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シュリンムスト・メテレーザー  作者: nao
第七章 つかの間の安息
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歓迎会です7

一つのお話が長くなってきたような、きょうこのごろ

「それじゃ、すみませんが、手筈通りにお願いします」

「ええ、わかったわ。でも、意外ね。あなたがこんなロマンチストだったなんて」

「茶化さないでください」

「ふふっ、冗談よ。それじゃ」

 彼にしては珍しく相手に気を使った敬語での電話を終え、ユヅルは携帯の通話を終了する。


 時刻は既に午後七時を回っている。

 あれから、二人のメイドを伴っての、羞恥プレイに似た買い物を終え、別れ、気づけば時間がすっかり過ぎてしまっていた。

「怒られはしないだろうが、罪悪感は拭えないな」

 もっと早く帰ってくるつもりが、予想以上に面倒な遭遇と買い物。そして精神的なダメージが、彼の歩みを邪魔していたことは言うまでもない。

 とりあえず、玄関で待っていても、事態は好転しない。そう考えた彼は、意を決して、玄関のドアを開ける。すると、鳴り響くクラッカーの音と共に、


「ようこそ、あなたが望んでやまなかった日常へ」

 彼の周知の人間たちが出迎えてくれた。これにはさすがに彼も唖然とするしかない。今回は、レンの歓迎会であり、企画した人間の中に彼も含まれているのだから。


「まったく、遅いですよ、ユヅルさん」

「本当、どこをほっつき歩いていたんだい、ユヅル?」

 笑顔で彼を出迎えるカナミとカズキ。


「先輩、遅すぎですよ」

「そうよって、ゆ~ちゃん。プレゼントはどうしたのよ?」

 彼の手を取って奥へと案内するレベッカに、疑問を投げかけてくるクレハ。

 奥へと進めば、既にケーキの目の前でフォークを笑顔で握りしめているレンの姿。


「これは、一体?」

「ふふっ、女性陣、みんなで企画したそうよ。レンちゃんだけじゃなくって、ユヅル君のことも兼ねた歓迎会」

「アケノさん」

 なぜか、バニー姿で彼にドリンクを手渡してくるアケノ。そんな彼女から視線を外し、

「まんまと、俺もハメられたわけか」

「バレちゃうんじゃないかって、途中、何度か焦ったんですよ、ゆ~君」

 立食状態でのパーティ。そんな中、彼に寄り添うように、姿を現すヒサノ。


「騙されたこと、怒ってます?」

「いや、別にそんなことない」

「なら、なんで、もっと嬉しそうな顔をしてくれないんですか?」

 企画した彼女からして見れば、いつもどおりの表情を崩さない彼の反応がイマイチ、お気に召さないらしい。


「慣れて、ないんだ。こういうこと」

 そんな彼女に対し、小さな声で彼は口にする。

「えっ?」

 ユヅルの言葉が意外だったので、ヒサノは思わず声を上げでしまう。

「実際、こんなふうに祝ってもらったことがないんだよ、俺」

「誕生日も、ですか?」

「ああ。生まれただけの日。それだけの認識しかなかったから。ほかの奴らは、それを理由に騒ぎたかったんだろうけど、たいてい、仕事してたからな」

「他の人の誕生日を祝ったことも?」

「ない。知ってると思うが、日本に来る前の俺は、他人に関心をほとんど持ってなかった。だから、こういうイベント自体、参加することが初めてなんだ」

 ドリンクに一口だけ口をつけ、主役であるレンの周りで盛り上がっている友人たちをどこか、遠い視線で見つめるユヅル。


 こういったお祭り騒ぎに参加することも、企画することすらしなかった彼にしてみれば、盛り上がっている場所は、遠い場所。手を伸ばせば、一歩踏みだせば、そこに加わることが可能だというのに、誰かに関わることが恐怖でしかなかった彼は、それをしなかった。やろうと、しなかったのだ。


「なら、ここから始めればいいじゃないですか」

 その言葉を聞いて、ユヅルは隣にいるヒサノに視線を移す。

「やり直しっていうのは、ゼロからスタートすることです。でも、はじめるってことは、今までの自分を持って、スタートすることです。違い、わかりますよね?」

「ああ」

「なら、ゆ~君は、ここから始めればいいんです。過去なんて、今までなんて、関係ないです。だから、」

 次の言葉を探しているヒサノ。その隣で、ユヅルは口元に手を当て、声を殺して笑っていた。

「ちょっと、ゆ~君。私は真面目な話をして」

 頬を赤らめて怒る彼女の怒りを、自然すぎる流れで唇を触れ合わせることで沈める彼。触れていたのは数秒のはずなのに、離れた時には、別の意味でヒサノの顔には朱がさしている。

「ありがとな」

 彼は短く口にして、左手で彼女手を取って、縁側へと向かう。唇に手を当てながら、その手に引かれるまま、彼女は続く。


「お~い、お前ら、ちょっとこっちまで来てくれ」

 皆に声をかけ、彼女から手を離したユヅルは、サンダルへと履き替え、庭に降りる。彼に呼ばれた皆は、何事かと思いながら、縁側へと姿を現し、

「それじゃ、お願いします」

「任せて」

 携帯電話のリダイヤルをした彼は、先ほど通話相手に。

 すると、次の瞬間、季節は四月。春が訪れているというのに、白い、柔らかいものが、夕暮れの色を帯びて、オレンジ色になりながら舞い降りてくる。


「雪・・・?」

 言葉を口にしたのは、ついさっきまで、ユヅルとヒサノの合作であるケーキに夢中だったレン。それは、彼女の記憶を呼び起こすには十分すぎるもの。


 その日も、季節外れの雪が降っていた。

 両親に連れられ、ディナーを終えた彼女は、両手を両親とつなぎ、真ん中を歩きながら、初めて、彼と出会ったのだ。黒に身を包み、雪よりも冷たい瞳を持ち、誰よりも心が凍えきっている一人の少年と。


 そんな、過去へと思いをめくらせていた彼女の目の前で、ユヅルの手元に、一際、否、とても大きな塊が落ちてくる。よく見れば、それは白でラッピングされたものだったのだが、突然のことだったので、レンは、慌てて腰を落としてしまう。


「日本へ、春日野家へようこそ、レン」

 そう言って、ユヅルはラッピングされた大きな包を彼女へと手渡す。それは、奇しくも彼と初めて出会った日と同じ光景。その時は、ここまで大きいものではなかったけれど。

 白のリボンを解けば、そこから姿をあらわすのは、

「・・・クマさん」

 嬉しそうに、彼女は大きなくまのぬいぐるみに体を預けるように抱きつく。


「あれ、私が用意したプレゼントは?」

「捨てた」

「嘘っ、あれ、ものすごくいい生地使ってるから高かったのに」

「黙れ色情魔。一度、ものの価値を自分基準から、一般基準に訂正してから、プレゼントを再度選び直せ」

 そんな彼女を尻目に、口喧嘩から取っ組み合いの喧嘩にまで発展するクレハとユヅルの二人。ケンカするほど仲がいい。そんな言葉を地で行なっている。

 その光景を微笑ましいと思いつつ、レンの隣に腰を下ろし、ヒサノは口にする。


「春日野家へ、ようこそ、レンちゃん、ゆ~君」


ようやく、話が先へと進む

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