきなり女装してステージに立って歌えと言われれば、誰だって反応に困ることだろう。
「何でこんなことになってるんだ?」
「みんなで話し合って、やっぱりインパクトが重要だろうって話になって」
「それで女装?」
「それで女装です」
楽しげに答えるアキタカとヒサノを見て、再度ため息をついてしまうユヅル。コレは既に、どう言い訳をしたとしても、結果を変えることはできそうにない。
「ちなみに、話し合ったっていってたけど、この意見を出したのは誰?」
そう、彼が問いかけた瞬間、その場にいた人間全員の視線がアキタカへと集まる。
「お前か、コノヤロウ」
視線で人が殺せるとは、まさにこのことだろう。いい笑顔を浮かべながらも、ユヅルの瞳は決して笑っていない。
「ほらほら、早くしないとお化粧する時間がなくなっちゃいますよ、ユヅルさん」
「そうですよ、ゆ~君」
二人にせかされ、完全に逃げ場を失ったユヅルはため息をつき、
「なら、これから着替えるから出て行け」
「「え~」」
「え~、じゃない。あと、化粧も自分でできる」
「「なぜに?」」
「ちょっとした事情があってな。やったことがあるんだよ。深くは言いたくない。ともかく、出て行け」
不満を口にする二人の言葉に耳を傾けず、強引に部屋から追い出すユヅル。そして、
「はぁ、どうしてこんなことになった」
本日何度目になるかわからないため息をつくのだった。
「嘘でしょ、これがゆ~君?」
「女性として、完全に負けた気にさせられるのは、どうしてでしょうか」
二十分後、部屋に入ることを許された二人の目の前にいるのは、紛れもないユヅルなのだが、その姿は、完全に女性そのものであり、
「いい加減、その羨望と嫉妬の混じった目で見ないでもらえると、嬉しいのだけれど」
言葉遣いまで変化しているのだから、同一人物として認識するのはかなり難しいかもしれない。
それもそのはず、今のユヅルは、黒のロングストレートのウィッグに、チャイナドレスとブーツ、そして、化粧までしていて、元々プロポーションは悪くないものの、それを上品なものにまで仕上げてきている。他人が見れば、一目で彼と判別することはできないだろう。
「口調や、仕草まで完璧だなんて」
「前に一度だけ、仕事でこういった格好をすることがあって、そのときに少々学ばせていただいたの」
「うぉ~、女神光臨」
微笑したユヅルに対し、骨抜きにされつつあるアキタカが興奮を抑えることなく、大声を上げる。
「もうすぐ演劇部が終わるから準備してくれって、誰、この別嬪さん?」
あわてながら控え室に入ってきたリュウイチは、当然のようにユヅルが女装した結果を知りもしない。そして、
「ユヅルだよ、それ」
黒縁メガネを直しながら、室内に入ってきたシンゴに言われて、自分の目を疑っている。
「それにしても、シンゴは一発でわかったんだ、凄いね」
「雰囲気同じじゃないか、わからないほうがどうかしてる」
「そういうものですか?」
「そういうものだよ。それにしても、ずいぶんと板についてるね。二人が見たら驚きそうだ」
シンゴの言う二人とは、転校というアクシデントでこの学校を去ってしまった軽音楽部のメンバーを指している。よって、ドラムのリュウイチ、ベースのシンゴ、ギターのアキタカ、ギター&ボーカルのユヅルといったメンバー構成に。
「まぁ、過去のことは置いといて、時間だし、そろそろ行こうか」
そんなアキタカの声で、四人は右こぶしを握り、全員であわせ、
『それでは、本日のメインイベント、Out Of The Holeの登場です』
進行役の紹介を受け、戦場へと足を踏み出すのであった。
カナミ、ようやく登場
そして、再び出番なし