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シュリンムスト・メテレーザー  作者: nao
第二章 日常というもの
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生贄と夜2

熱い言葉が響きます。

 儀式まで残り、二十分。

 体を清め、白の着物に身を包んだカナミは、本堂の中で、金属片を見つめながら、一人立ち尽くしていた。自分は、あと、二十分で、自分でなくなる。十六の誕生日に、死を迎える。それも、他ならぬ神の手によって。縋る神すらいないとは、まさにこのこと。自然と彼女の体は震えている。どうにか体を抱きしめ、震えを収めようとするが、逆に震えは大きくなり、ついに彼女は、その場で膝を着いてしまう。

「みっともねぇ姿だな、まったく。クローデルに刃物投げつけてきたときと、完全に別物じゃねぇか」

 タバコを口にくわえたまま、本堂に足を踏み入れたユヅルは、後ろ手に障子を閉め、つまらなそうにカナミに視線を注ぐ。

「あなたに、今日、突然現れたあなたに一体何が分かるというんですか」

 瞳に涙を浮かべながら、声を荒立たせるカナミ。しかし、彼が彼女に向けてくる視線は、侮蔑へと変化している。

「わからるわけねぇだろ。それとも何か、お前は俺に理解されたいのか?」

 つまらなそうに柱に背中を預けるユヅル。

「第一、もうすぐ大事な儀式を執り行うんです。部外者はお引取りを」

「大事な儀式、ね。自殺の間違いだろ?」

 声を張り上げるカナミに対する答えは嘲笑。それをきいて、彼女の頭にも少し血が上ってくる。

「自殺。何を言ってるんですか、これから執り行うのは神聖なる儀式。代々、神宮寺家が行ってきたことです」

「要するに馬鹿な家系ってことだろ」

 タバコの煙を吐き出し、さらに火に油を注ぐユヅル。

「テメェ勝手に、そうするしかないって。結論を決め付けて、それ以外の答えを求めようとしない。正しさの奴隷。いいよな、誰かが決めたレールに、これまた誰かが決めたルール。そんなものに縋れば、何でも正しいって言い切れるんだから。まるで免罪符振りかざす聖者。かっこよすぎて、反吐が出る」

「それは、神宮寺家に対する侮辱ですか」

 金属片を握る手が、先ほどとは別の感情で震えている。彼女は、すぐにその感情が何であるか理解できる。これは、怒りだ。

「ああ、それぐらいの理解はできたか」

「なんですって」

 それ以上カナミは我慢することができず、ユヅルに対して怒りに身を任せて、掴みかかる。彼は、それを避けることもせず、その場所に立ったまま。避けようとすれば、簡単にできるのに。

「私のことはともかくとして、いえ、それも許せませんが。あなたの言葉は、命を賭してきた、先祖に対する侮辱です。それは、決して許せません。訂正してください」

「嫌だね」

 カナミの怒りを受け流し、短い言葉を吐き捨てるユヅル。そして、改めて確認してみれば、彼の表情は、嘲笑から怒りへと変わっていた。

「一つきくが、おまえの言う神宮寺家ってなんだ?」

「それは、私が生を受けた家で、代々神を祀っている」

「それだけか?」

 その言葉は、怒りを押し殺したもの。だが、次の瞬間、ユヅルは彼女を突き飛ばし、

「テメェは、本当に馬鹿みてぇだな。テメェの言う家ってやつには、テメェの家族は含まれちゃいないってのか」

「そっ、そんなこと」

 彼の怒りに、言葉に言い返すことができずに、カナミは言葉をつむぐことができない。

「自分の腹痛めて生んだ娘に、死なれる気分は。可愛がってる孫娘に、死なれる気分は。理解できてんのか? 正しさの奴隷に成り下がり、自分の母親、祖父の気持ちを本当に理解できてんのかって、聞いてんだよ」

 ユヅルは、感情に任せて言葉を吐き出していく。そして、その言葉の一つ一つが、彼女の心に深く、深く突き刺さっていく。

「でも、二人とも納得してくれて」

「そんなん、形だけに決まってんだろうがっ」

 ここで彼の怒りは頂点に達する。

「さっき見てきたら、お前の母親は机で、顔隠して泣いてたよ。そんで、ジジイは、お前を救ってくれるようにって、俺に頼み込んできた。わかるか? あの二人は、テメェと違って、ルールなんかじゃねぇ、自分の心と向き合って生きてんだよ。誰かの決めたルールじゃ納得できねぇんだよ。相手が神だろうとなんだろうと、自分の大切なものを、手放したくねぇんだよ。わかるか? そんだけ、お前はあの二人に愛されてんだよ」

 それは、今、カナミが最も聞きたくて、同時に聞きたくなかった言葉。彼女だって、自分が死んだ後のことを考えなかったわけではない。ただ、そのたびに悲しみに負けて、考えることを諦めていた。

「でも、だったらどうしろって言うんですか。私には力もないし、選ぶ選択肢も、もう残っていない。二人の気持ちだって本当は、痛いほどわかってますよ。でも、私には、これしか選べなかったんです」

 涙があふれ、頬を伝い、それが床へと落ちるまで、殆ど時間はかからなかった。

「なら、選択肢が増えたら、お前はどうしたい?」

「生きたいですよ。お母さんと一緒に笑って、おじいちゃんと一緒に散歩して、普段どおり、二人と一緒にもっと生きて、恩返しして。私が生まれたことを、成長したことを、二人に喜んでもらえる。そんな生活に戻りたいですよ」

 心から、零れた雫のように、彼女の言葉は口から出てくる。

「最初っから、そういえばいいんだよ、馬鹿」

 そんな彼女を見て、先ほどの怒りはどこへやら、ユヅルは呆れていた。

「はなっから、諦めて、受け入れた振りしてるやつなら、どうしようかと思ったが。まぁ、今のお前なら、及第点ギリギリってとこだろ」

 ユヅルの言葉をカナミは理解できていない。それがわかったユヅルは、その場でしゃがみ、彼女に視線の高さを合わせ、

「俺が救ってやるよ。神が相手だろうが、どこの誰が相手だろうが、関係ない。俺は、テメェの代わりになるために、この場所に来たわけじゃねぇんだよ」

「えっ、一体何を言って」

「神を、テメェをくっちまおうってやつを、テメェから、日常を奪おうって奴を、俺が殺す。そう言ってるんだよ」

「無茶ですよ。気持ちは嬉しいですけど」

 彼女は、一条の光明が射したように思えた。だが、ユヅルの言葉を完全に信じられずにいる。

「俺の予想が正しければ、不可能じゃない。もっとも、リスクとリターンを天秤にかければ、リスクのほうに大きく傾くだろうけどな」

「それじゃ、やっぱり」

「何、弱気になってる。お前は、ようやく、自分の心と向き合ったんだろ。だったら、そんなくだらない言葉よりも先に、もっと大事な言葉を口にするべきだろ」

 タバコの煙を吐き出しながら、彼は何気なく口にする。口にしている内容が、途方もないことだというのに。

「助けてください」

「聞こえねぇよ」

「私を、助けてください」

 大きな声で、彼女が口にすると、頭を軽くユヅルにたたかれた。そして、頭をたたいた張本人、ユヅルは立ち上がり、

「任せろ」

 短く、それでいて、優しい声で彼女に答えた。

 時刻は午後十一時五十五分。

 儀式の開始まで、残り五分を切っていた。

次こそ、vs神様のはず

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