過去と今3
VSユヅル戦開始
かつて、一人の男がいた。
その男は誰よりも強く、賢く、ただ、それゆえに人を遠ざけ常に孤独を愛した。
そして彼は遂に、星の意思に戦いを挑み、敗れた。
誰に知られることなく、誰に恥じることなく、彼は眠りに着いた。
されど、人は、後世に彼の名を語り継ぐ。
彼こそ、真の英雄、覇を唱えるに相応しいもの、セフィロトと。
「あれは、いったいなんだ」
クレハは自身の視界を疑い、言葉を吐き出す。視線の先にいるのは、先ほどまで、心を傷つけ、壊そうとしていた対象、ユヅル。
「まさか、開放してしまうとはね。これは、この国が地図から消えてしまってもおかしくないね」
そんなクレハに声を投げてきたのは、先ほどまで十字架に磔にされていたはずの人物、カズキ。気づけば彼女は他の人質もすべて解放し、その光景を見ていた。
「知っているのか、アレを?」
「君こそ、ユヅル様の古い知り合いの癖に、アレを知らないで生活していたなんて驚きだね」
「いいから、答えろ」
クレハの狼狽振りを楽しみながらカズキは、
「アレは、覇王セフィロト。星の意思と対を成す、最高峰の魂にして、彼が従えた最初の魂。君もわかるだろう? アレは規格外だよ、天使や悪魔、聖獣に邪龍。この四種であっても、アレの前では赤子に等しい。おまけに、今の彼は、理性を捨てているね。それもおそらく自分の意思で。何が原因であったのか、容易に想像がつくけど。きみ、やりすぎだよ?」
ため息混じりに、タバコを口に運び、静かに火をつける。
視線の先のユヅル。彼は背中から光り輝く、金色の翼を十二枚生やし、その両手には、ドイツの任務で使った赤い刃の大刀が一振りずつ。呼吸はしているものの、その場所に停滞し、動く気配を見せていない。
「想定できる最悪のシナリオと結果。これじゃ、どっちが悪役か、わからないよ、バリスタ」
あえて、カズキは彼を昔の名前で呼ぶ。
すると、それに応えるように響くのは獣の咆哮。
気の弱いもの、肉体の弱いものであれば、コレだけで命を奪われてもおかしくはない。それほどまでに強大な憎悪が込められ、殺意が膨れ上がっている。
「さて、君はどうするつもりだい? おそらくだろうけど、君の目的どおり、彼は完全に自分を壊して、力を解放している。それと戦うの君の目的だったんだろう。僕は止めないよ、自殺だと思うし、結果も予想と同じだろうから」
そこで彼女はタバコの煙を吐き出し、腕組をして、
「ただ、勘違いしてはいけない。彼の憎悪の対象は既に君から、彼自身に向いている。本当に、不器用な生き方だよ。誰かを責めて、心の重荷を軽くするか、共に歩むものに重荷を分け与えることもせず、ただ、自分で背負い続けるんだから」
嘲るのでも、侮辱するのでもなく、ただ悲しげに言葉をつむぐ。
「さて、アレの相手は君に任せるよ。僕は僕でやらなければならないことができてしまったからね」
その言葉と共に、怒り狂った、憎悪の海に堕ちた覇王が動き出す。
それは、一歩踏み出しただけの行為。それなのに、クレハの体にかかる重圧は、今まで彼女が感じたものの中でも、最上級。
「そうだよ、僕はコレを望んでいたんだ」
自身を奮い立たせる為ではなく、己の心からの登り来る欲望に従順に彼女は、自身の手に握る白き刃をユヅルへと向けて、疾走する。
そして繰り出す攻撃。
その一撃はすべて致命傷を狙い、受ければ死ぬ。そんな攻撃。そして、その攻撃は豪雨のようにユヅルへと向かう。しかし、対する彼はその攻撃をものともせずにむかってくる。肉が裂け、血を流しながらも、ギリギリのところで致命傷だけを避ける。そして、なぜか彼は攻撃をしかけようとはしていない。ただ、肉薄し、攻撃を避け、動き続けているだけ。一方的な攻撃と、一方的な回避行動。
「なぜ、仕掛けてこない?」
疑問を口にしてしまうクレハ。それこそが引き金。その一言を皮切りに、ユヅルの姿をしたものは、手にした赤い刃を一振り。それだけで、彼の左側にあった建物、生き物、その全てが消滅していく。その一撃に何が込められているのか、この場で理解ができるものが何人いるだろう。
「まさか、魂喰らい(ソウルイーター)だとでも」
魂喰らい。
その特性を、ユヅルの持つ赤い刃は宿している。それは、斬りつけたものの魂を意味どおり喰らい、自分の力と成す力。それ故、先ほどクレハが彼に与えた傷は完全に癒え、彼には傷跡一つ残っていない。
「普段、抑制していたからね。解き放たれたときの反動は、コレぐらいでないと。とはいえ、彼女でもどれぐらい持つかな」
タバコの煙を吐き出し、カズキは傍観者に徹する。もとより、到達者の力は星装具から来るもの。そして、星装具は星の意思の力を四つに分けたもの。そのうちの一つを持ち、星の意思と同列の力を持つ覇王の魂。この二つを持つ、ユヅルにクレハが勝てる可能性はゼロに等しい。それに加えて、魂喰らいの能力。戦力差は、奇跡が起こったとしても、覆せるものではない。
「君は、望んで闇に堕ちたのだろう。それぐらい、僕にもわかるよ。でも、君はもうバリスタじゃない。ユヅル・ハイドマン。そう、僕に誇ることができる名前があると口にしたはずだ」
そこで彼女は一度言葉を区切り、
「君は、自分の弱さを知っている。そして、自分がどれほど罪深いかも。これからどれほどの罪を重ねるかも。だからこそ、君には知って欲しい。君が罪を重ねた分だけ、救われたものがいることを。君が傷ついた分だけ、守られた笑顔があることを。君が、心で涙を流したぶんだけ、君が愛されていることを」
二度と使わないと決めていた力を解放する。
「星装具のひとつ、真蒼絶望の担い手、雨竜カズキが願う。絶望は、打ちひしがれるものではなく、打破すべきものであることを。僕は、君を守るよ、救うよ、求めるよ、愛するよ、ユヅル様。だから、こんな結末なんて認めない」
主人公、チート過ぎ