変態だけど?だからなに?
運が良い事に、府川は自分の教室から自分の筆箱が自分の後ろの席の篠原の手によって投げ捨てられるのを偶然にも目撃してしまった。
女子は体育館で、男子はグラウンドでそれぞれ授業を受けていたので、男子がグラウンドから教室に戻る最中、自分のクラスを外から見ることができた。
府川は自分の筆箱をアスファルトの上から拾い上げ、開口一番、篠原になって行ってやろうかと思案していた。
もちろんその様子を目撃したのは府川1人ではなく、数人の男子も同様に目撃していた。
筆箱を拾い上げた府川に
「お前、大丈夫か?」
と声をかけてきたのは笹本亮太だった。
「全然、大丈夫。」
府川は笑って見せた。
しかしそんな笑いは嘘だと笹本は感じ取ったが、府川にとっては嘘の笑いではなかった。
まさか向こうから話しかけられるきっかけを作ってくれるとは、やっぱ篠原って面白いよな。
「まぁなんかあったら教えろや。」
笹本が胸を張って見せたので
「あぁ、そんときは頼む。」
と片手でジェスチャーした。
「あ、じゃぁさっそくなんだけど…。」
さて、教室についたわけだが。
篠原はいつものスタイルに落ち着いて、携帯をいじっている。
お前がやったのはわかっている。
篠原は府川の顔を見ようとはしなかった。
その代わり、クラスの女子達や始終を見ていた男子達がおろおろと府川と篠原を見比べている。
府川はいたって平然を装い自分の席へと向かった。
女子には更衣室があるが、男子にはない。
つまり男子は、女子の前で着替えをしなくてはいけない。
府川はとりあえず敢て、篠原の方を向き体操着を脱ぎ始めた。
上半身脱いだところで一度篠原を見てみると、篠原は見事なまでにスルーを決め込んでいた。
府川はそのまま短パンも脱いだ。
いわゆるパンツ一枚である。
その状態でしばらく篠原を上から見下ろしていた。
篠原は平然とシカトを決め込んでいるようだが、府川にはそれがただ我慢しているということに気がついた。
無言のまま見下ろす府川。
クラスメイトが奇異なまなざしで二人を見ているが府川は気にしなかった。
篠原はどうなのかは分からない。
だんだんと篠原の挙動不審があらわになってきた。
明らかに目がきょろきょろし始めたし、姿勢をやたらと変えたがっている。
気のせいか、若干顔が赤くなってはいないだろうか。
なるほど、恥ずかしいのか、そうなのか、ふふん。
「パンツ一丁の男を見るのは恥ずかしいのか~?篠原ぁ~?」
篠原がだんっ!と机を自分の握りこぶしでたたいた。
「なんだよさっきからてめぇはよぉ!パンツ一枚でジロジロジロジロジロジロジロ見やがって!死ねよこの変態!!」
「変態?あぁ、俺は変態だが?仮に変態だとしても変態と言う名の変態だが?」
「何が仮だよ、舐めてんのかてめぇ!!」
「別に。」
篠原が顔を真っ赤にしてプルプルしている。
府川はなんだかその様子が可愛いと思ってしまった。
まぁこの可愛いは好き(love)に繋がることは絶対にないが。
いわゆるキャラである。
府川は「別に」と言い終わると制服に着替えた。
そして言った。
「あれ、俺の筆箱ねぇえんだけど。」
敢て大きめに言った。教室中が少し静かになるのが分かった。
少しの間静かになった後再びガヤガヤとし始めた。
「篠原、しらねぇ?」
「うっせ、死ね、ゴミクズ」
「わかった。」
「は?」
「冗談冗談、で知らない?」
「さっさと死ねよ。」
そう言ったのち篠原は教室を出て行った。
「死ね死ねって…あいつよく簡単に言えるよなぁ。実際死んだら心の底から喜べるわけないのにな。」
府川は軽く頭を掻きながら、着席した。
まぁ、筆箱は笹本が持ってくれているし。
しかし異変は筆箱が落とされただけではなかった。
机の中にノートがない。
まさしく裸体が描かれたノートである。
「あれ…。」
もう一度ノートを探してみるがやはりない。
まさか篠原か。
机の中を漁っては不思議そうな顔をする府川を篠原は教室の外から眺めていた。
やはり大切なものだろうか。
やっぱ恥ずかしいよな、自分の絵を晒されるのって。
しかもよりによって女の裸ばっか描いてあるノートをさ。
府川は思った。
やはり篠原の仕業ではなかろうか。
府川は外から篠原が自分を見ているのに気がついた。
そこで府川は篠原の机を漁って適当に筆箱をつかみ取った。
目には目を、歯には歯を。
まったく、授業も受けないでなんで筆箱持ってきてんだこいつは。
府川の行動に教室中のだれもが息をのんだ。
学年屈指の悪の机を漁っているのである。
もちろん篠原は黙ってはいられなかった。
「ちょっと!何やってんだよ!」
「何って…お前のことうざいからこの筆箱捨ててやろうかなーってね。」
「は?何考えてんだ?お前本気で馬鹿なのか?」
「あぁ、馬鹿だけどなにか?まぁお前よりは頭良いと思うけどな。」
「殺す。」
「あっそ。」
そういって府川は教室の窓から篠原の筆箱を投げ捨てた。
しかし篠原はその光景を茫然と見ていただけだった。
「あれ?殺さないの?」
府川が篠原を煽る。教室の空気が凍りついた。
緊張した重たい空気のせいで誰も口を開けないでいた。
「…っ!」
篠原が茫然とした様子から打って変わり見る見る怒りに震えているは誰が見ても分かった。
「…結局口だけかよ。うざいってだけで筆箱投げ捨てられてさぁ…。自分だって俺の筆箱投げ捨てたくせに。人にやられて嫌なことは人にするなって言われなかった?それとも教えてくれる人がいなかった?それとさ、お前が俺に切れていい理由なんてもうないんだよ、いや、そもそも最初からなかったけどな。」
そう言うと府川は篠原の机の上に自分の裸体のノートをバンと叩きつけた。
「人の筆箱捨てるわ、人の机漁るわ。俺はお前にされたことをそのままお前に同じ様にしただけだからな、文句言うなよ、自業自得だ、バーカ。」
それに続くように篠原への非難が男子、女子からも追い打ちをかけるように篠原に注がれた。
うざい、迷惑、府川に謝れ、調子のんな、自分が強いとでも思ってんのか、不良消えろ。
そんな非難を府川が遮った。
「そんな言うなよ、篠原の顔を見てみろよ。」
篠原は目に涙を貯めて教室を飛び出していった。
「ちくしょう!ちくしょう!」
篠原は気が付いたら正門の前まで来ていた。
あたしは学年屈指の不良なんだ、それなのにただのキモオタクにここまで馬鹿にされるなんて。
篠原はその場で強く地面を踏んだ。
この日はもう帰ろうかと思ったが荷物が全部教室だ。
戻りたくはないが仕方がない。
篠原が教室に戻るとクラス中の視線が全て篠原に集中した。
今は切れる気力も無い。
フラフラと自分の机に向かう。
嫌でも視界には府川が入ってしまう。
うざい、うざい、うざい!
「はい。」
そう言って府川が篠原に私のは篠原の筆箱だった。
「え?」
「お前そうとう焦ってた?捨てる振りだよ、さっきのは。」
「…。」
篠原は府川の手から缶バッジかやたらとついた筆箱を奪い返した。
それを机の横に掛けてあるリュックにねじ込んで、それを背負った。
「帰んの?」
「うっさい!!!!」
篠原が叫んだ。
さすがに府川にもこれは予想外で目を丸くしてしまった。
「もう…。」
府川がつぶやいた。