無貌の君臨者3
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「そんな馬鹿なっ」
その声は機械音声でありながら、確実に狼狽していた。そして、ピエロはあわただしくディスプレイを操作していく。
「何をいまさら慌ててるんだか」
ため息混じりに煙を吐き出し、イスに背中を預け、ディスプレイへと視線を固定した彼だが、その瞬間、自身の目を疑う。
―新手のパフォーマンスか?―
ディスプレイに映っているセンザが室内に入ると、その室内には一人の男がうつぶせに倒れている。しかも、ただ倒れているわけではない。血の海に沈んでいる。
「貴様、いったい何をしたっ」
「いや、俺に言われても。何もしてないし」
「なら、なぜ私の部下が全員殺されている」
その言葉を聴いて、ユヅルはすべての光点に触れてみる。すると、どの場所でも、アンブレラの面々が死体に出くわしている。
「集団自殺でも流行ってるのか、ここは?」
場違いな言葉を吐き出しながら、彼は思考を開始する。
敵対する存在が死んでいる。
この事実だけならば、喜ぶべき事態なのだが、それをやったのは味方ではない。ならば、敵のうち誰かが裏切った。しかし、先ほど、映し出された光点の位置はずべて距離が離れていた。空間を自由に行き来できる能力者でもいれば可能かもしれない。だが、それなら、なぜこのタイミングで裏切る必要があった。
思考するものの答えの出ない問いに、彼はさじを投げ出したくなったのだが、その時、不意にマナーモードにしていた携帯電話が振動した。
―電波とどいてんのかよ、ここ。杜撰だな―
とりあえず、目の前にいるピエロに視線を一度だけ移動させ、彼は携帯の通話ボタンを押す。
「はいもしもし?」
「ハイドマン執行官、手短に聞きます。現状は?」
電話の相手はエカテリーナ。その声は、彼女にしては珍しく硬い。
「現状というと?」
「作戦の進行具合についてです」
簡潔に言われ、とりあえず彼は、事実だけを説明することにする。
「俺とアンブレラの四名は敵内部へと進入成功。途中で四人とははぐれた。加えて、四人とも敵に遭遇することなく進んできてるみたいだ。どうにも、敵さんの用意した手駒が、第三者によって除外されたらしい」
「なるほど、それはいいことです。私も体を張った甲斐がありました」
「ちょっとまて、会話の流れから察するに、第三者を招きいれたのはあんたなのか?」
「はい」
その言葉を聴いて、彼は絶句する。
―この女狐、いったいどこまでの展開を読んでいやがった―
「敵勢力の排除に成功したというのであれば、おそらく、もうすぐ姿を現すことでしょう」
「そんなに、自分の愛弟子たちが心配なら、自分が着いてこいよ。俺なんかに任せずに」
「保険というものは、常に二重三重にかけておくものです」
「ああ、そうかよ」
元アンブレラの隊長であったエカテリーナ。彼女は、彼に気づかせることなく、策を用いていたということになる。
「誰かを騙すなら、味方からだっけか?」
「違いますよ。誰かを騙すなら、自分以外のずべてを欺いてこそです」
「そいつは勉強になったよ」
若干苛立ちながら、ユヅルは通話をきる。
「話はあらかた聞こえてたと思うが、一応、本筋だけ伝えておく。非常に残念ながら、こちら側は、誰一人としてかけることなく、むしろ一人増えてこちらに向かっている」
「なら、この殺人を犯したのは、貴様の側の人間だと」
「そうらしいな。俺も電話で聞いてはじめて知った」
本当につまらなそうに吐き捨てると、ユヅルはその瞬間、驚愕でタバコを口から落としてしまう。
室内に突然現れていた男。
ぼさぼさの黒髪にサングラス、無精ひげを生やし、一応スーツを着ているものの、清潔感は皆無に等しい。しかし、そんなことは彼にとっては些細な問題。重要なのは、視線の先にいる人物が、彼の記憶に刻まれているということ。
「ウインド隊長?」
それは、亡霊でも見つけたように間の抜けた声。
「なるほど、若干変わっているがどうやらあの女の言っていたとおり、バリスタで間違いなさそうだ」
男は、髪をかきながらつまらなそうに彼の昔の名前を口にする。
間違いない。
ユヅルの目の前にいるのは、彼を戦場で拾い、戦闘スキル、戦術的思考を叩き込んだ人物。
「そちらの奴にも名乗っておこう。本日付で異端審問局所属、異端殲滅執行官、席次の九に任命された。名は、ウインド、以上だ」
そして、合流