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シュリンムスト・メテレーザー  作者: nao
第七章 つかの間の安息
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幕間 見守る者

さて、今回は前回の後日譚

 Gwも過ぎ、五月の半ばに差し掛かった頃、暖かな日差しの中でユヅルは待ち人が来てくれることを願いながら、コーヒーカップを傾けていた。

「ふふ、ちょっと遅れちゃったかな?」

「来てくれただけで、こちらとしては満足ですよ、フユカさん」

 声をかけられ、そちら側へと振り返れば、白のワンピースを着た、栗色の髪を後ろで一つに束ねた細身の女性が微笑んでいた。


「好きなものを頼んでくださって結構です。味は保証しませんが、今回は、お礼のつもりですから」

「そういう風に、妙に義理堅いのが、君の可愛らしいところだよね、ユヅル」

「からかわないでください」

「からかってはいないよ、すこし、嬉しくって。それと一緒に寂しいだけだよ」

 フユカの言葉の意味がよくわからず、彼は首をかしげるが、彼女はその様子を、遠くに行ってしまった子供を見守る母親のような表情を浮かべて見つめていた。


「本当に、年月が経つのは早いものだよね」

「どうしたんですか、いきなり」

「なに、こっちの話だよ。あれほど、刺々しかった君の雰囲気が和らいでいるものだから。ちょっとだけ、懐かしく思えた、それだけのことだよ」

「自分の変化なんて、自分じゃわからないものですよ」

―変わったのは、雰囲気だけじゃなくって、そのあり方からしてからかな?―

 彼の雰囲気だけではなく、時折見せるようになった、年相応の表情を見て、彼女はそう分析する。


「それで、呼び出しの用件は、他にもあるんだろう?」

「いえ、本当に今回はお礼をするためだけですから」

「心や表情を押さえ込むのは得意なわりに、誤魔化すのは、まだまだ苦手なみたいだね」

「かないませんね、本当に」

「そりゃ、アンネと同じように、君よりも長い時間を生きているからね」

 彼女の言葉の中に出てきた人物の名前を聞いた瞬間、彼の心に一本の針が突き刺さる。


「彼女のことに関して言えば、君に責任はない。それとも、責めてもらって、少しでも楽になりたかったのかな?」

「違いますよ、そんなんじゃない」

「知っているよ。少し意地悪をしただけ、君の成長ぶりを見てきた人間なんだ。人となりぐらい、少しぐらいは把握しているよ」

「なら、もう、俺の考え、理解できてるんじゃないですか?」

「他人の考えは、推測することも、共有することもできるだろうけど、共感することはできないよ。するフリは出来てもね」

「厳しいですね」

「厳しくはないよ。それを言ったら、シキの方がよっぽど君に対して厳しい」

「ええ、あの人はとても厳しく、それでいて強い。俺の知る限り、あれほど強い人は、まだ出会ってません」

「彼の強さが理解できたなら、君もようやく、一人前になれたってことかな」

 そう口にして、フユカは運ばれてきたティーカップをソーサーごと持ち上げ、香りを楽しむように水面に揺れを作り出す。


「まだ、連絡を取る気にはなれないのかい?」

「ええ、まだ、あの時の答えが、俺の中では出ていませんから」

―難儀な性格だね、まったく―

 ため息を一つ付き、彼女はティーカップを傾ける。

 雨宮シキ、冴島フユカ。

 この二人は、アンネ・リーベデルタの死亡後、改変がなされたあとでは、失踪後、ユヅルの教育官となった元執行官。

 執行官になるための最終試験、シキはユヅルと一騎打ちを課し、ユヅルは彼に止めを指すことができずに、敗北を喫している。


◆◆◆◆◆◆◆◆


 その時、

「己の、何を犠牲にしてでも守りたいものができたなら、お前は誰よりも強くなれる。だが、今のお前には、お前以上に大切なものがない。だから、お前は俺に負けた」

 倒れ伏しているユヅルに対し、黒縁メガネの位置を直しながら、シキは諭すように語りかけてきた。


「奪う力も、守る力も、所詮、言葉を変えただけの暴力でしかない。行使する方法が違うだけで、他者が受ける印象が変わるだけ」

 タバコの煙が目にしみる中、ユヅルは彼の言葉に耳を傾ける。


「ユヅル、もし、お前が俺に戦い方を教わったというなら、俺の生き方は理解できたはずだ。だからこそ、お前に問う。お前には、お前以上に大切な存在がいるのか、っと。この問いに、答えられるようになったら、もしくは、この問いに対しての答えを、自分の今までを否定してでも守りたいと願ったとき、連絡してこい」

 それ以上口にすることなく、彼は背を向けて去っていってしまった。


 途中までは、互角の戦いができていたと、ユヅル自身、自負している。だが、いざ止めをさそうとしたとき、彼の攻撃はどうしようもなく鈍ってしまっていた。それが結果として、去りゆく師匠を見守る、見送ることしかできない無様な自分として、彼の心には刻まれている。


◆◆◆◆◆◆◆◆


「今の君には、自分以上に大切な人がいるんじゃないかな?」

「それが、わからないんです」

「わからない?」

「はい。こんな気持ちが初めてで。自分自身、よくわからない。あいつがそばにいないと、落ち着かないくらいに取り乱してしまうくせに。素直になれない自分がいて。甘えたいくせに、一緒にいたいくせに、自分のせいで、危険にさらされたらどうしようって」

―こいつは、いよいよ、私も歳をとったみたいだね―

 彼女がそう思うのも無理はない。ユヅル自身、理解していないのだろうが、これは確実に恋愛相談。おまけに、自分の今までの行いのせいで、その人物が危険にさらされることに対する恐怖まで芽生え始めている。自分以外に関心を持たないものであれば、それはまず、持つことがないはずの感情。それを、彼はまだ理解できていないのだ。


「ごちそうさま」

「まだ、食べ終えてませんよね、ケーキ」

 彼はフユカが少しだけ口をつけたチーズケーキを指差して口にする。彼女としては、そんな意味で口にしたわけではないのだが、どうやら彼は勘違いしてしまったらしい。

「そう言う意味で口にしたわけではないんだけれどね。ああ、そういえば、君に皮肉は通用しなかったね」

「どういうことですか、それ?」

「気にしなくっていいってことだよ。あの程度のこと」

「あの程度って、この前のことを言ってるなら、大事ですよ」

 彼はレンの歓迎会の日、彼女にひとつお願い事をしている。そのお礼を兼ねて、ここに彼女を呼び出したのだが、彼女にしてみれば、可愛い弟分からの頼み事を断る気などなかったし、久しぶりに顔を見たいと思って脚を向けたのだが。彼からして見れば、そうではなかったらしい。


 天候操作。

 ウインドやフジノのように、ある一種の天候を操作できる能力者は珍しくない。ただ、それがすべての天候を操作出来るとなれば、そんな能力者は存在しない。それは、地球上すべての風向きや湿度、雲の動き、海流を操作することと同義。広い意味で言うなら、この星を制御していると言っても過言ではない。だからこそ、そんなことのできる能力者は存在しない。ならば、どうして彼女は雪を降らせることができたのか。答えは簡単である。彼女は、リスクを持って、天候を操作する魔法使いなのだから。


「一週間や二週間程度なら、旅行とかわらない。君が気にするほどのことじゃないよ、ユヅル」

「普通、気にしますよ」

―ああ、からかうと楽しいのは、相変わらずだ―

 彼女は口元に手を当てて笑いを殺す。

 彼女は天候を操作する。そのリスクとして、天候を操作した場所には、ある一定期間以上の時間経過を持ってしか、入ることができない。つまり、日本の天候全てを操作したとすれば、日本にはしばらく足を踏み入れることができないのである。


「そうだね、気にしているというなら、少しばかり、頼み事を聞いてもらおうか」

「俺にできることなら」

「君の思い人を殺してくれ」

 その言葉を聞いた瞬間の彼の変化を、誰が見逃すことができるだろう。瞳には殺意が宿り、おそらく、この場所を阿鼻叫喚の図に変えることすら、顔色ひとつ変えずにやってのける。

 そんな彼を楽しげに見つめ、フユカは席を立ち、


「そんな怖い顔、彼女の前でしちゃ、ダメだよ?」

「怖い顔させたのは、あなたですよね?」

 彼の肩に手をおいて、耳元でつぶやく。そして、

「今の君なら、彼に連絡をするなんてこと。朝飯前の気軽さでできるはずだよ」

 伝票片手に去っていこうとする。


「いや、今日は俺のおごりで」

「子供が、大人に対して誠意を示すなら、こういったことじゃなくて、自分の成長で示して欲しい。私はそう、願うね」

 そして彼女は振り返り、伝票に軽くキスをして言葉を残していく。


「これは本当のお願い。もし、君が抱えている問題が片付いたら、彼女を紹介してくれないかな。あの子の代わりに、私はなるつもりはないけれど、可愛い弟分を篭絡した、悪女の顔ぐらい、一度拝んでおきたいのだよ」



本当、年上の女性には弱弱な主人公。


もしくは、年上の女性が強すぎるのか?

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