部活動に参加しよう3
答えはカズキのターン
ドロー
「そんで、お前は姿かくして、気配かくさずか。いるのバレバレだぞ」
手芸部の部室を出たユヅルはため息をつきながら、気配のある方向に視線を固定。
「ふむ、僕としてはうまく隠れたと思ったのだが、甘かったか。次からは気をつけることにするよ」
謝罪と取れなくもない言葉を口にして、姿を現したのはカズキ。もっとも、彼女の気配を感じたので、彼は部室から出てきたのだが。
「そんで、今から行くのか?」
「どこに?」
「どこにって、お前。部活見学に俺を誘いに着たんじゃねぇのかよ」
腕時計を見れば、時刻は午後五時三十分を回ったところ。部活の活動時間がどのぐらいまでなのか、ユヅルは知らないが、この時間はまだ活動していてもおかしくない。
「うん、そうだよ。すぐいこう、今行こう」
そう言ってユヅルの隣まで来て、右腕に両腕を絡めてくるカズキ。
「歩きづらいんだが」
「おやっ、お姫様抱っこは歩きづらくはないと?」
さらに何か言おうと、ユヅルは口を開こうとするが、口では彼女に勝てないことを過去の経験から学習済みなので、諦める。そんな彼を見て、カズキは満足そうに、ユヅルの腕を取りながら、抱きつくような体制で部室へと彼を連れて行く。その瞬間も、当然のようにシャッターを切られているのだが、もう、彼にとってはどうでもいいことになっていた。
カズキに連れてこられた部屋の看板を見て、ユヅルは一瞬、顔をしかめる。その場所には確かに、創作部と書かれているが、その隣には軽音楽部の看板も一緒にかけられている。
「さぁ、行くぞ」
彼女に促され、抵抗することもなく、ユヅルは部室へと足を踏み入れる。それと同時に、彼の耳に響いてきたのは轟音。そう、まさに轟音。それもそのはず、部室内に防音設備を施してあるのだろう。外には音が一切漏れていなかったが、中では四人組のバンドが演奏真っ最中。だが、肝心の歌が聞こえてこない。
「彼らは、創作部の有志で結成したバンドでね。最近、部に昇格したため、部室がまだない。そんなわけで、部室を兼用しているんだ」
「説明ありがとよ」
二人が会話をしていると、ようやく二人の存在に気づいた四人組が演奏を中止し、
「雨竜さんの彼氏かな? はじめまして、軽音楽部部長の一年五組、真田アキタカです」
ギターを演奏してきた小柄な少年が頭を下げた後、右手を差し出してきた。だが、ユヅルの右腕は、カズキに取られてしまっているため、握手ができない。それを察してくれたのか、アキタカは代わりに左手を差し出してくる。
「一年三組のユヅル・ハイドマン。ちなみに彼氏じゃない」
さりげない親切を快く受け入れ、ユヅルは彼の手を握り返す。
「そうですか、それは失礼。そうそう、創作部の部長は今、生徒会室に行って、席をはずしています。代わりといっては何ですが、副部長の僕が説明しても?」
「それは助かるな、是非そうしてくれ」
待たされるよりも、時間を無駄にせず済む。そう考えたユヅルは、アキタカの提案をのみ、先を促す。
「創作部の主な活動としては、やはり、執筆活動ですね。主な発表の場である文化祭では、各部員が書いてきた作品を一冊にまとめ、無料配布しています。ちなみに、軽音楽部に詩も提供してくれて助かってます」
「なるほどね、ジャンルとしてはどんなの書いてるんだ?」
「それは、僕が持ってこよう。確か、去年度の作品が保管されていたはずだ」
ようやくユヅルの右腕を解放し、作品を取りに移動するカズキ。そんな彼女を見て、アキタカはユヅルに耳打ちしてくる。
「本当に彼女と付き合ってないんですか?」
「さっきも言ったが、違う。昔の知り合いなだけだ。あいつも、久しぶりに会えたんで、舞い上がってるだけだろ」
意外と食い下がってきたアキタカに対し、こちらも小さな声で答えるユヅル。だが、彼の言葉をアキタカが信じていないことは、笑みを浮かべている彼の顔を見れば一目瞭然だった。
「あった、これだ」
目的のものが見つかり、一冊の本をユヅルに手渡すカズキ。受け取ったユヅルは、その重量に若干驚きながら、ページをめくっていく。
「なるほどねぇ」
本を閉じ、近くにあった机に置き、室内を見渡すユヅルは、先ほどまで持っていた疑問をぶつけてみることにした。
「そういや気になったんだが、バンドにボーカルはいないのか? 作詞はしてもらってるんだろ」
だが、その質問はどうやら地雷だったらしい。その質問をした瞬間、バンドメンバーは遠目でも分かる位に肩を落とし、落ち込んでいる。
「ぼくら、音痴なんです」
「音痴?」
「はい、楽器の演奏はそれなりにできるんですが、歌うとなるとやっぱり、四人ともダメみたいで」
「なら、他のやつに歌ってもらえばいいだろ?」
「そうなんですけど、僕らの知り合いに歌の上手い人っていなくって」
どうやら、彼らなりに手を尽くした結果、ボーカルがいないらしい。それで納得しようとしたユヅルだが、カズキが不用意な一言を口にしてしまう。
「ならユヅル、君が歌えばいい」
「はっ?」
「ここまで来たんだ、もう、創作部にも軽音楽部にも入ることは決定だろう?」
「話を勝手に進めるなよ」
「本当ですか?」
講義を続けようとするユヅルだが、アキタカのあまりの嬉しそうな顔を見て、若干決意が揺らいでしまう。そこに、カズキはつけ込んでいく。
「あんしろ、真田。彼はこう見えて、歌も上手いし、なんだかんだ言って、面倒見がいい。懇切丁寧に頼めば、断るような男ではない」
「勝手に他人のキャラを作るな」
「是非、お願いします」
ユヅルは抗議するが、とき既に遅し。既に、彼が両方の部に入部し、ボーカルとして軽音楽部に参加することが確定して、話が動こうとしている。
「それで、何を演奏しましょう」
「俺、日本の歌、あんまり聴いた覚えないから、適当でいいよ」
そして、抵抗の無意味さを悟り、ユヅルは諦めてしまう。
「それじゃ、リベロの『Don't you say』は?」
「それなら知ってる。でもあれって、ギター二本必要だろ?」
アキタカが提案してきた曲は、去年、全米で大ヒットを記録した映画のテーマ曲。しかし、そのバンドは五人組だと、ユヅルは記憶している。ボーカル&ギター、ギター、ベース、ドラム、キーボードの五人組。改めてみても、ここには、ギター、ベース、ドラム、キーボードの四人しかいない。そう、一人分足りない。
「はい、それじゃお願いします」
そう言って、アキタカは予備のギターを取り出してきて、ユヅルへと手渡す。どうやら、彼が ボーカル&ギターをやることは、変更のきかない決定事項らしい。
「はぁ」
ため息をつきつつも、受け取ったギターのチューニングをしたユヅルは、アンプにつないで、軽く音を出してみる。
「準備はいいですか?」
「もう、どうにでもしてくれ」
ユヅルの返答を、了解と取り、五人での演奏が開始される。もっとも、観客はこの場にいるカズキ一人なのだが。
始まるまで、やる気が完全になかったユヅルだが、演奏が始まると、それは一変した。
そう、彼は誰に恥じることなく、堂々とした態度で歌い始めたのだ。勿論、そうでなくては困るのだが、ギターもきちんと弾けている。初心者であれば、どちらかに偏ってしまい、片方でミスをしがちなのだが、彼にはそれがない。おまけに、英詩の歌詞は、長年英語圏で生活してきた彼にとっては母国語のようなもの。発音も完璧である。
演奏が終わり、カズキから拍手を受け取りながらギターを置こうとしたユヅルだが、その瞬間、後ろから四人がかりで抱きしめられてしまう。そこで、倒れなかったのはさすがとしか言いようがない。
「やばいっす、ユヅル君、メチャクチャ上手いじゃないですか」
「ギターも歌も、マジパネェ」
「逃がしはしない」
「これからよろしく、お願いします」
振り返れば、四人同時に口を開くものだから、ユヅルは戸惑ってしまう。
「俺は、聖徳太子じゃねぇ。一人ずつにしろ」
なんだかんだ文句を口にしつつも、流れには逆らえないユヅルだった。
彼は、いったいいくつの部活に参加するのでしょうか?
答えは、ノリだけが知っている