第一話 日本到着
つきました、日本の聖地に
「なぁ、俺はどうしてこんなところにいるんだ?」
ユヅルは、目の前にある路上喫煙禁止の看板を見ながら、肩を落とし、同行者であるクローデルに話を振ってみる。
「おや、私は確かに日本の学校に貴様を通わせるといったはずだが?」
「ああ、それは聞いてる。間違いない。問題はどうしてこの場所に、今こうしているか、だ」
「ジャパニメーションは、いまや立派な文化であり、日本の輸出産業で一位だと知っていたか?」
「ああ、一週間っていいながら、二週間も日本語と日本の文化に関して、缶詰状態で勉強させられたからな。話をすりかえずに、正直に言え、何でこの場所に来る必要があった?」
二人がいる場所は、東京都千代田区秋葉原。今現在、オタクだけでなく外国人観光客も聖地と表現する場所。
「これから行く場所に必要だからに決まっているからだ」
そう口にしながら、クローデルの両手はキャラクターのプリントされた紙袋をいくつも抱え、本人が楽しんでいるようにしか見えない。
「本当か? それは、自分が楽しむための言い訳ではないと、神だけでなく、局長に対しても誓えるか?」
日本に飛行機で到着してから、すぐにこの場所に移動したため、日本についてからユヅルは一本もタバコを吸っていない。それだけでなく、彼女と一緒にいることで、好奇の視線に晒されていることが、彼の精神力を削ることを加速させている。
「買い物はここら辺でいいか」
「目をそらさずに、しっかりと答えろよ」
結局、クローデルはユヅルの問いに答えることなく、そのまま一人で進んでいく。仕方なく、ユヅルもついていくと、その場所は古い雑居ビル。
「ついてこい」
短く告げ、クローデルが入っていった部屋に、続いてユヅルもノックせずにはいる。
「おや、クローデルの嬢ちゃんか、また珍しい客だな」
「お久しぶりです、田沼さん」
クローデルが頭を下げて挨拶しているのに対し、ユヅルはついに我慢できなくなったのか、ビジネススーツの胸ポケットから、タバコとマッチを取り出し、タバコに火をつけて吸い始める。
「おいおい、兄ちゃん。この場所は火気厳禁だよ、表にもここにも書いてあるだろ?」
田沼と呼ばれていた老人が、壁に張っているポスターを指差して注意するが、
「爆死したら、死体は海にでも流してくれ」
つまらない冗談でユヅルに返され、それ以上何も言えなくなってしまう。
「つ~か、ジジイ、テメェからもタバコの臭いがプンプンする。この場所の火薬の臭いよりも、それ以上にだ。そんな人間が、」
文句を続けようとしていたユヅルだが、クローデルが頭に拳骨を落としてきたので、一時的に黙らされてしまう。
「すみません、口の減らないやつで」
「いや、その年で、大層な修羅場をくぐってきたみたいだから、しょうがないっちゃしょうがないだろ。おまえさんこそ、少しは大目に見てやんなさい」
「重ね重ねすみません」
田沼に対し、クローデルはずっと下手に出ている。それが気になったユヅルだが、あえて口に出そうとはしない。
「さて、これを取りに着たんだろ。遠慮せずに持って行きなさい」
投げ渡されたのは鈍く輝く銀色の塊。
「へぇ、オートマグか、いい趣味してるな、ジジイ」
「すみません、次来るときは、もう少し礼儀を学ばせてから来ます」
そう口にしたクローデルは、ユヅルの首根っこを掴み、そのまま引きずるようにして連れて行く。
「息災でな、ジジイ」
受け取った銃をビジネススーツの懐へ収め、ユヅルは、タバコの煙とともに一言だけ吐き出した。
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「まったく、貴様のせいで遅くなってしまったではないか」
「誰のせいか、もう一度言ってくれるか? 局長に対して報告を上げとくから」
「すまない、私のせいだ」
「最初っから素直にそういえばいいんだよ」
タバコの煙を吐き出しながら、石段を上がっていくユヅルは不機嫌極まりなく、今にも懐から銃を取り出し、クローデルに対して発砲してもおかしくないところまで来ている。それでも、彼がそうしないのは、少しながら理性が残っているためである。
「しかし、メイド喫茶は楽しかっただろう?」
「いつもどおり、英語で答えたら人を色眼鏡で見やがった。誰かに付き添いを頼まれてもあんな場所には二度と行かねぇ」
二人は、銃を受け取った後、さらに同人ショップ、アニメショップ、書店と周り、最後にはメイド喫茶にも訪れていた。そのせいで、既に日は傾くどころか沈み、街灯すらない石段を暗い中、延々と登る羽目になってしまった。
「だが、これで同年代の友人を作るきっかけ作りはできたと思うが?」
「テメェが楽しみたかっただけだろっ。いい加減、その口を閉じねぇと、タバコの代わりに鉛玉をくわえさせるぞ」
段々と石段を登る度に、ユヅルの苛立ちもそれに比例して膨れ上がっていく。そんな二人がようやく、石段を登りきると、その場所にあったのは社。
「ようやく着いたな」
「ああ、本当にようやく、な」
言葉とほぼ同時、両手が紙袋でふさがっているクローデルの足をユヅルは払う。そして、その場所を通過していく銀色の光。視界が悪いので確認はできないが、木に突き刺さっているところ見れば、何かしらの刃物であることは間違いないだろう。
「おい、日本人ってやつは、闇討ちイコール挨拶ってことなのか?」
ユヅルが視線を向けたのは、社のほぼ入り口。
「日本語、お上手なんですね」
「二週間、みっちりと勉強させられたからな」
巫女装束に身を包んだ少女が口を開き、それを待っていたかのように、周囲に配置されていたであろう松明に火が灯っていく。
「っで、まだ俺は質問に答えてもらってないんだが?」
「そんな汚らわしいものを、御仏の午前に持ち込むような人間には、当然の礼節と私は考えます」
「さいですか」
巫女に答えてもらい、いまだ尻餅をついた体制のままのクローデルに冷ややかな視線を注ぎ、タバコの煙と一緒に、ユヅルはため息をつく。
「おい、そこの馬鹿。命救ってやった代わりに状況説明しろ」
「私の扱いが徐々に酷くなっていないかな?」
「事務を中心とした管理職が長くて、実戦での感覚が鈍ってるみたいだな。おい、もう一度投げれば、確実にやれるぞ」
冗談ではなく、ほとんど本気でとんでもないことを口にするユヅル。それに対して、巫女も若干答えに悩んでいるかのように見える。
「おおっ、クローデルの嬢ちゃん、よくきたのぉ」
そんな殺伐とした空気の中、現れたのは、アロハシャツにサングラスの小柄な老人。はっきり言って、センスを疑うような格好である。
「ユヅル、これが答えだ。貴様は、これからこの方の世話になり、学校へと通ってもらう」
「やっぱり、鉛玉が欲しいみたいだな」
「おじいさま、いったいどういうことですか? きちんと説明してください」
ユヅルと巫女の二人は、同じ言葉を聴いて、互いに相手へと視線を移動させる。もっとも、ユヅルのほうは、既に右手に銃を持ち、安全装置を外していた。
次回より、学校生活に突入