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シュリンムスト・メテレーザー  作者: nao
第一章 日本到着
11/106

幕間 闇の中

本当の彼はどこに。


複線を一つ回収

 横浜倉庫街。

 時刻は、深夜二時を回り、周囲の光は闇に飲み込まれ、騒音は海の音にかき消されていく。

 そんな場所で一人、ベンチに座り、タバコの煙を燻らせているのは、天禅寺高校の制服ではなく、私服姿のユヅル・ハイドマン。両手をジーンズのポケットに突っ込み、思考をまとめる為に両目すら閉じている。

「失礼、少し遅くなってしまったようだな」

 深夜だというのにサングラスをかけたスーツ姿の男。英語で話しかけてきたところを考えれば、間違いなく、この男がユヅルの待ち人。

「そうだな、本当に、少し遅かった」

 タバコを吐き捨て、靴の裏で火を踏み消して立ち上がったユヅルは、男の持っているスーツケースに視線を注ぐ。

「それが、例のブツで間違いないのか?」

「ああ、確認してもらいたいのだが、そちらの持ち物は?」

 ユヅルは男の問いに、顎でベンチの横においてあるスーツケースを示す。

「尊大な態度だな。交渉相手の機嫌を損ねて、得でもあるのか?」

「別に。気に入らないなら取引なんてしなければいいだろう」

「違いない」

 男がサングラスを取ると同時、何かに牽きつけられるようにスーツケースが持ち上がり、男の前まで移動してくる。決して手品などではない。

 超能力。

 人は度々、この言葉を口にする割に、科学という言葉を盾にして、事実を否定し続けている。しかし、存在し続けているのも確か。完全に否定することなど、誰ができようものか。

 男はなれた動作で、しゃがみこんでスーツケースを開けるが、彼は顔をしかめる。勿論、それは中身が彼の予想していたものではなかったから。代わりに、その中身は、一枚の紙切れ。

「求めるならば、奪い取れ。それが、唯一無二の答えだ」

 紙切れに書かれている言葉を、高らかに口にするユヅル。瞬間、飛んでくる空のスーツケース。それを右足で蹴り飛ばし、彼は、左手で新しいタバコに火をつける。

「まさかとは思っていたが、そうか、それが答えか」

「当たり前だ。もしかしてあんた、異端審問局が、人殺しが、エゴイストが、羊の振りしただけの狼が、取引なんて。そんな、いっぱしの人間みたいな、常識持ったやつらみたいな真似をするとでも、本気で思ってたのか?」

 彼は、顔に邪悪な笑みを貼り付け、男の言葉を真っ向から肯定する。

「この世に正義なんて存在しない。あるのは力と欲、そして意思のみ。他者の価値観で変化してしまうようなもの、俺たちは信じない。この世に悪も存在しない。わかったなら、とっとと帰れ。伝書鳩の真似事させられる俺の身になって」

 男に対して、帰るよう態度で促すものの、男がこのまま引き下がるとは、微塵も思っていない。

「そうか、ならば、貴様らの流儀に習い、そうさせてもらうとしよう」

 男の言葉と同時、瞬時に移動しようとしたユヅルだが、その体が動かない。当然、無防備なまま、男のこぶしを腹に受けるが、男はユヅルが倒れることすら許そうとはしない。そのまま右膝を鼻に、肘を右目に叩き込む。声すら出せず、痛みに耐えながら、ユヅルは思考をフルスピードで回転させていく。

「つまらんな、異端審問局とは、所詮この程度のものか」

 吐き捨てるように男は口にし、ユヅルに対して背を向ける。そうして、ようやく彼は倒れることができた。だが、のんきに眠っているわけにもいかない。男は、その気になれば、いつでもユヅルを殺すことができたはず。それでも、その行動に移らないのは、自分の力に、優位性に絶対の自信があるからに他ならない。

「これなら、こんなやつらを収めている長、アレグリオといったか、奴の器もたかが知れている」

「おい、お前、今、なんて言った?」

 男の侮蔑に対し、痛む体に鞭打ち立ち上がったユヅルは問いかける。それは、この場にそぐわぬ、純粋すぎる声。

「貴様ら、異端審問局もその長もたいしたことがないといったのだ、小僧」

 振り向きざま、ユヅルの反応できない速度で、右のつま先を鳩尾に叩き込む。能力を使う必要は既にない。それだけで、目の前の少年は意識を失う。そう、男は踏んでいた。それは、間違いなく、長年の経験からくるものであったが、結果は違っていた。

 男の蹴りを受けたまま、ユヅルはその場から動いていない。倒れてもいなければ、うめき声も上げていない。完全に意識を失っているわけでもない。なら、男が気になって仕方がない、違和感の正体はいったい。

「そうか、俺の聞き間違えじゃ、なかったわけだな」

 口から血を吐き出し、男の攻撃で落としてしまったタバコの代わりに、又、新しいタバコに火をつけながら、ユヅルは、男の顔を見ずに口にする。 そして、ゆっくりと、タバコの煙を吐き出しながら、顔を上げた彼の顔に、先ほどの笑みはない。かといって、苦痛の表情があるわけでもない。怒りがあるわけでもない。普段どおりの表情を浮かべ、

「俺の中には、破らないと決めたルールが二つだけある。それを特別に教えてやる。一つ、己の生き方を己では変えないこと。一つ、オヤジのことを馬鹿にした奴だけは、誰であっても殺すこと。お前は今、局長、オヤジのことを馬鹿にしたな」

 何気なく、そう、雑談でも口にする口調で歌い上げる。

「お前は、殺す」

 そして、宣言する。

 だが、男とて、ただその場にいて、殺されるはずがない。相手を殺す。そう口にしたものの、その場から動こうとしないユヅルへ、こぶしを、蹴りを、肘を、膝を急所へと叩き込んでいく。彼は動かない。男が能力を使っているため動けない。

「もう、終わりか?」

 タバコの煙を燻らせ、唇にタバコをはさんだ状態で、ユヅルは口にする。

 男は既にやけになってしまっている。手ごたえがないわけではない。そのこぶしには、骨を砕いた感覚、足にも同様の感覚が伝わってきている。男の見立てであれば、全身骨折に加え、骨折した骨が臓器に突き刺さり、言葉を口にすることなど、到底できるはずのない常態。なのに、目の前の少年は、それが当たり前のように口を開く。

「終わりみたいだな」

 次は、こっちの番。その言葉そう告げている。だが、男の能力に拘束されているユヅルは、動くことができない。そう、男は自分の能力に対して、絶対の自信を持っていた。その瞬間を見てしまうまでは。

 ユヅルは、いつの間にか、左手の指にタバコを挟み、空いた指で刀の柄を握っている。先ほどまで持っていなかったはずの刀。彼はそのまま右手で抜刀。距離的には、男を袈裟切りにできるが、男はその攻撃に対して、能力で対抗。

 男の能力は、引力と斥力であり、超能力の中でも、サイコキネシスと類似されることが多い。対して、ユヅルの獲物は刀。磁力の影響を大きく受ける金属でできた武器は、男の能力に逆らうことができない。男は、そう、確信していた。しかし、男の体に伝わってきたは、異物が体に進入してくる不快感、次いで、肌を切り裂かれる痛み、そして、地面の冷たさの順。ユヅルの刀は見事なまでの軌跡を描き、男を袈裟切りにし、鞘へと収められている。

「なっ、なぜだ」

 男は、途切れ途切れに、信じられないといった表情で、ユヅルを見上げる。対して、彼は、タバコを投げ捨て、再び刀を抜き放つと、今度は男の右腕に突き刺し、地面に縫いつけ、刀に体重をかけて固定させる。

「確か、殴られた数は、十一発だったな」

 男の問いに答えず。懐から銃を取り出したユヅルは、その引き金をためらうことなく、男の右手に向かって引く。引く、引き続ける。指が千切れ飛び、爪が宙を舞おうが、血が周囲に飛び散ろうがお構いなしに。ちょうど、十一発撃ち終えたとき、彼は懐に銃を戻し、刀を男の右腕から引き剥がし、男の首へと移動させる。男は既に、痛みと出血で意識が途切れかかっている。それを、無理やり髪を掴んで、上半身だけ起き上がらせるユヅル。

「お前は、俺を殺せていた。だが、殺せなかった。それが事実であり結果。それがすべてだ。自分に自信を持つことは否定しないが、殺せるときに殺しておかないから、自分が殺されることになる。しっかり、勉強しておくんだったな」

 嘲るのではなく、淡々と口にしたユヅルは、男の髪から手を離し、そのまま刀で喉を切り裂く。既に、致命傷の男に、さらに傷を与え、彼はようやく刀を鞘へと戻す。

「こちら、ユヅル・ハイドマン。対象の殲滅を確認、処理を頼む」

「了解しました」

 携帯電話を取り出し、着信履歴からコールした彼は、返事だけを聞いて、すぐに通話をきって、携帯をジーンズのポケットに戻す。腕時計で時刻を確認すれば、午前ニ時二十三分。

「約五時間後には学校に行かないといけないのか。ズル休みは可能か?」

 先ほどまでとは打って変わり、ため息をつきながらも彼はいつものように、その場所を後にする。


次からは再び日常に戻ります。

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