第十一話 無貌の君臨者1
彼にしてみれば、
初めての経験です。
ドイツ、ベルリン上空二万メートル。
突如として拉致されたユヅルは、ステルスヘリの中、仏頂面でタバコの煙を燻らせていた。
「だから、悪かったよ。謝るから、機嫌を直してくれないかな?」
彼の目の前に座る茶色の髪に、黒の法衣を着た青年が申し訳なさそうに頭を下げてくるが、その様子を彼は見ていない。
「拙者からも非礼を詫びさせて欲しいでござるよ、ユヅル」
青年の隣に座っている、これまた黒の法衣を着た黒髪に盲目の女性が、青年に習うように彼に頭を下げる。
「ごめんなさい、兄様」
「ほんまに勘弁してほしいどす、ユヅルはん」
ユヅルの隣、銀髪に赤い瞳の少女とその隣に座る着物を着崩した黒髪の妖艶な美女がそろって頭を下げる。
「別に、怒ってねぇよ」
つまらなそうに、タバコの煙を吐き出し、四人の謝罪を一蹴するユヅル。
―確実に怒ってる―
その時、四人の脳裏には同じ言葉が浮かんでいた。
「拉致されたのは俺自身の油断だ。まさか、『アンブレラ』の奴らが、そこまでなりふりかまわない連中だと、予想できなかった俺自身の失態だよ」
タバコの煙を吐き出しながら、彼は、四人と目をあわせようともしない。
アンブレラ。
異端審問局にあり、外部勢力を殲滅する為の武力行使部隊で、席次の一、二、五、七の四名で構成される。最強にして最凶の戦闘能力者集団。
席次の一、称号『斬術師』、鳳センザ。
席次の二、称号『詐欺師』、ケイオス・グリューナク。
席次の五、称号『舞姫』、陣内フジノ。
席次の七、称号『殺戮者』、ハイドレンジア・フォルダン。
この四名によって構成された部隊は、未だに無敗にして戦死者ゼロ。歴台最強とまで言われている。しかし、そんな四人は、一人の少年、ユヅルに対して全員が頭を下げている。それだけ、席次の十三には、特別な意味がある。そう、彼は、最強ではない。だが、最弱でもない。しかし、執行官全員が束になってかかったとしても、返り討ちにあうことが確定している。執行官を単独で処分することができる唯一の執行官なのである。
「それで、わざわざ、俺をドイツまで引っ張ってきた理由は何だ?」
未だ、誰とも視線を合わせることなく、彼は問いかける。
「ユヅル、君は、無限書庫について、どれほど知ってる?」
「およそ、七割ってとこだな」
青年、ケイオスの言葉に対して、少し悩みながらユヅルは答える。
無限書庫。
ありとあらゆる魂が行き着き、封じられているといわれている場所。別称では、アカシックレコードとも呼ばれ、この世のすべての知識がある場所とも。
「それがどうかしたのか」
「もし、無限書庫の知識を一人の人間が独占できるようになったら、世界はどうなるだろうか」
「戦争が起きるな」
至極当然のように口にする。
人間は欲深く、そして臆病な生き物。もし、隣にいる人間が、莫大な財産を抱えていたとしたら。もし、目の前の人間が、自身を傷つけるものを持っていたとしたら。欲望は欲望を、不安は不安を呼び、それを手に入れるため、それを取り除く為、人は力を行使する。
「僕らが今から向かうのは、今現在、もっとも、無限書庫の入り口に近いとされている人物の居城だよ」
「城ねぇ。馬鹿と煙は高いところがすきって言うけど、そいつもその類か」
「それだけなら、拙者たちがくる必要もなかったのでござるよ」
盲目の女性、センザが思わせぶりなことを口にするので、彼は顔をしかめる。
「どういうことだ?」
「席次の九と十が、調査に向かい、殺されているでござる」
「へぇ」
情報だけで知っていて、彼自身あったことはないが、センザの口から出てきた二人は、ユヅルと同じ魂吸収者だったはず。それが、二人も殺されたとなれば、確かにアンブレラが動くには十分すぎる理由かもしれない。
「異端審問局最強部隊も、随分と臆病なもんだな」
「敵が、敵です」
侮蔑を口にした彼に対し、少女、ハイドレンジアは否定せずに答える。
「だから、ユヅルはん、あんさんの力も貸して欲しいんどす」
フジノの言葉と共に再び四人が、彼に対して頭を下げる。そんな彼らを見て、ため息と共に煙を吐き出し、
「今日、日本だと何日だ?」
「十二月十三日です」
「そうか、なら、とっとといくぞ。どうせ、この下にその馬鹿は、いるんだろ?」
そう口にして、唐突に立ち上がったユヅルはドアを開け、
「俺はな、いろいろと仕事以外のスケジュールが詰まってるんだ。仕事してたほうが気楽だって思えるぐらい。だから、今回だけだ」
そのまま、パラシュートもつけずにヘリから身を投げ出した。
「秘書官の言うとおり、変わったね、彼」
「拙者もそう思うでござる」
「ますますいい男になってきはりましたなぁ」
「兄様は、渡さない」
そして、それに続くように四人もヘリから飛び降りるのだった。
次回から、
攻略戦の開始です。