第四話 お仕事事情1
決してやりすぎてしまったわけではありません
「おはようございます、カナコさん」
「あら、ユヅル君、いっつも早いわねぇ」
神宮寺邸、台所に姿を現したユヅルは開口と同時に頭を下げる。彼の目の前にいる恰幅のいい、笑顔の非常に似合う女性こそ、この神宮司家の台所を唯一任されている女性、神宮寺カナコその人である。
正直、親子でありながら、カナコとカナミはあまり外見的に似ていない。しかし、そんなことよりも、彼はどうして料理の腕が似てくれなかったのか、悔やみきれない。
「すぐご飯にしてあげるから、居間でテレビでも見てて待っててくれる?」
「はい」
現金といわれてしまえばそれまでだが、ユヅルは食事を作ってくれる人、それが美味い料理であるなら、その人には敬意を払い、滅多に逆らうことはない。彼の中で、もっとも偉大な職業ランキングでは、常に調理部門がトップテンを占有しているからだ。
居間に移動し、テレビをつけると、昨夜、隣町である屋敷が全焼したことが報道されており、それを見たユヅルは暗い笑みを浮かべる。テレビの中では、放火の疑いで警察が調査に乗り出したことを報道しているが、それはフェイク。実際は、ユヅル自身、死体処理が面倒なことに、敷地内の人間全員を殺し終えてから気づき、屋敷に火を放ったのである。
「物騒な世の中になったのぅ」
「そうっすね」
家主であり、天禅寺高校理事長でもある神宮寺勲が居間に現れ、彼から少し距離を置いてソファに腰を下ろす。それに対して、ユヅルは適当に相槌を打つ。
「昨日は、帰りが遅かったようじゃな」
「そうっすね」
「どこぞでナンパでもしておったんか?」
面倒になり、ユヅルは言葉を返すことにためらいを感じ、
「ごはんですよ~」
カナコの声を聞いて、これ幸いと、リビングへとさっさと移動する。
本日の朝食は、ご飯に味噌汁、焼き海苔に秋刀魚、きんぴらごぼう。いいにおいを漂わせており、席に着くなりユヅルは、食事に取り掛かりたかったが、そこはじっと我慢。
この家には、決して破ることのできないルールがひとつだけ存在している。
食事は家族全員そろってとること。
昼や夜、ばらばらに行動しているとき、例外は存在するものの、朝だけは、この例外は適用されない。
「おはようございます、おかあさんにおじいさま」
その場所に残る一人、カナミが制服姿で現れ、席に着く。ちなみに、彼女の父親は、彼女が幼いときに亡くなっているが、詳しい事情は聞いていない。
「それでは、いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
そんなわけで、現在の家長カナコの声に続き、皆食事を開始する。そんな中、
「昨日は、どこに行ってたんですか? 私を置いて」
私を置いて、その部分を強調し、どす黒いオーラを背中にカナミが口を開く。巫女でありながら、これいかに。そう思いながらも、ユヅルは決して口にしない。
「人助け」
事実間違ってはいない。けっして、やりすぎとか、結果的にそう転んだとか、そんなことをいう必要もないので、箸で秋刀魚の骨をきれいに取り除きながら、ユヅルは視線を合わせずに口を開く。
「人助け? あなたがですか?」
驚きを隠せず、カナミを箸をおいて固まってしまっている。
「ああ、春日野さんだろ、昨日、電話いただいてるから、覚えてるわよ」
「おかあさん?」
そして、カナコが知っていて自分が知らないという事実、そのことがさらにカナミの機嫌を悪化させていく。
「ちょっと、それってどういうことですか」
「どういうことも何も、春日野さんとこのお嬢さんをユヅル君が助けた。そのお礼をかねて、夕食をご馳走する。そう聞いてるけど、違うのかい?」
「違いません、そのとおりです」
声を荒げるカナミをよそに、ユヅルは空になった茶碗を差し出して、おかわりをよそってもらう。よそっているカナコは、とてもうれしそうだ。
「また女性ですかっ」
「おや、またって、どういうことだい?」
「昨日の放課後、教室に来たんですよ。ユヅルさんの古い知り合いだって言う女の子が」
カナコとカナミは二人で女性同士の会話をし始める。それに割り込むのは、無粋。そう判断したユヅルは、黙々と食事を続けていたが、
「ハーレムとは羨ましいのぅ」
「カナミに聞かれたら、半殺しにされるぞ、エロジジイ」
勲の言葉に軽く突っ込みをいれ、食事を終了する。
「ご馳走様でした」
両手を合わせ、頭を下げたユヅルはそのまま食器を片付けるべく台所へ移動。
「お粗末さまでした。本当、ユヅル君は綺麗に食べてくれて、おばさんうれしいわぁ」
カナコの言葉通り、彼の皿には秋刀魚の骨ぐらいしか残っておらず、ほかはすべて彼の異の中に収まっている。
「作ってもらった人への感謝の気持ちは、食事を平らげることで示すしかない。それが、美味い食事なら、尚更。そう思ってますから」
「なら、どうして私が作ったお弁当は食べてくれないんですか?」
カナコへの賛辞のつもりで、ユヅルは口を開いたのだが、自分の迂闊さで頭が痛くなってくる。料理の話、イコール、カナミの弁当。それを連想するのは容易かったというのに。
「昨日も言ったが、おまえ、試しにさしすせそを言ってみろ」
「さが、砂糖、しが、塩、すが、酢、背が、背油で、そが、ソースです」
「及第点すらやれねぇよ」
これ以上は無駄と思い、食器を片付けたユヅルはそのまま玄関へと向かい、学校へと向かう。それに続くように、あわてて食事を終えたカナミが玄関についてくる。
「じゃぁ、気をつけていっておいで」
「はい」
「いってきます」
カナコの言葉に答え、二人は神宮寺邸を後にする。そして、次の瞬間、大きく後悔してしまう。
続きます。
ちなみにさ=砂糖、し=塩、す=酢、せ=しょうゆ、そ=味噌が正しいのです。