魔弾の後継者3
熱血。
拳で語ります。
銀色の光が周囲を包み込み、現れたのは変貌した姿のユヅル。
「それが、本性か、化け物」
「ああ、これが、席次の十三、『死神』の称号を与えられたものの姿だ」
嘲るのでも、愉悦に浸るのでもなく、ユヅルは淡々と告げる。
「さっきも言ったように、席次の十三には、特別な意味がある」
彼の言葉を待たず、引き金を引くレベッカだが、その弾丸は、先ほどまでと違い、ユヅルの肉体に到達していない。到達する前に、その存在を『拒絶』され、存在を保てずに消滅してしまっている。
「考えたことはないか? キリスト教で、十三は忌むべき数字。異端審問局でも、それは同じ。だが、そんな数字を、第七階梯のやつに与える理由を」
十三という数字は、キリスト教だけでなく、神を信奉する国にしてみれば、忌むべき数字。それは、かの救世主に集った、十三人の使途、その中に一人だけ存在した、裏切り者を意味する数字に他ならない。
「わからないか、それとも考えてる余裕がないのか、どっちでもいい」
レベッカは、自身の力が、今まで磨き上げてきた牙が、彼の力に及ばないことを認められず、何度も引き金を弾き続ける。その銃声は、まるで、子どもが泣きじゃくるように、空しく、悲しく響き続ける。
「席次の十三は、執行官の中で特別えらいわけでも、優遇されているわけでもない。ただ、この数字が意味するのは、粛清。そして、味方殺し。席次の十三は、異端審問局に敵対する、外部勢力、内部勢力問わず、殺す。嫌われ者に与えられる数字だ」
ただ、淡々と事実だけを口にするユヅル。しかし、彼女の頭は、その言葉を受け入れながらも、否定していた。もし、彼が口にしたことが本当だとすれば、彼は、執行官を単独で殺すことができるほどの戦闘能力を有していることになる。それを認めるということは、自分が、彼に勝てないという事実を認めることになってしまうから。
「お前の前の、席次の十二、カイゼル・アルスラーンを粛清したのも、俺だ。ただ、あの人はお前とは違っていた。あの人は、自分の力を誇示することもしなかったし、席次に対して、そこまで強い執着を持ってはいなかった」
「あの男の名を、私と母を捨てた男の名を、口にするなっ」
その行為が、無駄だとわかっていながらも、彼女は引き金を弾き続ける。そんな彼女を、近寄ることもせず、ただ、ユヅルは見つめる。
「仇討ちでもなく、そこまで俺に執着を持つ理由は何だ?」
「私は、証明しなくちゃいけない。お前なんかに殺された弱い奴の代わりなんかじゃなく、席次の十三すら超える存在であることを」
「おまえ、そんな薄っぺらな理由で、俺を襲いに着たのか」
タバコに火をつけ、煙を吐き出したユヅルはつまらなそうに口にするが、その表情からは、はっきりとした怒りが伝わってくる。
「なら、あの人の、テメェの父親に代わって、俺が、ぶん殴ってやるよ」
「あいつのことを、お前が口にするなっ」
怒りと共にレベッカが引き金を引いた瞬間、彼女の顔にユヅルの右こぶしが突き刺さる。容赦も、手加減もまったくない、力任せにたたきつけられたこぶしを受け、彼女の体は宙に浮き、次の瞬間、地面にたたきつけられる。
「あの人と比べてるのは、他の誰でもないおまえ自身だろうが」
「ちがう、私は、既にあいつを超えたっ」
「超えたわけ、ねぇだろうが」
立ち上がったレベッカの顎は、強烈な衝撃を受けて、再び体を宙に浮かせる。衝撃の正体は、死角から繰り出されたユヅルの左こぶし。
「守られてただけの奴が、命賭けて守ろうと立ち上がり続けた奴を、超えられるわけねぇあろうが」
タバコの煙を吐き出し、追撃しようとはせずに、レベッカが立ち上がることを待つ。
「あんなやつが、守り続けただと。私と母を捨てた、あんな奴が」
「不幸自慢なんて、こっちは聞く気がねぇんだよ。それに、その行動に理由があったことにすら、お前は、考えようともしない」
「理由だと、そんなもの、何の言い訳にも」
次に彼女を襲ったのは、壁にたたきつけられる衝撃。神速のスピードで繰り出されたユヅルの、右足。受身を取ることもできなかった彼女は、背中を壁に預けながら、それでも立ち上がる。
「そうだろうな、テメェはそうなんだろうな。自分の不幸を理由に、今まで、自分を守ってきた、信じてきたものすら、すぐにゴミ箱行き。そんなんで、あの人を超えたなんて、軽々しく、口にするんじゃねぇ」
ユヅルは、ゆっくりと彼女に近づき、彼女の服を右手で掴み、ねじり上げ、彼女の体を持ち上げる。
「確かに、お前の能力は、あの人の能力を超えたかもしれない。だが、ただ、それだけだ。それ以外、お前は、あの人の在り方、言葉、意思、どれをとっても、足元にすらおよばねぇよ」
そして、言葉と共に、力を込め、レベッカの首を締め上げる。
「お前に、一つ、大嫌いな事実を教えてやる。俺が、あの人を殺したのは去年。あの人が、異端審問局を裏切った理由は、家族を守るためだ」
そう口にして、彼女を力任せに投げつけるユヅル。コンテナにぶつかりながら、血を吐きながら、それでも、レベッカは立ち上がる。しかし、その表情からは、明らかに動揺していることが読み取れる。
「嘘だっ、お前は嘘を口にしている。あいつが、捨てた家族を省みることなど」
「去年、お前は、母親と共にテロ組織に人質にされているな」
「なぜ、そのことを知っている」
「情報屋から、お前の情報を買った。おかげで高くついたが、そんで、俺の中で絡んでた糸が、解けた」
レベッカの動揺は、彼の言葉でさらに大きくなっていく。それでも、ユヅルは、言葉を続ける。
「執行官としては、信じられない失態だ。あの人は、家族を人質にとられ、異端審問局の内部情報を外部組織に渡す為に、持ち出した。その外部組織は、予想がつくだろ、お前と母親を人質にした組織。そして、俺はあの人と対峙した」
気持ちが揺れているレベッカは言葉を口に出せない。
「俺は、あの人に聞いた。他に選択肢はないのかと。それに対して、あの人は、俺にこう、口にした。父親って奴は、いつになっても、嫌われても、悪役になってでも、家族を守りたいんだと。その時、生まれて俺は初めて、敵対する人間に敬意を持ったことを、今でも覚えてる」
「うそだっ。あいつが、あいつが、そんなことをするはずが」
かんしゃくを起こした子どものように、両手で頭を抱えながら、彼女はその言葉を否定する。
「まだわかんねぇのか、テメェは。あのひとは、最後の最後で、執行官である自分よりも、父親であることを取った。あの人にとって、そんだけ、お前らは大切な存在だったんだよ。それまで、苦楽を共にした戦友や、仲間と家族を天秤にかけて、迷わずにお前たちのことを選ぶぐらい、守りたい家族だったんだよ」
「黙れっ」
「異端審問局は、社会の嫌われ者。執行官ともなれば、恨みだけでも相当な数を買ってる。その恨みの矛先が、自分から家族へ行くことを、あの人は恐れた。そして、遠ざけた」
「だまれっ」
「テメェだって、本当はわかってるんだろ? あの人が何の考えもなく、自分のそばを離れるはずがないって」
「だまれっ、だまれっ」
「そうして、事実を、受け入れることを拒んで、弱い自分を守り続けてるんだろ。そうしないと、自分の心がつぶされてしまうから」
「黙れと、言っている」
「テメェは、あの人の背中に、父親の背中に何を見た。あの人は、後悔していなかった。自分の選択に、絶対の自信を持っていた。だから、俺も、それに答えた。もう一度聞くぞ、お前は、本当にあの人を超えたのか?」
「犬死した奴なんて、私は超えたに決まっている」
武器もなしに、怒り任せに突っ込んでくるレベッカ。それは正に、赤い布に興奮して突っ込んでいく闘牛そのもの。何の技術もなく、回避することなど、ユヅルには容易い。
「これだけ言って、まだわかんねぇのか」
ため息を一つついて、その場を動かない。
「今まで築いてきた、立場も、仲間も、プライドも捨てて、一人の人間として、戦う覚悟がお前にあるか。ねぇだろうな。くだらないことに固執したお前には無理だ」
接触まで、二秒もない。
「まっすぐ、家族を守ろうとした、でっかい父親の背中から目をそらし、テメェの安っぽい心守ってる奴が。全部犠牲にして、それでも守ろうと、勝てないことを知りながら、挑み続けた人を。あったけぇ手で、自分が傷だらけになっても、家族を守り抜いた人を。最後は笑顔浮かべて、死んでいった人を。軽々しく、超えたなんて、口にするんじゃねぇよ、弱虫」
怒号と共に、右のこぶしを、レベッカの顔面に、カウンターでたたきつける。
「あの人の墓に、花でも供えて、手を合わしてから出直して来い」
吐き捨てるように口にして、ユヅルは能力を解除した。
紅蜘蛛編に影響を受けすぎた気がする