準備の日々3
謝るべきもう一人
「現実はかくも空しく、幸せな一時はいつも儚い」
かつて、詩人のようにその言葉を、謳うように口にした人物を久しぶりに思い出し、ユヅルはその一節だけを口に出す。
「へぇ、それは誰のセリフだい、ユヅル様?」
いつものようにカナミから逃走し、逃げ込んだ図書室で彼に声をかけてきたのは、カズキ。そんな彼女を見て、
「ああ、お前もよく知っているやつだよ」
「うん? 僕も知っている人物?」
「ああ、バイソン。そういえば、いきなりドイツになんか行って悪かったな」
「謝ってもらったら、こっちとしては、いう言葉がないよね」
ユヅルの謝罪を受け、あっさりとカズキは口にする。彼女が怒っていたのは、突然彼が、昔のようにいなくなってしまったことが深く、関係していたから。
「そうそう、ウインドとレイブンにあったよ」
「へぇ、そいつは珍しい。相変わらず元気だったかい?」
「殺そうとしない限りしなないし、にくったらしいほど元気だった」
彼の言葉を聴いて、少しだけ声を出してカズキは笑う。
「なら、レイブンの恋心は未だに成就してなかったってことかな?」
「あのおっさんも、いい加減覚悟決めればいいのにな」
旧知の人間を話題に会話を重ねていく二人。そこには、他の三人が加わることのできない、時間という名の大きな壁が存在している。
「そういえば、ユヅル様、作詞はできたのかい。真田君が探していたみたいだけど?」
「ああ、できてる。見たければご自由にどうぞ」
そう口にして、ユヅルは制服のブレザーからメモ帳を取り出し、カズキに対して放り投げる。
「これかな、『Can you see me?』と『Summer snow』っで間違ってないよね?」
「ああ」
「ふふっ、いつからこんな言葉を言えるようになったんだい?」
「笑うなよ」
カズキが微笑しながら、視線を落とす先には、彼が作詞した二曲の歌詞。その曲が両方ともラブソングなのだから、彼女の反応も当然かもしれない。
「あれっ、でも確か、ステージでやるのは五曲だったはずだよね?」
「ああ。内二曲がそれで、後の三曲はこの後、ミーティングで決めることになってる。はぁ、思い出したら腹が減ってきた」
ユヅルはタバコを吸うことなく、自分の手を腹部に当てる。
「昼食はまだとっていないっと?」
「そりゃ、毎度毎度逃げ回る羽目になれば、食えないときもある」
「食べてあげればいいのに」
「俺は胃薬を常備してない」
カズキの提案に対し、即答する彼を見て、
「なら、一緒にランチでもとるかい?」
かばんを開け、その中から弁当箱を取り出して提案する。
「多少なりとも、多めに作ってはいるけど、分けてあげるんだから、少ないとか文句は口にしてはダメだよ?」
そんな彼女の言葉を聴いて、一瞬だけ、不覚にもユヅルの思考が停止してしまう。
「うん? どうかしたかい?」
「いや、お前、料理できたんだ」
「本当に失礼だな、君は。流石に、引き取ってくれた両親が共働きだから、料理ぐらい人並みにできるようになるよ」
「そいつは失礼」
彼は、カズキに対して非礼を詫びるように一礼し、
「それじゃ、ご馳走になりますかね」
「うん、そういう態度が最初から取れればいいんだよ」
二人はほぼ同時のタイミングで笑い出し、奥の部屋で食事を開始することになった。
「それじゃ、ステージではこの構成でいくことに大決定」
軽音楽部の部室。アキタカが黒板を使って声高々に宣言したので、それに対して、ユヅルとカズキの二人は、乾いた拍手を彼に対して送る。本来であれば、この場には、軽音楽部のメンバーである三人もいるはずなのだが、彼らは未だ補習という名の拘束から、抜け出ることを許されていない。
「いや~、突然ユヅル君がいなくなったときは、どうしようかと思いましたけど、戻ってきてくれて本当によかったです」
「しつこいな、お前も。その件に関しては謝ったろ」
アキタカの言葉に対し、少し不機嫌になりながら、ユヅルは反論する。
「それにしても、お前、思い切った構成にしたな」
「コレのどこに問題がありますか?」
アキタカは黒板を叩きながら反論。
ステージで披露する曲のリストは以下のとおり
『ミュージックジャンキー』 作詞アキタカ 作曲ユヅル
『Joker』 作詞カズキ 作曲ユヅル
『ボトムレスピット』 作詞アキタカ 作曲ユヅル
『Can you see me?』 作詞作曲ユヅル
『Summer snow』 作詞作曲ユヅル
「どうしたもこうしたも、俺が加入してからできた曲だけだろ。俺が来る前に作った曲は?」
「成功すれば勝ち組です」
プライドは成功の邪魔になるなら捨てるべき。それが彼の考えらしい。
さて、ほうって置かれた一人が次回登場