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半身切り捨て瑠璃色に染まれ  作者: 羽上帆樽
第2章 観測する一人の邂逅
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第2章 観測する一人の邂逅 3

 ルリはクードルのあとについて部屋を出ていった。僕は一人部屋に取り残される。


 ソファの向きに合わせて横になり、頭の下で手を組んで天井を見た。天井はそれ自体が光を発しているようで、照明器具は見当たらなかった。


 自分がなぜこんなことをしているのか、と考える。


 そもそもの始まりは、僕が、学校で、ある生徒が行方不明になったという噂を聞いたことだ。僕は、自由時間に校内を歩き回る癖があるから、その種の噂を耳にすることがたまにあった。そのときも、図書室にいるときに、傍を通り過ぎる生徒がその話を口にするのを聞いたのだ。


 噂というものは、普通、その場にいるグループの構成員以外の者に聞かれないように行なわれるものだ。一方で、そうやって隠そうとしても、思わぬところから外へ出ていくというのも、また噂の特徴でもある。


 そんなふうに噂が移動するのは、言葉が移動する性質を持っているからだ。もともと、言葉とはそういうものだ。しかも簡単に移動してしまう。特に音声から成る言葉は簡単に移動する。そして、移動しても、移動した形跡を残さない。


 学校側は、生徒が行方不明になったことなど、関係者以外には知られたくないはずだ。そもそも、どうして、その秘匿されていたはずの情報がほかの生徒に知られることになったのだろう?


 それは、しかし、その行方不明になった生徒自身が、その手のことを友人に相談したとすれば、何も不思議なことではない。


 こんなふうに考えてくると、噂が噂として成立するために、その行方不明になった生徒が、あえて自分の痕跡を残したようにも思えてくる。


 そして、そんなふうに痕跡を残す動機として考えられることは、一つしかない。


 それは、誰かに自分を捜してもらうこと。


 その誰かが僕達だったということだろうか。


 僕は、自分がその噂を耳にした状況を思い出そうとする。


 昼休みになり、昼食をとり終えて、僕はしばらくルリと一緒にいた。そのあと、図書室に行って、何か小説を借りようとした。借りる前に何冊かを手に取って、ページを捲る。そのとき手に取った小説は、どんなジャンルだっただろう? 普段は人間ドラマ的なものを読むが、何か別のものを読んでみたいと思った。それは、何だっただろう?


 思い出せなくて、僕は寝返りを打つ。少し喉が渇いていた。しかし、ここには何もない。火花の所まで行って、何か飲み物が貰えないか訊いてみようか、と考える。


 しばらくの間、僕はそのままじっとしていた。


 どのくらいそうしていたのだろう。


 僕はいつの間にか眠ってしまったみたいだった。


 身体を揺すられて目を開くと、ぼんやりとルリの顔が見えた。髪が濡れている。バスタオルを首から提げていた。


「上がったよ」ルリが言った。「どうしたの? 具合でも悪いの?」


「いや……」僕は朧気な声で答える。「問題ない」


「外でクードルが待ってる。すぐに浴びないなら、伝えてこようか?」


「いや、行くよ」そう言って、僕はソファから身体を起こした。「ちょっと疲れただけだと思う」


「目に力がないみたいだよ」


「それは、もともとだから」


 部屋を横切って出入口まで行くと、扉が自動的に開いた。外の冷たい空気が身体に触れる。空に星が浮かんでいるのが、切り取られたフレームから見えた。一歩外に出ると、たちまち息が白く染まり、空に向かって上っていく。


 左手を見ると、そこにクードルが立っていた。


「遅いな」目だけでこちらを見て、彼女が言った。「案内する。ついてこい」


 クードルの案内に従って、僕は水族館の建物の中を歩いた。制御室と控え室に繋がる分かれ道を戻り、そのまま直進する。正面に、今度は手で押し開けるタイプの硝子扉が現れた。それを抜けて再び室内に入る。


「君は、どうしてここにいるの?」僕は歩きながら質問した。


「どうして、とは?」クードルは少しこちらを見る。


「どういう経緯で、君と火花はここで働くことになったの?」


「答える義理はない」クードルは無愛想に呟く。それから、ちょっとだけこちらを見て不敵に笑った。「まあ、そういう流れだったからか」


「流れって……」


「流れの主体が何か、知っているか?」


「主体?」


「流れの主体は大気だ」


「大気?」


「しかし、大気というものは、実体を伴って捉えることができない」


「……実体を伴って捉えることができないことが原因で、君達はここにいることになったの?」


「そうともいえるかもしれない」


 話しながら歩いていることもあって、建物の中をどのように進んできたのか、僕はもう把握できなかった。控え室に戻るときは、クードルに連れていってもらわないと駄目かもしれない。


 暗い建物の中を歩き続けて、やがてクードルは立ち止まる。正面を見ると、そこにドアがあった。この先がシャワー室のようだ。

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