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渇き鬼  作者: 古木花園
4/4

渇き鬼 終



 三十年前、「大事なものをよこせ」

 泥と血の防空壕の奥で、俺は大男に言われるままペンダントを差し出した。

 中には、まだ生まれたばかりの娘の小さな顔写真。

 「これで水をやる」――そう言って奴は錆びた水筒を渡し、暗闇に消えた。

 俺はそれをただの取引だと思っていた。


 ──そして今。

 夜の村外れ、古井戸の前で、奴は再び立っていた。

 あの頃よりも毛皮は湿って重く垂れ下がり、鬼面の奥からは水のように濁った目が覗いている。

 その隣には、白いワンピースを着た娘が立っていた。

 表情は穏やかで、だが瞳はどこか遠くを見ていた。


 「やめろ!その子は関係ないだろ!?」


 「いや、お前は貴重な水のかわりに交換したんだ。おれはその品を今日受け取りに来た。」

 奴の大きな手には、あのペンダントがあった。

 錆びつき、ガラスの内側には泥水が染みていたが……中の写真は、まるで昨日撮ったように鮮明だった。

 ただし、その娘の顔は今の年齢になっており、瞳は真っ黒だった。


 俺が駆け寄ろうとすると、大男がペンダントを差し出してきた。

 「ちっちっち。安心しろ。ちゃんと死体にしてやるから。」

 その口元からは泥と藻の匂いが混じった息が漏れ、背後の井戸からはボコボコと泡の音が響いていた。


 娘はゆっくりと井戸の縁に足をかけた。裸足が触れるたび、井戸の石に水が染み込んでいく。

 「父さん、ありがとう。水の精算に私は行くわ。さようなら」

 声は優しかったが、その足首から上がってくる泥は生き物のように蠢いていた。


 俺が叫ぶより早く、大男は娘の肩を軽く押した。

 その瞬間、井戸の底から巨大な水音とともに冷気が吹き上がり、二人の姿は水飛沫に溶けるように消えた。


 地面には、水筒とペンダントだけが残っていた。

 ペンダントを開くと、中の写真にはもう誰も写っていなかった。

 ただ、ガラスの奥で水滴がひとつ、内側から落ちた。


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