第七話 生贄と夜1
複線回収開始。
それは、ユヅルが日本についた日。
屋敷の離れに、クローデルを伴わず、勲に呼び出されたユヅルは、彼の対面に腰を下ろし、胡坐をかく。
「そんで、こんなところに呼び出して、何のようだ?」
「本題に入る前に聞いておきたい、主は、神の存在を信じるか?」
先ほど、クローデルから受け取ったものをみた時の緩んだ表情はどこへやら、そこには厳しい表情を浮かべた老人がいる。
「俺自身は、信じちゃいない。でもまぁ、いるかもな」
神に祈ることの無意味さ。そのことを、少年兵として戦場で戦っていたユヅルは知っている。
神はただ、そこにいるだけ。
「まぁ、信じる信じないは、個人に自由じゃ。勝手にするがよい」
そう口にして、勲が懐から取り出し、見せてきたのは、小さな金属片。
「本題はここからじゃ、この、神宮寺の家は、代々、神に生贄を捧げている。馬鹿げていると思うかもしれんが、これは、紛れもない事実じゃ。現に、わしの母も生贄に捧げられている」
瞳を閉じ、静かに語りだす勲。ユヅルは、茶化すことなく、その言葉に耳を傾ける。
「だが、それから、女子はこの家に生まれなかった。わしは、嬉しかったよ。だが、カナミが十五年前、生まれた」
「なるほど、次は、カナミの番ってわけだ」
順当に考えれば、間違いない。だが、その言葉を口にした瞬間、勲はユヅルに対して殺気を露にし、どうにか、押し殺す。
「そう、主の言うとおり。カナミの番、しかも、儀式は今晩、執り行われる」
「へぇ」
ユヅルは、他人事のように言葉を返すが、
「そこで、主には、その場で神を殺してほしい」
勲はとんでもないことを口にした。
「ジジイ、正気か?」
それは、神仏を祭る側の人間としては、思考することすら禁止されているはず。だが、勲はその言葉を、考えを口に出してきた。
「まぁ、それは置いといて、どうして、今日? やるなら、早いうちに終わらせておけばよかっただろ?」
「確かに、主の言うことはもっともじゃ、しかし、それはできんかった」
「どうして?」
「儀式は、二年おきに行われ、八回で完成する。先ほど見せた金属片は、その儀式の際、生贄となるものが、飲み込む代物じゃ。神は、そのときようやく姿を現す。それまでは、いかなる手段も、神を殺すには至らない」
「試したのかよ」
「試したに決まっておろう。でなければ、いきなりこのタイミングで現れた主なんぞに、頼むと思うかっ」
その怒号があまりに大きく、ユヅルは両手で耳を塞ぐ。
「誰が好き好んで、大切な孫娘を生贄に差し出したりするものかよ」
「そうかい」
ため息を一つつき、ユヅルは懐からタバコを取り出し、マッチで火をつける。
「質問、かまわないか?」
「なんじゃ?」
「あんたの母親も生贄に捧げられたって言ってたな。でも、あんたは生まれてる。二年おきで、八回だから、計十六年。計算が合わないだろ?」
「わしは、母親が十五のときの子どもじゃ」
「そんじゃ次、生贄に捧げるって言うけど、具体的には?」
「その体を差し出し、神の器にする。つまり、肉体は生きているものの、精神的には死ぬことを意味する」
タバコの煙を吐き出し、ユヅルは腕組みしてしまう。
「それって、要するに同化するってことだろ? あんた、どうやって神を殺すつもりなんだ?」
「これを飲み込んでから、半刻、つまり、三十分ほど、神は、完全に無防備となる。そこを狙う」
「いや、だって、肉体ないわけだろ? 作戦自体破綻してる」
「煩い。それでも、やらねばならんのだ」
「メチャクチャ言いやがる」
背中を床に預け、天井に視線を向けながら、ユヅルは思考する。
「ガキのために、行動してくれる肉親、か。俺もこういう国に生まれてれば、少しは、人生変わってたんだろうな」
口にタバコをくわえたまま、独り言を口にし、瞳を閉じる。
「ジジイ、最後に一つだけ聞かせろ。俺が来なければ、どうするつもりだった?」
「どうするもこうするも、わし自身の手で終わらせるつもりじゃったよ」
その言葉は、自分がカナミの命を奪い、己の命も絶つ覚悟がこめられており、ユヅルが現れなければ、本当に実行していたことだろう。
「そうか。はぁ、俺は、エクソシストじゃねぇんだけどな」
体を起こし、真っ向から勲の視線を受けながら、
「いいぜ、やってやるよ。神様に喧嘩売るのは大得意だからな。ただし、条件がある」
「条件?」
「俺がタバコ吸っても文句言わないように家族に言っとけ」
立ち上がったユヅルは、入り口まで移動し、振り返ることなく、
「期待はすんなよ」
吐き捨てるように口にして、その場所から去っていく。
時刻は午後十時を回ったところ。
神に生贄が捧げられるまで、残り二時間をきったところ。
次回、VS神様