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半身切り捨て瑠璃色に染まれ  作者: 羽上帆樽
第1章 透過する二人の観測
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第1章 透過する二人の観測 5

 僕達の前に現れた彼女は、クードルと名乗った。妙な名前だと僕は思う。日本人ではないのだろうか。しかし、音にしてしまえば、ルリもクードルも同列のものとして扱うことができる。


 その名前はどういう意味かと僕が尋ねると、クードルは知らないと答えた。また、何か意味があったとしても自分には関係がない、とも彼女は付け足した。


 クードルは、この人工島の管理をしているらしい。自分は管理者の一人だと彼女は言った。


「その内の一人ということは、まだ君みたいなのがいるの?」僕は歩きながら質問する。


「そうだ」クードルは前を向いたまま頷く。「親玉だ」


「親玉?」


「ここの管理者のトップ、つまり、管理長だ」


 クードルは、その管理長のところへ僕達を連れていくつもりらしい。こんな時間にやって来る者は怪しすぎるから、連行するつもりなのかもしれないと僕は思ったが、それはクードルによって否定された。この人工島にやって来る者は、皆歓迎されるそうだ。そういう決まりになっているらしい。例の管理長とやらがそう決めたらしかった。


「コーヒーでも飲みたいか?」クードルが尋ねる。


「コーヒーか……」僕は応じる。「ミルクが入っているなら、飲めるよ」


「そちらは?」クードルは僕の隣を歩くルリに尋ねる。


「ココアがいいな」


 人工島の出入口の門は、クードルによって開けられた。クードルが門に触れると、それは音も立てずに静かに開いた。僕達が敷地の中に入り終えると、門は背後で静かに閉まった。


 クードルによれば、僕達がここに来ることが分かっていたらしい。管理長からそのことを聞いたと彼女は話した。どうして分かったのかと尋ねると、自分は知らないとクードルは答えた。


 もしかすると、僕達の姿が監視カメラに映っていたのかもしれない。海岸沿いの公園には、おそらく、監視カメラが設置されているだろう。僕達の身体がいつから半透明でなくなったのか定かではないが、映る可能性は充分にある。そして、その監視カメラの映像を、その管理長とやらが見たのではないかと僕は考えた。


「管理長って、どんな人?」ルリが質問する。


「美人だ」クードルは答えた。「そして、美しい」


 どちらも同じではないかと指摘する者はいなかった。


 人工島の中には、遊園地にあるようなアトラクションが設置されているが、今は使われていないみたいだった。この人工島はずっと前から閉鎖されているらしい。僕はそのことを知らなかった。


 僕が最後にここに来たのは、たぶん、小学生くらいの頃だったはずだ。そうすると、短く見積もっても、四、五年前には閉鎖されたことになる。


「閉鎖されたのはもっと前だ」クードルが言った。「十年以上は経っている」


「でも、僕は間違いなくここへ来たよ。小学生の頃に……」


「そうだ」クードルは頷いた。「閉鎖されていると言ったのは、書類上の話だ。それ以後、ここの管理権は管理長に一任されている。多くのアトラクションは現在は使われていないが、島自体は昔と同じように開かれている。お前がここに来たときも、アトラクションには乗らなかったんじゃないか?」


「どうだろう……」


 そう言われてみれば、そんな気もする。昔のことで、あまり覚えていない。でも、僕のことだから、たぶん積極的にこの手のアトラクションに乗ろうとはしなかっただろう、ということは想像できた。


 クードルに導かれるまま、僕とルリは人工島の中を進んだ。アトラクションやほかの施設は、使われていないのにも関わらず、充分手入れされているみたいだった。


「そうだ」僕は思い出して言った。「ここには、たしか、水族館があったはずだ」


 僕の発言にクードルは頷く。


「しかし、それも今は使われていない。水生生物は一匹もいない。まあ、島の周囲は海だから、そこら中にいることに違いはないが」


 扇形に広がった階段を上り、高い所まで僕達は来る。


 正面に、水族館の建物の青いタイル状の壁が見える。


 その建物の一画に、三角形の屋根を備えたシルエットが見えた。


 クードルのあとについて、僕とルリは階段を下りる。階段の頂上はステージのようになっていて、そこから夜の黒い海に囲まれた人工島の姿を眺めることができた。


 階段を下りた先は海に隣接している。その先を船で行けば、国境を越えて世界に向かうことができそうだった。しかし、今は船は一艘も見えない。ごく近くの海を遊泳するアトラクションのために設けられた船着き場は、今はロープで塞がれていた。


 左手には巨大な水槽がある。体育館ほどの大きさがあった。青いタイル状の壁に円形の窓が設けられ、泳ぐイルカの姿をそこから見られるようになっている。もちろん、今はイルカはいない。


 水槽の隣にある階段を上って、僕達は水族館の建物の中に入った。道をしばらく進み、左手に曲がって、今来たのとは反対方向に向かうと、正面に黒い扉が見えた。


 この水族館に似つかわしくない金属製の扉だ。両開きのタイプだった。表面は黒く、周りが白く縁取られている。黒い表面の上にも何本か白い線が走っていた。扉の右側の壁に突出した箱型の装置がある。上部にはランプが付いていて、そのランプは今は赤く点灯していた。


 クードルがその箱型の装置に手を当てると、ランプが緑色になり、扉のロックが解除される音がした。扉は両サイドにスライドして開く。彼女に従って、僕とルリもその中に入った。


 僕達が中に入っても、二、三秒は辺りは暗いままだった。天井に設置された照明が、何度か不規則に点滅したあと完全に灯り、白い光が周囲を照らす。照明は微妙に暗く、床や壁の輪郭がぼやけて見えた。


 扉を抜けた先に灰色の螺旋階段があった。クードルはそれを下りていく。


 表面にいくつもバツ印が刻印された金属製の階段に、靴が触れる軽快な音が響く。下に向かうにつれて、全方位から波の音が聞こえてくるのに気づいた。ここは海の中のようだ。


 振り返ると、ルリが階段の途中で立ち止まっていた。


「どうしたの?」僕は彼女に声をかける。


「どうやって、こんな施設を作ったんだろう」そう言って、ルリは壁面に触れる。「もともとここにあったものなのかな」


「どうだろう」僕も壁の表面に触れてみる。重たく粘着性のある振動が掌に伝わってきた。「その、管理長とやらに訊いてみれば?」


「管理長は下にいる」数メートル下から、クードルが僕達を見上げて言った。「早く来い」


 階段を最後まで下りきると、また鋼鉄製のドアがあった。こちらは把手が付いている。先ほど通った両開きの扉よりも、明らかに厚みのあるものだった。


 クードルは把手を握ると、歯を噛み締めながらドアを開こうとする。彼女の小さな身体では開けるのは大変かと思われたが、間もなく彼女はドアを開けることに成功した。


 ドアの向こうから光が漏れてくる。


 微細な光だった。


 青と、そして、緑。


 僕とルリがドアの前に立つと、クードルがドアを押さえて、先に進むように示した。


 僕達はドアの中に入る。


 クードルが背後でそれを閉めた。


 ドアの先は部屋になっていた。僕達が今いるのとは別に、左手にもう一つ部屋がある。二つの部屋は硝子張りの壁で繋がれていて、両側から向かい側の部屋を見ることができた。学校の放送室みたいだ。


 前方の壁にいくつもモニターが取り付けられている。そのモニターには映像が映し出されていた。先ほどまで僕達がいた公園の様子も映っている。


 モニターの下には制御盤があり、その制御盤の上で小さなランプがいくつも光っていた。部屋自体に照明は灯っていない。漏れ出ていた光は、モニターとそのランプによるものだと分かった。


 制御盤の前に椅子があり、そこに誰かが座っていた。椅子の背が大きくて、後ろからではその人物の顔は窺えない。


「管理長」クードルがその人物に向かって声をかけた。「連れてきました」


 椅子が回転して、声をかけられた人物がこちらを向く。


 最初に受けた印象は、クードルが言っていたように、美人、というものだった。彼女は女性的な見た目をしているが、美人というのは、性別とは関係がないのだと直感した。


 彼女は白い長袖のセーラー服を身に着けている。少し大きめの、赤い折り返された襟がアイコニックだ。下はスカートで、足にはローファーを履いていた。腕と脚は平均より長い印象を受ける。髪は金髪で、青い大きな目をしていた。ハーフか、あるいはクォーターか。


「ありがとう」椅子に座ったまま、管理長と呼ばれた彼女は澄んだ声でクードルに言った。それから、彼女は僕達の方を見る。「Welcome to Paradise」


 最初、僕は何を言われたのか分からなかった。かなり流暢な英語だった。しかし、完全なネイティブの発音ではない。無理にネイティブに寄せていない、それでも柔らかくて自然な発音だった。


「私は、火花と言います」少しだけ微笑んで、彼女は言った。「お二人は、何をお探しですか?」

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