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八尾比丘尼の娘③

「上出来よ。しばらくは私がサポートするから遠慮せずに分からないことは聞いてね」

『はい。ありがとうございます』

「では帰りましょうか。鬼天狗様がお待ち兼ねだものね」


 斉藤さんは少しニヤつきながら私に向けてそう言った。

嫌味ではないことは分かる。そういうことをする人ではないと思う。

ではどういう意味での表情だったのか、人と接する機会が限定されていた私にはわからなかった。

 出入り口のところまで斉藤さんと一緒に行くと、兄ちゃんがヒラヒラと手を振ってきた。パァッと花が開いたような笑顔で私を見ている。


「雫、お疲れ」

『兄ちゃんもね。斉藤さん、お疲れ様でした』

「お疲れ、雫ちゃん」


そう言って斉藤さんはあっという間にその場を後にした。

 何か急ぎの用事でも残っているのだろうかと少し思案したけれど他人のプライベートを気にする必要はないだろう。

 私と兄ちゃんの2人だけが取り残されたがすぐに陰陽寮を斉藤さんと同様に後にする。

まるでその世界に2人取り残されたかのような、そんな夜の暗さだった。


「全く、非常識だよ。こんな時間まで未成年を働かせるだなんて」

『そうだね』


兄ちゃんが隣で呆れたように言う。今更なような気がすると私は思う。

 あの人たちに、一族と家族に期待しただけ無駄なのだ。

私は嫌というほどそのことがわかっていた。


「でもまぁ、安心して」

『え?』


何のことだろうと私は首を傾げる。

何を安心すればいいのかわからない。

これから家に帰ればまた罵声と暴力が待っているというのに。


「もうすぐ何もかも終わるから」


 そう言って兄ちゃんは笑顔を見せた。

これから何が起こるのか分かっているはずなのに、笑顔だった。

 兄ちゃんの態度がとても不思議に思えた。


案の定、帰宅するなり父親の罵声からだった。


「鬼天狗に頼るだなんて百済の名に恥をかかせる気か!」

『怒鳴ることしか能がないの?きちんと仕事をしてきたんだけど』

「お前!誰に向かって口を聞いている!」

『父親に向かって。娘を娘とも思っていない父親に向けてね』


凛とした面持ちで私は答える。事実だけを述べた。

 するとパチンと頬叩かれ、腹部に蹴りを入れられた。

私はまたか、と自らの父親に対してため息をつきたくなった。

 ワンパターンの行動。

自分が気に入らないと必ず暴力を振るうのだ。なんて子供みたいな発想。

 呆れるしかなかった。

殴られた瞬間は痛かったが、特異体質のおかげで痛みはすぐになくなった。


「お嬢様、夕食は台所に置いてあります」

『はい、ありがとうございます』

「全く。なんでこんな不気味な娘にご飯なんか…」


 お手伝いさんにも私の味方は、いなかった。

冷たくなった夕食をレンジで温める。

 1人でご飯を食べた。美味しくは感じなかった。

兄ちゃんの言った言葉が頭の中を反芻した。

 一体、何が終わるというのだろうか。

考えてみたけれどわからなかった。



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