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シュリンムスト・メテレーザー  作者: nao
第七章 つかの間の安息
100/106

歓迎会です3

記念すべき100話目。

正直、ここまで続くとは思ってなかった、マジで

「さて、こんなもんかな?」

「うん、でも、結構時間経っちゃったね」

 ケーキのデコレーションも済ませ、パーティー用の料理もあらかた作り終えたユヅルとヒサノの二人は、顔にクリームがついたり、エプロンにソースがついていたりと、汚れてはいるものの、かなり満足そうな疲れを感じていた。


「つ~か、ヒサノ、ホホにクリームついてる」

 彼がそう言って、ヒサノの右ホホに指を伸ばした瞬間、テーブルの上に置いてあったケチャップが落ちてしまい、それを拾おうとして彼女がしゃがむ。

「ごめん、ゆ~ちゃん。ちょっとだけ、遅れちゃった」

 明らかに悪いと思っていない能天気な声と共に、綺麗に包装された小さな箱を片手に現れたクレハ。だが、二人を交互に見て、勢いよく開けたドアを再び締めようとノブに手を回し、


「本当に、ごめん。続けていいから」

「おいっ、お前、何を誤解してる?」

「ゆ~ちゃんがエプロン萌えで、こんな真昼間から情事に耽る変態さんだって知ってたら、もうちょっと時間をズラしてきたんだけど」

「お前、その帽子をのっけるだけの台座で、少し落ち着いて考えろ」

「まさかとは思ってたけど、ヒサノちゃんも、そんな風に顔を汚すことをためらわないなんて」

「あの、クレハさん、これ、クリームですよ?」

「いいの、言い訳しなくても。私は全てを理解して受け入れてあげるから。お邪魔しましたっ」

 完全に人の話を聞いていないクレハ。そんな彼女の後頭部に衝撃が走る。ゆっくりと彼女が振り向いてみれば、そこにはフライパンを片手に持ったヒサノの姿が。

「話、聞いてくれますよね?」

「はい」

 般若ですら素足で、獲物を投げ出して逃げ出そうとする雰囲気を纏った彼女に対し、クレハは若干冷や汗をかきながら返事をする。


「なんだぁ、それならそうと言ってくれればいいのに」

「説明する暇もなく、勝手に自分の妄想を口から垂れ流し始めたのは、どこのどいつだ?」

 ヒサノの説得というなの、脅迫に屈したクレハは、肩の力を抜いて椅子へと腰掛ける。

「いやだって、あの状態見たら、誤解したっておかしくないでしょ」

「誤解したのは、年がら年中発情期のウサギよりもタチの悪い脳みそを持ってるお前だけだ」

「そうですよ、それに、ゆ~君のは、クリームみたいに甘くないです」

「はい、ヒサノさん、そういう危険なネタの投下は禁止」

 このまま話していけば、ガールズトーク、もしくは自分の性癖や秘密すらばらされてしまうという危機感を抱いたユヅルは、さっさと会話を打ち切る。


「そうそう、ゆ~ちゃんにヒサノちゃん、二人とも、とてもじゃないけど、外に出れる格好じゃないから、着替えてきなさいよ。それと、ゆ~ちゃんは、着替えたら、ここにいってちょっとした荷物を受け取ってきて。大丈夫、料金はきちんと支払ってあるから」

 椅子から立ち上がり、ユヅルを台所から追い出したクレハは、彼の足音が聞こえなくなったことをドアに耳を当てて確認。


「さて、これで時間、稼げたかしら?」

「ええ、大丈夫だと思います」

「それにしても、ヒサノちゃんってば、意外と策士よね。あの子だけじゃなくって、ゆ~ちゃんの歓迎会もしちゃおうなんて」

「別に、そんな大げさな」

 そう、ヒサノは、ユヅルに気づかれないように、女性陣に話を通し、レンの歓迎会だけでなく、彼の歓迎会も一緒に行うことを密かに計画していた。


「でも、ゆ~ちゃんがこっちに来たのって、確か去年の十月ぐらいじゃなかった? どうして今になって?」

「一区切り、ついたと思ったんです。ゆ~君の中で」

「それって、どういうこと?」

 再び椅子に腰掛け、クレハは首をかしげる。

「ゆ~君の両親のこと、クレハさんは知ってるんですよね?」

「うん、直接聞いたから」

「だからです。今回、レンちゃんには悪いですけど、私は、ゆ~君が一つ、復讐という鎖から解放されたと考えています」

 彼女の言葉に、自分が考えもしなかった内容が含まれていたので、クレハは茶化すことなくその言葉に耳を傾ける。


「私には、復讐がどういうものか、わかりません。でも、そのせいで、ゆ~君が傷つくこと。それだけはわかります」

「できなくても、傷つくけどね」

 彼は、臆病だからこそ、冷静にして冷酷。だが、その彼の心には、他者を傷つけることによって、自分を傷つける。他者のために自分を傷つける。自傷的な優しさが潜んでいる。

 己のためだけにしか戦わない。

 それは、彼が立てた一つの誓い。それは、誰かを理由にして、逃げないという覚悟の現れであるとともに、自分の大切な人だけは守りたいと願う気持ち。


「あの戦いも、レンちゃんの為って、私たちは思ってるけど、本人は、レンちゃんを泣かせた奴が許せないから。悲しませた奴が許せないからって、言うわよね、あいつ」

「そうです。誰かが傷つくのは嫌なくせに、自分が傷つくことはためらわない。そんな馬鹿な人なんですよ、ゆ~君は」

 そこで、ヒサノはクレハの対面の椅子に腰掛け、

「私は、だからこそ歓迎してあげたいんです。異端審問局っていう過去の鎖から、解き放たれたゆ~君を。祝ってあげたいんです。私限定ですけど、素直に泣けるようになったゆ~君を」

 面と向かって口にする。


「本当、笑えてくる」

「あの、私、真剣なんですけど」

 馬鹿にされていると勘違いし、少しホホを膨らませるヒサノに対して、クレハはやれやれといった感じで両手を振る。

「どうしてあいつが、ヒサノちゃんを選んだのか、わかっちゃったから」

「?」

 完全に頭にはてなマークを載せているヒサノ。そんな彼女を見て、クレハは大きくため息をつく。


「そりゃ、自分の弱さを見せてもいいと思えるわよ。だって、あなたの目に映ってるゆ~ちゃんは、一人の少年で、戦士じゃなければ、化け物でもない。今まで誰一人として、そんな風にあいつを見た奴はいなかった。私も含めて。完敗ね、これは。本当、ここまで来ると、笑い話にしかならないわよ、全く逆ベクトルでありながら、中身は精巧なレプリカみたいに似通ってるんだから」



主人公も退場

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