デートにレッツゴー3
お弁当は恩返し。
夕暮れ時、二人は帰る前に観覧車に乗っていた。
「ふぅ、意外と疲れるもんだな、だが、楽しかった」
今日一日を振り返り、外の景色に視線を固定しながら、ユヅルは口にする。
「なぜ、あの時、我を殺さなかった。答えろ、小僧」
しかし、帰ってきたのは、無粋な言葉。それは、紛れもなくカナミの口から放たれているのに、彼女の言葉ではない。
「お前、誰だっけ?」
「はぐらかすな、小僧」
対面に座っている彼女に視線を移動させたユヅルは、いきなり怒鳴られ、どう言葉を返していいものか、少しだけ悩む。
「それで、何を答えろって、『クシミタマの巫女』。もう一度言ってくれ」
「なぜ、あの時、我を殺さなかった」
「いや、殺したと思ってたよ。今、お前がここに、カナミの表層意識を乗っ取って、出てくるまでは」
「だから、はぐらかすなと言っている」
彼女は立ち上がり、ユヅルの首元を両手で掴み、服をひねりあげる。
「何をそう、カリカリしてるんだ? 生きてたんなら、それが結果だろ?」
「生かされている屈辱を、知らぬ貴様ではあるまい。答えろ」
「ったく、面倒なやつだな。とりあえず、座れ」
ユヅルは、彼女を座らせ、服装を正すと、大きくため息をつき、
「殺さなかった理由だっけ? そんなの、お前もカナミの一部だったからに決まってるだろ」
「我が、この器の一部だと?」
「俺はそう感じたんだが?」
「馬鹿なことを言う。我に捧げられた供物であるこやつの、一部だと」
納得がいかないといった表情で、彼女は怒りをあらわにする。
『クシミタマの巫女』
それは、神宮寺の家に古くから伝わっている、神の名前。神宮寺の家に生まれた女子は、代々、この神の器になることを義務付けられ、生贄になる。そして、三代において生まれてくることのなかった神宮寺家が、ようやく授かった女子がカナミである。
彼女の為、カナミは生贄になるはずだった。そう、義務付けられていた。だが、カナミの祖父である勲は、この儀式を憎み、どうにか、この儀式を阻止しようと計画を練り、ユヅルが現れた晩に、その計画を実行した。計画は単純明快、カナミを生贄にする振りをして差し出し、それに食いついた神を殺すこと。神を祀る家系として、実行することも、思考することすらも禁じられているはずなのに、勲は孫娘を守る為に、禁忌を犯した。もっとも、実行したのはユヅルなのだが。
「俺がお前を殺そうとしたとき、お前は既にカナミの中にいた。そしたらもう、お前は、カナミの一部と考えてもおかしくはない。俺はそう思うが?」
「ほう、ならば問おう。我が、この娘の体を奪い、現世に顕現した場合、貴様はどう動く?」
「そんな当たり前の、分かりきってる答えを聞いて、どうするんだ?」
「いいから答えろ」
―なんか、ため息ついてばっかだな―
激昂する彼女の問いに対する答えは、既にユヅルの中で決まっている。
「お前を殺して、カナミを取り返す」
「できるのか、貴様に? 我をこうして見逃している貴様に」
「お前こそ何を勘違いしてるんだ? それとも、力の差すら理解できないほど耄碌したか。俺は、お前がカナミの一部だと判断したから、お前を殺さなかった。それが逆になったら、簡単に殺せるに決まってるだろ。現に、お前は一度俺に負けてるんだよ」
「口先だけでは何とでも言える」
「なら、試してみるか?」
平然と、日常会話でも口にするようにユヅルが口にすると、彼女は、笑みを浮かべて、いきなり、ユヅルの唇を奪ってきた。それは、ほんの一瞬の出来事だった為、彼は驚愕に目を見開き、瞳を閉じていた彼女は、次の瞬間、顔を茹蛸のように赤くしている。
「なっ、なんで、こんなことになってるんですか」
いきなりの事態に、カナミはどうすればいいのかわからない、
―引っ込みやがったな、あいつ―
既に、カナミに体の支配権が戻ったのだろう。ユヅルは、このことをどうやって説明しようかと悩む。すると、ちょうど観覧車は役目を終えて、地面へと戻ってしまう。
「悪い、係員さん、もう一回乗せてくれ」
そう口にして、ユヅルは降りることを拒否。再び観覧車は地面から、ゆっくりと離れていく。隣には、オーバーヒート状態のカナミ。事情を素直に説明することは簡単だが、それは、カナミのために行動した勲のことを考え、なるべくしたくない。
「さて、どうしたもんかね、まったく」
問題は積み上げられたまま。だが、このわずかな時間だけは、満喫しようと、ユヅルはオレンジ色に彩られた町に、視線を送った。
次回は、ちょっとシリアス。
エロジジイがシリアスなのです。