無貌の君臨者5
移動先は?
「それで、お前は俺様をどこに連れてきたんだ?」
開口一番、ウインドはユヅルにたずねるが、その答えはひどくつまらないものでしかない。
「ここは、王立図書館だ」
「王立図書館?」
「表向きは大英図書館って、仰々しい呼び方があるな」
つまらなそうにタバコの煙を吐き出すユヅル。しかし、本来立ち入り禁止のこの場所にいることが誰かに知られてしまえば、国際問題にも発展しかねない。
「何をしに?」
「荷物持ちに決まってる。とりあえず、このリストに載ってる本をすべてかき集めて来い。話はそれからだ」
紙切れを一枚放り投げ、ユヅル自身も本棚へと向かい目当ての書籍を探していく。そんな彼を見て、
「つまらん」
吐き捨てるように口にしながらも、彼はリストの書籍を探していく。
「これでいいのか?」
「ああ、次に行くぞ」
短く答え、二人はその場所から移動する。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「クローデル、エカテリーナ、並びに解析班と技術班、準備はできているな?」
次に二人が現れたのは、異端審問局本部。そこでは、執行官二人が、各々人員に指示を飛ばしているところ。そんな中、ユヅルがいきなりウインドを伴って現れた。
「まったく、貴様はいつもいきなり現れるな」
「黙れ、お前の軽口に付き合ってる暇はない」
話しかけてきたクローデルを一蹴し、自身の持っている書籍とウインドの持っている書籍を机に置き、
「大英図書館で集めてきた資料だ。勝敗はあんたらにかかってる。頼むぞ」
短く彼は告げる。しかし、その言葉を聴いた白衣の人員たちはそろって雄たけびを上げ、右こぶしを振り上げる。
「エカテリーナ、とりあえず俺は指示通り動いた。後はあいつら次第だ」
彼女へと視線を送り、煙と共に言葉を吐き捨てるユヅル。一人、この場で話のないように着いていけていないウインドは、ようやく言葉を搾り出す。
「それで、いい加減俺様を連れまわした理由を話してくれないもんかね」
「説明は、この悪女に頼め。間違っても、あっちのジャパニメーションマニアには頼むな。時間の無駄だ。そして、俺にはまだやるべきことがある。だから、そいつに話を聞き終わったら送ってもらえ」
彼はそれだけ口にして、そのままその場から消え去ってしまう。
「なんなんだ、一体?」
「事情が事情ですから、仕方ありません」
「そうそう、説明を頼む」
ウインドは、今度こそ事態の説明を求める。ようやく話の通じる人物がいるので。
「そうですね、どこから説明したらいいものでしょう。ちなみに、数秘術や天使に関する知識はどれほどお持ちですか?」
「ほとんどない」
断言する彼を見て、エカテリーナはため息一つつくこともなく、
「それでは、一番重要なことだけ説明しておきます。天使に関してです」
「随分とメルヘンだな」
「茶化さないでください。いいですか、天使とは、天の使いという意味。それぐらいは理解できていますよね?」
「あまり人を馬鹿にしないことだ」
獰猛に犬歯をむき出しにして、笑みを浮かべるウインド。しかし、その顔を見てもエカテリーナの表情は涼やかなまま。
「それでは、天使がその肉体に内包する力に関しては?」
「さあな」
「そうですか。話を先に進めます。天使一体がその肉体に内包できる力は、おおよその値で、数百万メルス。百メルスが魂吸収者一人の許容量だと計算した場合、一個師団導入してようやく五分の戦力です」
彼女の言葉を聴いて、ウインドの顔から血の気が引く。魂吸収者は、その能力によって個体差はあるものの、人間が到達できる限界を軽く凌駕している戦闘兵器。それをはるかに上回る戦力を持っている存在があるとすれば、勝てる確率がいかほどのものか。
「ちなみに、無限書庫に天使が存在しない理由がこれに該当します。加えて、悪魔が存在しない理由も」
エカテリーナの言葉を聴いて、彼は首をかしげる。彼の元部下であり、現在この異端審問局に所属している彼は、
「なら、どうしてあのガキは」
「それについては、残念ながらお答えすることはできません」
「なんでだ?」
「第一級秘匿事項となっていますので、情報を開示できるのは、大司教以上の階梯を持つ方のみとなっているからです」
それ以上、彼女は答えようとはしなかった。
「はぁ、この場所に足を踏み入れんのは、一体何年ぶりになるんだろうな」
つまらなそうに、それでいて誰に問いかけることなく言葉をつむいだユヅル。
「およそ、二年と十一ヶ月だ。人間の時間経過で計算するならだが」
暗闇の中、銀色の髪に、白い仮面をつけた人物がつまらなそうに彼の質問に答える。しかし、質問に答えてもらったはずのユヅルは、不機嫌そうにタバコのフィルターを噛み千切る。
「お前が案内役かよ、イレイザー」
「不服かな、我が主」
そう、悪魔たちの王は不適に答えた。
彼はどこに向かったのでしょう?