生贄と夜3
神との対面
「そんじゃ、始めるか」
「はい」
ユヅルに返事をした後、金属片を飲み込むカナミ。するとすぐに、彼女は苦しみだし、その額に、金属片が集まり、橙色の勾玉を形成する。
「ほう、我が前に現れる不遜なやからがいると思ってみれば、貴様か」
「俺のこと知ってんのか?」
「この小娘の目を通じ、見ておったからな。勿論、先ほどの茶番も見ておったぞ」
カナミの口を通じてでてきた言葉は、既に彼女の言葉ではない。神、彼女の中にいた存在の言葉となってしまっていた。
「なるほどね、余計な手間が省けて結構。そんじゃ、悪いが、いくつか俺の質問に答えてくれ」
「よかろう。だが、良いのか、我がこの娘を食べ終わるまでの時間は、およそ半刻。小僧、貴様に、そんな余裕はあるまい」
「別にそんな心配いらねぇよ。むしろ、あんたとしては、好都合だろ?」
「食えぬ奴め」
自分を殺す算段をしていたものが、目の前で貴重な時間を無駄にしている。それをいぶかしげに思う彼女だが、ひと時だけ、ユヅルに付き合うことにする。
「一つ目、あんたの名前は? 別に名乗りたくなきゃいいけど、こっちとしては呼称ぐらい聞いとくのが、礼儀だろ?」
「我は、『クシミタマの巫女』。そう、貴様ら人間には呼ばれている」
あっさりと答えてくれたので、拍子抜けしてしまうユヅルだが、彼の記憶に、そんな名前の神は存在していない。
「聞いたことねぇな。二つ目、あんたが食事を終えた後、生贄はどうなる?」
「むろん、半刻で死ぬ。すぐに殺してやってもいいのだが、生贄が我に食われたことを、周囲の人間に知らせるには、その程度の時間は必要だろう?」
「なるほど、見せ付けてから殺すわけか」
―随分と悪趣味な神様だな―
「そんじゃ、三つ目、あんたが生贄を要求する理由は? 昔、何かしらあったんだろ。そいつを聞かせてくれ」
「理由、理由? これはつまらぬ事を聞く」
「いいから、勿体つけずに答えろよ」
「そんなものは、あるはずもない。我は神、貴様ら人間にとっては、崇め、恐れる存在。むしろ、我は生贄を要求した覚えなどない。昔、人間共が勝手に捧げてきたから、仕方なく食ってやっている。そんなところだ」
この問いに対する答えは、彼にとって予想の範疇にあった。
―やっぱり、そういうパターンかよ―
人間は未知の存在に、非常に弱い存在。それが、自らと異なる力を持っていれば尚更。その相手が脅威となって襲ってくる前に、下手に出てしまうのは、どの国でも変わらない。
「次、生贄を捧げるのをやめたら、あんたはどうする?」
「無論、勝手に食わせてもらう。貴様たち人間が、生贄として捧げているから、多少、我慢してやっているだけのこと。それがなくなれば、好き勝手にするのは当たり前のこと。むしろ、我は、他の連中と比べれば慈悲深い存在であろう。捧げられたものしか食ってはいないのだから」
「さいですか」
結果として、生贄を捧げようが、捧げまいが、かわらない。神は、身勝手な存在。それを知っていながらも、ユヅルはため息をついてしまう。彼らは王とは違う。王とは、民がいて初めて存在できるが、神は、人がいなくても存在できる。
「ふむ、存外、抵抗するな、今回の生贄は」
「そりゃそうだろ、そいつは、今までの生贄と違って、正しさの奴隷じゃない。馬鹿、だからな」
彼にはわからないが、カナミは自分の精神が食われることに対し、少なからず抵抗しているらしい。それを聞いて、ユヅルは微笑する。
「そんじゃ、最後の質問。あんた、今まで人間に対して、恐怖って感じたことはあるか?」
「ないな。むしろ、なぜそのようなことを問うのか、我にはそのことが疑問だ。貴様は、道端の石ころに恐怖を感じるのか?」
その言葉を聴いて、ユヅルは嬉しくなったのか、声を上げて笑ってしまう。終いには、腹を抱えて苦しそうに。
「そうか、うん。いや、想像してた答えどおりで安心した。いや、まさか、ここまで予測の範疇から出ないと、笑うしかないだろ」
「何がおかしい、人間」
いらだってきているのか、彼女の言葉にはすぐにわかるほど、棘がある。
「なら、初体験って奴だ。相手が俺なのが、少し可哀想だが、そいつは勘弁してくれ」
「我を馬鹿にしているのか、人間」
「いや、馬鹿にはしてねぇよ。ただ、哀れんでるだけだ」
その言葉と同時、世界は一変した。
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儀式が執り行われている本堂から離れ、母屋で勲は物思いに耽っていた。
「ここにいらっしゃいましたか」
そんな彼に声をかけてきたのは、風呂上り、浴衣姿のクローデル。
「隣、失礼いたします」
声をかけ、勲の隣に腰を下ろすクローデル。その姿は、妙に色っぽく、普段の彼なら、鼻の下を伸ばしているところだが、今は違う。孫娘のことで頭がいっぱいの彼は、それどころではない。
「ユヅルに、仕事を頼んだようですね」
「奴に、聞いたのか?」
「いえ、失礼とは思いましたが、立ち聞きさせていただきました」
そう、彼女は、二人が離れでしていた会話をすべて聞いて、記憶している。
「安心していただいて大丈夫ですよ。あいつには、我々も手を焼いてはいますが、実力だけは、私が保証します」
確かに、彼女の言葉は、今の勲にとっては心強い。だが、相手は神。相対できる存在を、彼の長い人生の中で、見たことはない。
「おそらく、勘のいいあいつのことです。私と同じ結論に至っていることでしょう。そうですね、あなたの心配事を消す為に、一ついいことをお教えしましょう。これは、本来、機密事項にあたるのですが、知っていていただいたほうが良さそうなので」
「聞くだけならば」
「あいつは、席次の十三。我々、異端審問局が抱え込んだ、諸刃の剣です」
そう口にし、彼女は楽しげな笑みを浮かべて去っていった。
次回、神と決着をつけます