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渇き鬼  作者: 古木花園
2/4

渇き鬼2



 戦争が終わったあと、俺は生まれ故郷に戻った。

 片耳はほとんど聞こえず、脇腹には火傷と銃創の痕が残った。

 だが、それ以上に俺を苛んだのは――あの夜の記憶だった。


 あれは敵兵ではなかった。

 だが、人間でもなかった。

 あの巨体、毛むくじゃらの腕、濁った目……そして、戦死者から剥ぎ取った品々。


 とくに、胸ポケットから奪われた妻と娘の写真。

 戦後、家に戻ったとき、妻はそのことを何も知らなかった。

 ただ、写真をなくした悔しさ以上に、あの巨人に「何かを渡してしまった」という事実が、心の奥に爪を立て続けていた。


 数年後、酒場で古い従軍仲間に会った。

 酔った勢いで、俺はあの夜のことを話した。

 すると男は、顔色を失い、口を閉ざした。

 やがて、低い声でこう言った。


「……お前も見たのか。あれは“渇き鬼”だ」


 渇き鬼――戦場に現れ、死者や瀕死の者から大事なものを奪い、水や食料と引き換えにする妖怪だという。

 ただし、その水や食料は決して普通のものではない。

 飲んだ者は助かるが、魂の一部を持っていかれる。

 そして戦争が終わっても、その魂は鬼の手の中にあるままだ、と。


 「俺は……本当に助かったのか?」

 そう問うと、男は目を逸らし、酒を一口あおった。


 家に帰ったその夜、机の上に何かが置かれていた。

 それは、焼け焦げた端の残る、古びた写真だった。

 俺が戦場で渡した、妻と娘の写真だ。


 だが……そこに写っているはずの娘の顔が、薄く、霞んでいた。

 まるで消えかけのインクのように。


 風のない部屋の中で、背後から水滴が落ちる音がした。

 振り返っても、そこには何もなかった。

 ただ、湿った土と血の匂いだけが、部屋の隅に漂っていた。



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