第三話 定評があります
巻き込まれることに対してですけど
「いや、時間の無駄だな」
火花が散るエフェクトが、きっと漫画であれば表現されるカナミとカズキの二人。その二人の視界の死角をついて、教室から離脱。通学用のバッグを取ってくることを忘れてはしまったものの、中に対したものは入っていないので、そのままユヅルは教室を振り返ることなく猛ダッシュ。
「人間はぶつかって、初めて他者を理解しようとする。って、誰の言葉だったかな?」
時刻は午後五時をようやく回ったところ。今から帰宅してもいいのだが、普段の行動範囲から出なければ、二人に自分がいないことを気づかれたとき、見つかってしまう可能性が高い。
「きゃぁあああ」
商店街の入り口につくかつかないか、微妙な距離。そんな場所で、彼は、ドラマですら今は聞いたことのない、悲鳴を聞きつけ、歩きながら視線を移動させる。すると、ゲームセンターの入り口で、一人の女生徒が、複数の男に絡まれている。だが、ユヅルはそれを見て、当然のごとく無視をする。
「現代社会において、正義の味方は存在しないし、存在してはいけない。もし、存在したなら、その存在に人々が依存してしまうから」
昔、異端審問局に入ったばかりの頃、クローデルから教えられた言葉。故に、執行官は正義の味方ではなく、エゴイストでなければならない。どうして、そんな言葉を思い出してしまったのか、ユヅル自身、不思議だったが、気にせずにタバコを吸おうとして、固まってしまう。なぜなら、彼の右手に伝わってきたのは、そう、ソフトケースがつぶれる感触。
「マジか」
視線の先で起きている事件よりも、彼にとってはタバコが吸えないことのほうが大事件である。残念ながら、この商店街にタバコの自販機はなく、売っているのは、ゲームセンターの隣にあるおばさんのやっている小さな店だけ。
「しゃあないか」
それだけ口にしたユヅルは、タバコを買うために移動。そのとき、なぜ女生徒と目が合ってしまったのかは、彼自身不思議でならない。だが、それもあえて無視。周囲に人だかりもできてきているのに、誰一人として警察に電話をかけようとしていない。そんな無関心さが、日本で生きていくためには必要なのだ。
タバコを無事、購入し、マッチで火をつけ、吸い始めたユヅルだが、今度は男と視線がかみ合ってしまう。
「なんか、文句でもあるんかい、にいちゃん」
「いや、別に。俺は空気だと思って続けて」
男に凄まれ、普通の人間なら逃げ出してもおかしくない状況なのに、ユヅルは電信柱に背中を預け、状況を見守っている。繰り返しになってしまうが、彼は、この状況に手出しをするつもりがまったくない。
「いやっ、ちょっと、その制服、同じ高校でしょ、助けてよ」
「お前馬鹿だろ? 知りもしない、かかわりたくもない状況で話し振ってくる他人の為に、何かしようって思うのは、ジャンキーぐらい、頭のイカレタやつだけだ」
女生徒に助けを求められるが、ユヅルは一蹴。彼としては、時間つぶしの余興、テレビを見ている感覚なのだから、自分を出演者にされては困るのだ。
時計に視線を移動させれば、先ほどから十分も経っていない。だが、そこでユヅルはあることを思い出した。
今朝、学校に出かけるとき、カナミの母である神宮寺カナコから、スーパーの特売を頼まれていたことを。料理上手な彼女から、どうしてカナミのような子供が育ったのか、そして、どうして自分の弁当を彼女が作ってくれないのか、疑問は多々あったが、今はそれを封殺。この場所からスーパーまでの距離は、およそ五分。特売の開始時間は、三十分から。
「じゃあ、がんばって」
気のない声援を送り、その場を離れようとしたユヅルだが、不意にその左肩を男に掴まれてしまう。そして、そこからは殆ど反応というよりも、反射に近い。カナミのように、殺意を持っていない相手ならまだしも、男は確実に殺意に似た敵意を持っていた。それが、災いしてしまったのだ。
左肩を掴まれたユヅルは、振り返ることなく、目だけ動かし、相手の足の位置を確認し、左足で相手の足を払い、体制を崩す。そこまでにかかった時間はほとんどない。そのせいで、男には何が起こったか、理解できていないだろう。そして、振り返ったユヅルは、落ちてきた男の頭を右手で掴み、電信柱に勢いよくたたきつける。当然の結果として、男は気絶し、その場で流血しながら崩れ落ちた。
「ああ、やっちまった」
諦めの言葉を口にして、ユヅルはその場にいる男全員の、相手をする羽目になった現実を恨めしく思った。
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「さて、どうして俺はこんな場所にいるんだろうな?」
自問自答している割に、ユヅルの口調は完全に他人事である。
先ほど、何人かの男を病院送りにしておきながら、いる場所は、警察ではなく大きな屋敷。結果として、女生徒を助けた彼は、なぜだか、客間に通され、畳の上で胡坐をかきながら、日本茶の入った湯飲みを傾け、お茶を味わっている。
「待たせたな、客人」
大声上げながら襖を開け、現れたのは、左目に刀傷がある、着流しを着た筋骨隆々とした男性。そして、先ほど助けた形になる女生徒。ただし、制服から彼女も和服に着替えている。
「まずは、娘を助けてくれたことに対して礼を言わせてくれ、ありがとう」
ユヅルの対面に腰を下ろし、頭を下げる男性。正直、彼は、相手の名前も知らず、職業も予測はついているもののしらない。
「いや、助けるつもりなかったし。結果的にそうなっただけ。ついでに言うと、礼を言われるよりは、自己紹介のほうがほしい」
「おお、そいつは失礼した。俺は、秋刀魚組六代目、春日野ヒサト、そんで、こいつが娘のヒサノだ。そういや、お前、ちゃんと礼言ったのかよ」
大方予想できていた答えをもらい、ユヅルはため息をついてしまう。原因は、説明されなくても、予想できてしまうのが悲しいところ。彼は完全に組同士の抗争に巻き込まれてしまっている。それも、秋刀魚組の人間として相手側から。
「それはちゃんと言いました」
「そうか。そんで客人、あっちの平目組の若いのを、確か七、八人を一人でシメちまったって言うのも、本当かい?」
「それは想像にお任せします」
ユヅルは必要以上に口を開くことなく答える。彼にとっては、こんなことよりもスーパーの特売にいけなかったことのほうが問題。カナコに連絡し、事情を説明したところ、許してもらえたのだが、カナミに対しては、そうはいかない。なぜか、一緒に行くことになっていたからだ。
「話がそれだけなら、ここらでおいとまさせてもらいます」
とりあえず、相手が目上であることを考慮し、敬語で断りを入れてこの場所から去ろうとするユヅルだが、
「まぁ、待ちなって、寿司ぐらい食ってけって。感謝の気持ちなんだから」
ヒサトの言葉に心が揺らいでしまう。善意を断ることは、仕事上得意分野に入るのだが、彼の耳に入ってきた寿司という言葉。これが、彼の行動を鈍らせる。
寿司。日本文化をみっちり叩き込まれたユヅルだが、まだ、口にしたことはない。食生活に関して、カナコの料理の腕がいいので、特に学校にいる間以外は問題を抱えてはいないが、そこは男の子、空腹と高級料理には意思が勝てない。
「まぁ、食事ぐらいなら」
自分自身に言い訳しながら、わくてかしながら、寿司が運ばれてくるのを待つユヅル。その心情が、表情にも出てしまって、座敷犬のように二人の瞳に移り、笑っている。しかし、今の彼には、そんな問題は些細なこと。
カナコへ携帯でメールし、彼は寿司が運ばれている瞬間を心待ちにしていた。
「ふぅ、いいもんだな」
寿司を堪能し、泊まっていけというヒサトの提案を、丁寧に断り、屋敷から出たユヅルは、なれた動作でタバコに火をつけて、煙を吸い込む。
「まぁ、寿司食わしてもらったし、一宿一飯の恩は返すべしって、確か習ったはずだし」
そんなことを口にしながら、彼が向かった場所は平目組の屋敷。食事をし終わった後、仕事仲間に連絡し、調べてもらった住所。
木造の門が彼の行く手を遮っているが、それも些細な問題でしかない。ノックや、インターホンを鳴らすようなまねもしない。彼は、門を一撃で蹴り壊し、敷地内へと足を踏み入れる。当然、騒ぎを聞きつけた者たちがいっせいに集まってくる。それを確認して、彼はとても満足そうに、とても楽しそうに口の端を吊り上げる。
「テメェ、どこの組の鉄砲玉だ」
「俺? 俺は、自分のエゴを貫く為に来た野良犬だよ、飯の礼もあるけどな」
ユヅルは、とても楽しげに、歌うように口にし、右腕で引き抜いた銃の引き金を問答無用で、集まってきた男に向かって引く。
響く銃声、飛び散る脳漿。
命のやり取りを普段からしているような人間は、たとえヤクザであっても、少ない。それは、日本という国の性質上、仕方のないこと。しかし、男たちの目の前に立っている一人の少年は、それが、呼吸するのと同じぐらい普通な場所で生活し、生きてきた存在。
「さぁ、一方的な虐殺の始まりだ。短い夜を、せいぜい楽しめ」
そして、自分より強いもの、弱いもの、女、子ども、老人。区別なく、躊躇することなく、殺してしまう、壊れた存在。