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シュリンムスト・メテレーザー  作者: nao
第一章 日本到着
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第二話 昔の知り合い?

高校生活開始!!!

「本当にどうして、こういうことになったんだろうな」

 ユヅルは、校舎の屋上、本来施錠されている場所の鍵を持ってはいない。だが、彼はこの場所でタバコの煙を燻らせている。理由は簡単、日本では未成年の喫煙は許されておらず、学校側の関係者にばれると、面倒なので、わざわざピッキングして屋上へときているのだ。

「それはまともに授業に出ていないからですよ」

 一人でタバコを吸っていたはずの彼に声をかけてきたのは、現在、半ば強引に同棲する羽目になった女生徒、神宮寺カナミ。

「確か、カナミであってたよな?」

「合ってます。っとに、いい加減、まともに授業を受けてくれないと、私の立場というものもあるんですから」

 自信なさそうに聞いてきたユヅルに対して、カナミはため息交じりに答える。

 彼が、この私立天禅寺高校に転入してから、今日で約二週間の時間が経過している。それにもかかわらず、彼には友人の一人もできていない。まぁ、タバコを吸うために、休み時間が訪れるたびに姿を消していれば、当然の結果といえなくもない。くわえて、異端審問局で、大学受験レベルまでの知識を取得させられた彼にとって、授業は退屈以外のなにものでもなく、たいてい眠っているか、授業に出席せずにこの屋上でタバコを吸っている。

「それにしても、この国って本当に平和だなぁ。今まで生きてきた中で、こんな国一度も経験したことねぇよ」

「それは、アフガンやカリで少年兵やって、それ経由で異端審問局に入った人なら、当然じゃないんですか?」

 カナミは、二週間前、ユヅルとクローデルが尋ねてきた日、祖父を撲殺一歩手前まで追い詰めた後、クローデルから大方の事情は聞いている。

「そうだ、まだ授業時間中なのに、何でお前、ここにいるんだ?」

「あなたを探してくるように、先生に懇願されたんですよ」

「マジで?」

「おおマジです。今の時間、担当されている刈谷先生、本当に首吊り自殺でもしそうなぐらい落ち込んでました」

 ユヅルの記憶によれば、今の時間は英語。この授業を受け持っている刈谷という教師は、この春からこの高校で教鞭をとっている、いわゆる新任教師。

「あれって、そんな精神脆いの?」

「先生をあれって言わない。むしろ、あなたにこそ原因があるんですから」

 カナミの言っていることは、確かに事実である。

 ユヅルの転入初日、彼、刈谷が担当する英語の授業があったのだが、授業中、すべての会話を英語でスラスラと話すユヅルが、刈谷の教師としての自信を完膚なきまでに粉砕し、それによって奮起した彼から未だに逃げ続けているからだ。

「俺に非があるとは、とてもじゃないが思えないんだが」

「日本は白黒の二択よりも、グレーゾーンが広い国なんですから、少しぐらい自覚してください。これから、最低でも二年半は、日本にいないといけないんですから」

「そうなんだよなぁ」

 ユヅルが転入したのは、カナミと同じ一年三組。定時制ではなく、普通科の高校なので、卒業までは最短で三年かかる計算。夏休みが終わって少し経ってから転入したので、ユヅルは、最低でも二年半、この場所に滞在しなくてはならない。それも、異端審問局執行官の仕事をこなしながら。

 ため息交じり彼が空を見上げ、煙を吐き出していると、タイミングを見計らったように授業終了のタイムが校舎全体に鳴り響く。

「さて、昼にするか」

 タバコの火を手すりに押し付けて消し、携帯灰皿に吸殻を入れたユヅルは、そのままその場を去ろうとするが、その右肩をありえない速度と力で捕まれ、振り向かされてしまう。

「まさか、また学食で、なんていわないでしょうね?」

「そのまさかだ」

 カナミは、食費の節約と言って、学校のある日は毎日、弁当を二人分作って、ユヅルにも強引に持たせている。だが、彼がその弁当に箸をつけたことは一度足りともない。

「お弁当が、ありますよね?」

 顔には笑みが浮かんでいるが、カナミの瞳はまったく笑っていない。しかし、それに屈するほど、ユヅルは精神的に弱くない。

「あれは、嫌がらせだろ。きちんと、さしすせそを勉強してから作り直せ」

「そういうことを言いますか」

 それと同時に手を離すカナミ、逃げるユヅル、追うカナミ。もはや恒例行事となりかけた追いかけっこがまた始まるのだった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ふぅ、勘弁してくれよ、まったく」

 カナミから逃げ伸びだユヅルが飛び込んだ場所は、図書室。転入初日、カナミに案内されてから一度たりとも踏み込んだことのない部屋。ただ、その場でユヅルは息を整えることができず、代わりに呼吸を押し殺し、懐に忍ばせておいたオートマグに右手を伸ばす。

―探ってる? いや、こちらの出方を伺ってる?―

 この図書室は、学校の中にありながら明らかに異質な場所だと、ユヅルは判断する。人の気配が複数存在しているはずなのに、次元がずれているかのように、誰の存在も知覚できず、視認もできない。

―いつ以来だろうな、こんな感覚―

 異端審問局の中でも、執行官は危険度だけで言えばトップクラス。その最前線に立ち、任務をこなしてきた彼だが、このように、命のやり取りを強要させられる場面に出くわしたことはあまりない。あるとすれば、少年兵でゲリラをやっていたとき。

 殺し、殺される場所。

 それが、学校という日常の一部の中に存在していること自体、異常でしかないのだが、この状態を楽しんでいる自分がいることを、ユヅルはしっかりと認識している。

 一歩間違えば、死。

 一秒判断が遅れれば、死。

 一瞬反応が鈍れば、死。

 間違えれば、遅れれば、鈍れば、いずれも即座に死を意味する状況だというのに、彼の顔には笑みが張り付いてしまっている。命のやり取りを楽しむという、異常性。自他共に、執行官の間で知られていはいるものの、それをあえて直そうとはしない。

―狂ってる。俺は今、確かに狂ってる―

 思考するよりも早く、完全に反射の動きで、ユヅルは銃を引き抜き、向けられていた殺意へと銃口を向ける。それと同時に、彼の喉元にはナイフの切っ先が突きつけられていた。

―こうでなくっちゃいけない。殺し合いってのは、互いに命を賭けられる力量の相手じゃないと、意味がない―

 だが、気持ちが高揚するのと反比例して、彼の脳内では理性が冷静に判断を下していた。

「レイン?」

「バリスタ? なぜ、君がここにいる?」

 レイン、そうユヅルが呼んだ女生徒に、彼は見覚えがあった。同時に、彼女が口にした、自分の昔の名前が、それを裏付ける証拠になる。

 顔立ちは、若干大人びていて、背丈も多少変化しているものの、間違いない。目の前の、黒縁めがねをかけ、長めの黒髪をポニーテールでひとつにまとめている少女は、ユヅルと同じ存在。

「それは俺が聞きたい。つ~か、そのなりはいったい何?」

「失礼なことを口にするところは変わっていないな。後、今の僕は、雨竜カズキという立派な名前をもらっている。もう、昔の名前で呼ばないでほしい」

 互いを互いに、敵であると判断を下しながらも、そうではないという判断も同時に下し、二人同時に獲物を懐へとしまう。

「なら、俺も、ユヅル・ハイドマンって立派な名前がある。次からは、きちんとユヅル様と呼べ」

「わかったよ、ユヅル様」

 彼のいうとおりの呼び方で呼んだカズキは、そのまま、一服しようとタバコとマッチを取り出したユヅルの手から、マッチを一瞬でひったくる。

「ここは禁煙。っと、いうよりも、学校内で喫煙を許されているのは、教職員だけだ。ついでに言うと、本にタバコの臭いがつくと非常に困る」

「さいですか」

 久方ぶりの再会だが、彼女がほとんど変わっていないと、自分勝手な判断を下したユヅルは、苦笑いを浮かべながらも、まんざらではなかった。


「ん? どうしたよ、昼飯食ってねぇから、顔には特に何もついてないはずだけど?」

 窓辺に腰掛けたユヅルだが、パイプ椅子に座ったカズキに見つめられ、若干落ち着かない。ちなみに、先ほどまでカズキが張っていた、人避けの結界は解除され、二人は今、準備室に鍵をかけ、誰も入ってこないようにしている。

「いや、何も聞かないのだなと、思って」

「なんか聞くことってあったっけ?」

「普通あるだろう、こうして再会できたこと自体、天文学的確率なんだ。あれからどうした?とか、今どうしてる?とか、聞きたいことは山ほどあるのではないか?」

「いや、特にない」

 カズキは、どうにかこうにか、会話を広げようと努力してみるものの、ユヅルに一蹴され、会話は強制的に終了してしまう。

「そういえばさぁ」

「なっなんだ」

 会話を終わらせたはずのユヅルから、話を振られ、パブロフの犬みたいな反応を示すカズキ。

「あいつら、生きてると思うか?」

「ウインドにレイブン、後は、確かバイソンだったな。少なくとも僕は、死んでいるとは思っていない」

「まぁ、確かに殺したって死なねぇような馬鹿共だしな」

 そう口にしたユヅルは、窓辺から準備室の出入り口へと移動。そのままドアノブをまわし、室外へと出て行こうとするが、

「それ以外に聞きたいことは特にないのか?」

「別に。それに、聞きたくなったら、ここにくれば当分の間は、お前、いそうだし」

 振り返ることなくカズキの問いに答え、そのままユヅルは出て行ってしまう。そんな、彼が出て行った場所に視線を固定しながら、彼女は大きくため息をつく。

「まったく、戦場ではあれほど鋭いのに、どうしてこうも鈍いものか」


「そういえば、決めましたか?」

「いや、こんな中から決めろって、くじ引きじゃねぇんだぞ」

 放課後、教室でユヅルは部活と委員会の名前が記載されているプリントの束を片手に、カナミに拘束されていた。

「でも、校則は校則です」

「校則が拘束とかかってるとは、上手いこと言ったもんだ」

 茶化しながらも、ユヅルの顔は若干引きつっている。それもそのはず、この天禅寺高校に委員会は全部で二十、部活は八十を超える数ほどあり、生徒はその中のどれかに所属しなければならない。彼が、日本に来る前に得た知識の中には、帰宅部という、非常に存在意義のあるものが存在したはずなのだが、この高校には存在していない。

「お前は何部に所属してんの?」

「私ですか、私は料理部です。まさか、一緒に部活もしたいって言い出すんですか?」

 それは、言葉とは裏腹にとても喜んでいるように彼の耳に響いたが、別の意味でユヅルは驚きを隠せなかった。

「指導者に問題があるのか、それとも、ただ本人のせいか。確かめたいような、確かめたくないような」

 彼女の料理の腕前を知っているユヅルは、頭を切り替え思考するが、そこから言葉が少し漏れてしまっている。まぁ、カナミの耳には届いていないが。

「失礼、ユヅル様はいるか?」

 そんな中、昼休みに指定した呼び名で教室に入ってきた人物、カズキに視線が集まる。それを見て、ユヅルは諦めた表情を、カナミは敵意の表情を浮かべていた。

―こいつら、面識あるのかな?―

 構内新聞で、彼女にしたいランキングに、確か二人とも載っていたことまでは、ユヅルの記憶にあるのだが、二人が何位だったか、そこまでは覚えていない。だが、内容的には、カナミは、家庭的なイメージが先行し、カズキは知的なイメージが先行していたはず。

―どっちもどっちだけどな―

 残念ながら二人のイメージではなく、中身を知っているユヅルは、二人のやり取りをとりあえず、観戦することを決めたのだった。

残念ながら、主人公は鈍感君です

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