渇き鬼3
あの戦争から三十年。
娘は二十代半ばになり、俺の知らない都会の男と結婚の話まで出ていた。
俺は、戦場での出来事を一度も話したことがなかった。
ある日、娘がこう言った。
「ねぇ父さん、こんな事相談するのは困るかも知れないんだけど、最近変な夢をずっと見るの。大きな鬼みたいな人が、土煙の中から呼んでるの。受け取りに来たって……交換だって……お父さんの名前を呼んで。」
「そ、それは……変な夢だな。それはそうと家はきっちり閉じたりするんだぞ。」
娘に用心するよう呼びかけた。しかし、不安は拭えない。あの時の大男が娘の夢に?見たこともないはずなのに、話してすらいないのに特徴を知っていた。まさか……と思ったていた。
その夜、目を覚ますと、居間の棚からあの古い写真が消えていた。
机の上には、見覚えのある水筒――三十年前、鬼の大男が持っていたものと同じ傷跡があった。
翌朝、娘の姿はなかった。旦那を問い詰めたがしっかりと戸締まりをして、一緒のベッドで寝ていたというが、どこを探しても見当たらなかった。
代わりに玄関先に、濡れた泥の足跡が二つ――
一つは裸足の娘のもの、もう一つは俺の胸まで届くほど大きな足跡だった。
遠くで水の滴る音がした。
それは、戦場の防空壕で最後に聞いた音と同じだった。