幼馴染に好きな人がいると言われたので惚れ薬を渡したら怒られた
「はぁ、暇だなぁ。」
とある国の王都の端っこ。そんな場所で運営されている知る人ぞ知る薬屋で、僕ことルファエラはボソリとつぶやいた。
この薬屋は今は亡くなってしまった祖母から受け継いだものであり、今は僕が一人で運営している店である。
しかしやってくるお客さんの数は、祖母の代から少し増えたというくらいである。まぁ薬がいるような怪我とか病気になる人がいないのだからしょうがないのだが。
それに生活が苦しいというわけでもないので、別に問題はない。自身の儲けのために、他人の不幸を願うほど性根が腐ってるわけでもないしね。
窓の外で、子供たちが元気に走り回ったりして遊んでいるのが見える。こうして安全な生活をできているのは、やはりこの国の騎士団の影響が大きいだろう。
「ほんと、騎士団には感謝しか湧かないな。」
こうして治安が維持されていたり街が隅々まで綺麗なのは、騎士団の人たちが毎日見回りに来てくれたり、掃除をしてくれていたりするからだろう。
そんなことを考えていると、コンコンと店の入り口がノックされた。僕が座った状態で返事をするとドアが開かれて、外から腰に銀剣を携えた金髪の女性が入ってきた。
噂をすれば、なんとやら…だね。この女性、カイナは王都の防衛を任されている騎士団の一員。さらに言えば、僕の幼馴染でもある。
「午前の訓練は終わったのか?」
首にタオルをかけて、艶やかな金髪をポニーテールにして纏めているカイナに問う。ほんの少し首筋から汗が垂れているのが見えたので、先ほどまで騎士団の訓練施設で鍛錬をしていたのだろう。
「あぁ、今は2時間の休憩だ。」
「ふーん。それにしても…めずらしく同僚の方たちと別行動をしてるんだな。」
「そうかもな。おまえの前だと基本的にルイアたちといるから、ルファからしたらめずらしいかもな。」
ルファというのは、僕の愛称のようなものだ。しかし、なんというか…今日のカイナはどこかぎこちないような気がする。騎士団でなにかあったのだろうか?
とはいえ僕のほうから切り込めるようなものでもないで、カイナが話してくれるのを待つしかないのだが。
ソワソワと落ち着かない様子で、あちらこちらに視線を彷徨わせるカイナ。そうすること数分、ようやくカイナは口を開いた。
「あの、だな。私はかなり前から、好きな人がいるのだ。」
なるほど、恋愛相談か。まぁたしかに?カイナも十八歳だし、そういうことを気にする年頃ではあるわけだ。といっても、僕も同年代なんだけどね。
「その男性とは、十年以上の付き合いでな?こちらは意識しているのだが、あちら側は全く意識してくれないのだ。」
カイナと十年以上の付き合いがあるということは、村にいる時からの知り合いということか。地元の同年代の誰かが、王都にやってきたのか?
「それで、その男性とつ、つ、つ、付き合うためにはどうすればいいと思う?」
うーん…恋愛相談を僕にされてもなぁ。なんとも言えないんだよね。僕も誰かとお付き合いした経験があるわけじゃないからさ。
「そうだねぇ。あっ、ちょうどいいものがあるや。ちょっと、座って待っててね。」
売り場の裏側にある、関係者以外立ち入り禁止の場所…その名も調剤場。僕は薬師だから、原材料から薬を作っているわけで、そのための作業部屋がここなのである。
「どこに置いたっけ?たしか傷薬の奥に入れたはずだったような…。」
ガサゴソととある薬を探す。その男性とやらもアレがあれば、カイナに一時的に惚れるだろう。そこからはカイナの手腕次第だが、まぁうまくやってくれることを祈るしかない。
「おっ!!あったあった。」
僕が手に持ったフラスコの中に入っているのは、ピンク色の液体だ。フラスコの表面には、“惚れ薬”と簡潔に書かれていた。
フラスコを持って、カイナのもとへ戻る。急に奥へと引っ込んだ僕を、不思議そうな瞳で見つめてくる。机にフラスコを置いて、書かれている文字が見えるようにする。
「これがあればその男性とやらも、一時的にだがカイナに惚れると思うぞ。とはいっても1週間から2週間程度で効果は切れるんだが。だけどそれで下地は作れるから、あとは頑張ればなんとかなるだろうな。」
こんな的確なアドバイスはないだろう。恋愛経験がないのに、こんな素晴らしい方法を考えついた僕を褒めてほしい。
自信満々でフラスコを差し出した僕に返ってきたのは、カイナのすごく大きなため息だった。なんで?
「なんでルファはそんなに鈍いのかなぁ?私もそろそろ怒るよ?」
眉間にシワを寄せて、カイナは立ち上がる。体をかがめて顔を近づけてくると、カイナの説教のようなものが始まった。
「二人で一緒に王都に来てから、何度もアピールしてるのになんで気づかないんだい?休日に2人きりで遊びに行ったりしたよね?なんでルファは、私がきみに好意を寄せてるって分からないの?」
「以前2人でレストランに行った時は、私のタイプをそれとなく話したよね?そのタイプが自分に似ているとは思わなかったの?まだまだ他にも言いたいことがあるけど、それは今はいいよ。」
「極めつけはさっきのだ。十年以上の付き合いがあって、今も関わっている男なんてきみ以外にいないよね?なのにどうして、しれっと自分じゃないみたいな解釈をしているんだい?」
つらつらと早口でまくし立てるカイナ。はぁはぁと肩で息をしながらも、青い瞳は燃えるような意志を宿している。思わずこちらが後ずさりしてしまいそうだ。
カイナは僕を逃さないために、肩をガシッとつかむ。そして僕の双眸を海のような眼で覗き込んだ。
「わかってないみたいだから、これだけは言わせてもらうよ。」
あぁ、なるほど。そんなふうに彼女が、カイナが言いたいことを理解する。
カイナは僕のことが――
「ルファエラ、私はきみのことが好きなんだ。」
――好きなんだ。
顔が熱くなっていく。風邪を引いた時とは違う、どこか心地良い熱さだ。チラリとカイナの顔を見ると、彼女も顔を紅潮させていた。
僕とカイナの視線が交差した。そこでお互いに、すごく顔が近いことを理解する。どこか気まずそうな表情を浮かべて、カイナは僕から距離を取る。そして、一言。
「すまなかったね。ちょっと勢いでやってしまったようだ。今日のことは忘れてくれ。」
カイナはそう言うが、僕の頭はすでに結論を出していた。カイナの告げた、二つのことに。
「無理だ。今のことは絶対に忘れない。カイナ、僕も君に言いたいことがある。」
いつからだろうか?カイナに異性としての好意を抱いたのは?村を出た時には、すでに抱いていた…恋という名の感情を。
しかしカイナは僕に、僕がカイナに向けているような感情を抱いているとは思えなかった。だから僕はこの感情に蓋をした。
だけどカイナが自分の感情を伝えてくれたせいで、その蓋が外れてしまった。そう…これは君のせいなんだよ、カイナ。君があんなことを言うのだから、僕をその気にさせたんだ。
「僕もカイナのことが好きだ。この世界で一番君のことが好きだ。君のことを愛している。だから僕と…結婚しよう。」
僕の言葉を聞いたカイナは驚きに表情を染めた。しかし…プロポーズというのは、なかなかに恥ずかしいね。
「良いのか?こんな私で、構わないのか?」
「あぁ、良いんだ。君じゃないと嫌だ。」
「そうか…良かったぁ。良かったよぉ。」
美しい顔を、涙で崩すカイナ。しかしこの涙は悲しいものじゃない。辛いものじゃない。
「これから、一緒に生きていこうな?」
「あぁ、こちらこそだ。」
そうして、世界に数多ある中の一つである、小さな小さな初恋が成就した。




