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シュリンムスト・メテレーザー  作者: nao
第四章 Let`s Party
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準備の日々2

役得、役得

 所変わって、手芸部部室。

 その場所で黙々とユヅルはミシンを動かしている。もっとも、室内にはヒサノもいるのだが、ユヅルが拉致されて、ドイツに行った日から戻ってきて今日に至るまで、彼女は一言も口を利いていない。まぁ、彼女にしてみれば、デートを邪魔され、途中で雲隠れされたわけで、それに対して腹を立てるのは、乙女としての特権である。

―まったく、俺も変わったもんだ―

 日本に来る前の彼であれば、自分が他人からどんな目で見られようが、一切気にしていなかったし、誰かの顔色を伺うなんてもってのほか。それが今では、自分の周囲にいる人間に多少なり気を使ってしまう。

「はぁ、俺も焼きが回ったもんだ」

 誰に言うでもなく自嘲した彼は、ミシンを動かす手をいったん止め、ズボンのポケットから携帯電話を取り出し、ヒサノに対して放り投げる。反射的にそれをキャッチしてしまったヒサノは、どうするべきか対応に困ってしまう。

「あんまりにも突然のことで連絡できなかった。悪かったよ」

「謝罪はわかりましたけど、それとこの行動にいったい何の意味が?」

 ようやく口を開いたヒサノに対し、髪を軽くかきながら、

「よく考えたら、お前の連絡先知らないし、俺も教えてなかったなと。これを機に、番号、登録しといてくれ」

 それは、自分の携帯にヒサノの番号とアドレスを、彼女の携帯にユヅルのものを。彼はそう口にしている。

「自分でやればいいのに、ゆ~君、ひょっとして苦手だったりします、こういうの?」

「できないのとやらないのでは意味が違う」

 ヒサノの問いに、彼はそっぽを向いて答え、そして何か思い出したように立ち上がり、無遠慮に彼女の後ろに立つと、その髪に許可もなく触れる。

「ちょっと、ゆ~君、女性の髪は、日本では命とまでいわれているもので」

「わかったから動くな」

 照れから来て、顔を赤くするヒサノに対して、用は済んだといわんばかりに、自分が先ほどまで座っていた場所に戻るユヅル。いぶかしげに、先ほどまで彼が触っていた場所に触れてみると、硬い感触が指に伝わってくる。

 そこにあるのは、髪留め。彼がドイツから日本に戻ってくる際、選んで買ってきたものである。

「ドイツ行った土産だ。気に入らなければ、捨ててくれてかまわん」

「えっ、お土産ですか?」

「ああ、流石に俺も、突然いなくなれば、罪悪感ぐらい覚える。そんで、携帯は終わったか?」

 彼の言葉で少しの幸福を感じ、今まで中断していた作業を再開して、彼女は立ち上がって、携帯電話を手渡す。

「それにしても、ゆ~君は、警戒心が薄いんですね。いまどき、自分の携帯を簡単に渡したりしませんよ」

「そうか?」

「そうですよ、私だってしません。お父さんにだって見せたりしません」

 ヒサノの言葉にユヅルは首をかしげながら、携帯をズボンのポケットにしまい、

「へぇ、そういうものなのか」

「そうです。って、ゆ~君の携帯みとけばよっかったですか?」

「別に見られても、あっちの知り合いと、軽音楽部のメンバー、後は世話になってる人だけしか登録してないから、かまわないけどな」

 その言葉を聴いて、一瞬だけ彼女は動きを止め、そこからものすごい速度で思考が動き始める。

「それってどういうことですか?」

「どういうことも何も、いったとおり。ああ、そうすると、お前が俺がこっちに来て始めて自分から、連絡先を教えた人間になるな」

 思い返してみれば、軽音楽部のメンバーには頼まれて教え、世話になっているカナコに対しても同じ。自分から彼が連絡先を教えたのは、ヒサノが始めて。

「それって、神宮寺さんも、雨竜さんも、あの、レベッカさんも、連絡先を知らないってことですか?」

「多分な。まぁ、レベッカはどうだか知らんが、おれはあいつらの連絡先、誰一人知らん」

 必要以上に人とのかかわりを持ってこなかったが故、彼はそういう行動を取っていたのだが、彼女にしてみれば意味合いが違う。

―私が初めて。要するに特別って意味ですよね、コレ―

 先ほどまでの鬱屈して気分や怒りは光速で吹っ飛んで行き、ヒサノの心にはこれ以上ないといった具合の幸せが舞い込んできた。

「おやおや、コレは邪魔しちゃったかな?」

 そんな二人をよそに、口元に手を当てながら、にやけ顔を隠すことなく入ってきたのは、部長であるみ~たん先輩こと、釧路岬。

「いきなり現れて、何いってんるんですか、あんたは?」

「そっ、そうですよ」

 ユヅルは疑問を、ヒサノは動揺を隠しながら答えるが、彼女は楽しげに、

「ああ、ここも愛の巣となってしまうのか?」

「先輩っ」

 口にした言葉がヒサノの怒りを買い、そのまま二人して室内から出て行ってしまう。それを追うことなく、ミシンを再び動かし始めるユヅル。しかし、

―これ、誰が着るんだろうな?―

 自分が作っている深いスリットの入ったチャイナドレスを見ながら、疑問だけを頭に浮かべていた。



いいところででてくるのは、しようです

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