プロローグ
「えっ」
その声が少女の口から発せられたのは、少女の頭部が宙を舞っている最中。そんなことを気にもせず、黒髪に黒い瞳の少年は、次々と首のない人形を地面に投げ捨てていく。その姿は、童話や伝承に数多く登場する死神そのもの。誰も彼を止めることもできなければ、触れることすらできない。ずれた世界に少年がいるかのように。
「本当につまらない、くだらない、仕事じゃなけりゃ、絶対にこんなことする気になんてなりそうもない」
愚痴を吐き捨てた少年は、懐から取り出したタバコにマッチで火をつけ、深々と煙を吸い込む。この時既に、少年以外に呼吸している人間はこの場所に存在していない。その状況を理解しているのか、少年は今まで右手で握りっぱなしだった刀をようやく鞘へと納める。
そして、代わりにズボンのポケットから振動し続けている携帯電話を取り出し、苦虫をつぶしたような表情を浮かべた。
「はいもしもし?」
「貴様、今いったいどこで何やってる」
携帯電話の通話ボタンを押し、とりあえず程度に会話をしようとした少年だったが、いきなり相手に怒号を浴びせられ、どう答えていいものか悩んでしまう。
「できるだけ簡潔に答えることを推奨する。的確に表現をするなら、私の堪忍袋の緒が切れる前に」
「いや、あんたにあるのはそれじゃなくて、爆弾の導火線だから」
「ほぅ、まだ軽口をたたく余裕があるとは、な。すぐにその場所に行くから、覚悟しておくように」
少年が、自身の迂闊な発言を後悔するよりも、相手のレスポンスのほうが早く、そのまま通話が強制的に終了してしまった。
「はぁ、めんどくさ」
タバコの煙と同時に言葉を吐き出し、少年は自身に取れる選択肢を模索。
一、この場からすぐさま離脱。結果、後日フラストレーションがプラスされたお説教を受ける。
二、この場で待機。結果、この場でお説教を受ける。
「選択肢によって、結果がほとんど変わらないってのが悲しいところだな」
フィルター付近まで燃えたタバコを地面へと投げ捨て、少年はこれから待ち受ける事態を予測して、大きく肩を落とす。
「それで、何か弁解はあるかな?」
十分後、現場に到着した上司の目が笑っていない笑顔を向けられ、少年は何を口にしても起こられるという確信を得てしまう。
「黙っていてはわからないぞ、ユヅル執行官。安心しろ、私もそこまで狭量ではない。事情をきちんと話してくれれば、情状酌量の余地は十二分にある」
上司の女性は、笑顔に諭すような口調で語りかけてくるが、その瞳はまったく笑っていない。この状態は、少年が過去経験した中でも、最上級にマズイ。
「ふむ、だんまりを決め込むつもりか。なら、私にも考えがある」
縁なしメガネを軽く左手の指で上げ、ズレを直した女性は、
「ユヅル・ハイドマン執行官、貴様に異端審問局、局長代理であるクローデル・ハイドマンが処分を言い渡す。貴様は、一週間以内に日本へと渡り、学校に通い、集団生活における協調性を学んで来い、以上」
ビジネススーツの懐からタバコを取り出し、マッチで火をつけると、火のついたタバコの先端をユヅルへと向けて、高らかに声を上げる。
「はぁ? あんた何言ってんの?」
「貴様の年齢と今回の処分を考えれば、至極妥当な判断かつ、全うなものだと思うが?」
「いや、だってさ、学校だろ。俺、今まで一度たりとも通ったことなんてないし、そもそも、日本って世界で一番ドンパチがやりにくい国だろ」
少年、ユヅルはどういった考えの下に自分の処分が下されたのか、納得できずにいる。
「ようするに、日常生活からも、多くを学んでこいということだ」
クローデルは、それだけ口にすると周囲の状況をもう一度把握しなおし、部下に指示を出してその場所から去ってしまう。
「マジで、勘弁してくれ」
こうして、ユヅル・ハイドマンは生まれて初めて、日本の学校に通う羽目になってしまった。
よし、
これから日本に向かおう