歓迎会です5
話がなかなか進まない
「なるほど、エカテリーナ、彼女が上手くやってくれたみたいだね」
「どういうことだよ」
「他人に回答をもとめるよりもまず、自分で考えてみたらどうだい、ユヅル?」
茶化すように、意地悪なことを口にして、クローデルは近くを通りかかったメイドに注文を済ませ、彼の回答を待つ。
「お前の死は、改竄されたもので、死体も偽物だったと。そう、言うつもりか?」
「そのとおり。死体は、あらかじめ私が作っておいた偽物。記録に関しては、エカテリーナが幻術でどうにかしてくれたのだろうね」
「なら、なんでこのタイミングで俺の前に姿を現した?」
そして、いよいよ彼は、核心をつく言葉を口にする。
いくらクーデターが終わったからといっても、このタイミングで彼女が姿をあらわすのはあまりにも不自然。姿をあらわすのであれば、彼が戦いに赴く前、もしくは戦いが終わった直後でいいはず。それなのに、あえて時間を空けて現れた意味は。
「少し、調べ物をしていたんだよ」
「テメェは相変わらず、自分を中心に物事を考えてるみたいだな。あいつらがどんだけ悲しんだかわかってねぇだろ」
「それは、とても嬉しいことだね。それだけ、私は彼らに思われ、君を中心としてまとまってくれたのだから」
「まるで見てたみたいな口ぶりだな」
「見ていたとも、君の戦いぶりだけでなく、彼女の死に様も」
その言葉を聞いて、ユヅルはテーブルに自らの拳を振り下ろす。本気を出していたなら、テーブルが破壊されていただろうが、今回はテーブルの上に乗っていたグラスや灰皿を揺らすだけにとどまる。
「怒るなよ、あの場所に私が居ても、結果は変わらなかったはずだ」
「ああ、だろうな。だが、レンの悲しみは、少しは和らいでいたはずだ。それだけじゃない、ケイオスにセンザ、フジノ。あいつらも、テメェの死を悼んでた」
「それについては、彼らの勝手だよ。私のせいではない」
注文したオムライスにおいしくなる呪文をかけてもらい、スプーンで口に運ぼうとする彼女だったが、その首元にユヅルの手が伸ばされる。
「どこまで、他人を馬鹿にしてやがる。クソ女」
「他人のことを馬鹿にされ、それを自分に置換して、怒る。よくもまぁ、そこまで、自分という存在を軽々しく扱える」
「お前の分析を聞いていると吐き気がする」
手を引き、タバコの煙を吐き出しながら、彼は怒りを押しとどめ、
「このタイミングで出てきた理由と、それに関する説明だけして、すぐに消えろ」
「ふむ、感情を制御する。この一点においては、流石に優秀だ」
クローデルはそんな彼に賞賛の言葉を送り、食事を開始する。
「これが、私の調べてきたものだ」
そう口にして、彼女はテーブルの上にクリアファイルを投げ出す。
「星の皇に仕える十二の使徒。残り四名の容姿、戦闘傾向、能力に関して記載したものだ。まったく、これをまとめる為に、私がどれほど大変だったか、君に理解できるかい?」
「する気もない」
「釣れないね、まったく。でもさすがに、君といえど、この四名を相手にするのは、おすすめできないと判断せざるをえないね」
「だろうな」
クリアファイルから取り出した資料に目を通しながら、ユヅルは彼女の姿を確認することなく答える。資料には確かに、彼女の言った内容が記載されている。ただ、その記載されている内容には、かなりの問題がある。
「一名ほど足りない」
「まぁ、それは大目に見て欲しいところだね。何分、時間が足りなかった」
そう、四人といっておきながら、記載されているのは三人分のみ。四人目、彼らを束ねている中心人物の欄にはUnknownの文字が記載されているだけ。
「でも、三人分だけでも十分な収穫だろう。なにせ、相手は、時間、生命、空間を操る、能力者として見ても、十分すぎるほどの化け物だ」
そう、記載されている三名は、時間操作、生命操作、空間操作といった具合に、神の領域に足を踏み入れた者たち。
「確かに、化け物レベルといって問題はない。だが、相手にできないほどじゃない」
そんな相手に対しても、彼は不遜な態度を崩さない。
「生きているのなら、神であろうと、化けものであろうと、等しく付くべき弱点がある。局長の持論だったね」
「これが用件なら、とっとと消えろ。そして、二度と俺たちの前に姿をあらわすな」
「まだだよ、一番大事なことを確認していない」
クローデルは口元をナプキンで拭い、
「神滅兵装、あれの代償を君は正しく理解しているのかい?」
「代償? 使えば、命を削ることを言っているのか?」
「ああそうだ、このままアレを使い続ければ、君は死ぬ」
「そんなことぐらい、理解してる。自分の体だ、ほかの誰かに言われるまでもない」
その答えが気に入ったのか、気に食わなかったのか、彼女は席を立ち、
「ユヅル、人生は立ち向かうことだけじゃない。逃げてもいいんだ。一度しかない、自分の人生は一度きりしかないんだぞ」
彼の襟元を両手でつかみ、立ち上がらせる。
「君は、それでいいかもしれない。だが、君が残すことになる人々はどうする。昔の、人と関わらずにいた君なら、まだよかったかもしれない。だが、今は違う。君は多くの人と関わりすぎた。君の命は、君の生き方は君だけのものだが、既にユヅルという存在は、君だけのものではない」
「そうだな、まったくもって、その通りだよ」
ユヅルは、彼女の言葉を否定せずに賛同し、だが、次の彼の行動は彼女の顔にグラスの水を浴びせかけるという、真逆の行為。
「だがな、お前は大事なことを忘れてる。俺は、局長に拾われ、シムカやテレジアに鍛えられ、エカテリーナに叱られ、仲間を失い、仲間に支えられてる。俺は、クローデル・ハイドマンが知ってる子供じゃない。自分の足で立って、失敗して、立ち上がれる。俺が死ぬのは、敵と戦ってじゃない、あいつらに見送られて、だ」
そして彼は、彼女の手を力任せに外して背を向ける。
「それがわかったなら、死者はどこへとなり行けばいい。俺にはもう関係ない。ただ、俺の思い出の中で、色あせずに輝いていれば、それでいい」
これで、彼の中で過去の異端審問局は完全に死にました