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半身切り捨て瑠璃色に染まれ  作者: 羽上帆樽
第1章 透過する二人の観測
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第1章 透過する二人の観測 4

 人工島に向かう前に、サッカー用の人工芝を見て回ることにした。僕が「見て回る」と口にすると、ルリは両手を丸めて筒状にし、それで人工芝の表面をまじまじと見つめたあと、その場で一回転した。僕が何のリアクションも返さないでいると、彼女はその一連の動作を何度も繰り返した。


 僕はどうでも良くなって、人工芝の上を歩く。


 先ほどまで歩いていた砂の上に比べると、格段に歩きやすかった。表面に撒かれた黒いゴムチップの感触が、靴底を通して足の裏に微妙に伝わってくる。


 僕はその場にしゃがんで、ゴムチップを一つだけ摘まみ上げて観察した。きちんとした立体になっているわけではない。この場合の「きちんとした」というのは、すべての辺の長さが等しいという意味だ。


「私達、どうしてこんな所まで来たんだろう」僕の背後から、ルリが言った。


「どうしてって……」僕は立ち上がりながら振り返る。「だから、行方不明になった生徒を捜しに来たんじゃないか」


 人工芝の周囲に立つ電灯が白い光を放ち、ルリの姿を照らしている。そうしていると、彼女の姿は陰って見えた。何か思い詰めている表情をしているように見える。


「本当にそうかな」ルリは言った。


「どういう意味?」


「その生徒を捜すことは、私達にとっても意味のあることなんじゃないかな」


 僕は歩いていってルリの手に触れる。彼女が嵌めている手袋を外し、彼女の手の表面に触れた。


 指を握る。


「そろそろ、シャワーを浴びたい」彼女が僕を見て言う。


「たしか、その辺にあったと思うけど……」


 僕はサッカーコートに隣接する施設を指さす。そこは、サッカーの練習を終えた者が利用する更衣室で、シャワーも備え付けられているはずだった。


「じゃあ、浴びてきてもいい?」


「開いてないよ」


「私達、すけすけなんだよ」


「今は違うみたいだ」


 そう言って、僕はルリの手を持ち上げて電灯の光に照らす。今は光は透過していなかった。


「本当だ」ルリは自分の掌を見つめる。「どうしてだろう」


「さあ……」


「私達、たぶん、学校にいるべきではなかったんだ」ルリは急に話を戻した。「きっと、ここまで来る必要があった」


「どうして?」


「これは、たぶん、移動そのものに意味があるパターンだと思う」彼女は話す。「考えてみれば、止まっているものなんて何一つとしてないんだね。地球は自転も公転もしているから、地球上にあって止まっているように見えるものでも、本当は動いているんだよ。そして、銀河そのもの、宇宙そのものも動いている」


「それなら、僕達はあのまま学校にいてもよかったことになる」僕は指摘した。「学校にいようと、どこにいようと、地球は回転しているんだからね」


「自らの意志で動こうとすることに意味があるのかもしれない」


「なぜ?」


「その行方不明になった生徒は、自分の意志でいなくなったはずだから」


「誰かに強要されたのかもしれない」


「その場合は、その強要した誰かに意志があったことになる」ルリは目を閉じる。そのまま彼女は口だけを動かして話した。「私達は、その生徒がなぜいなくなったのかを理解する必要がある」


「理解して、どうなる?」


「それは、理解したときに分かること」


 僕とルリは人工島に向かって再び移動することにする。階段を下りて、ずっと歩いてきた石畳の道に戻った。道はカーブして海岸線に沿って続いていく。


 公園と人工島を繋ぐ橋の上に到着する。右にも左にも海が広がっていた。


 ルリが欄干に駆け寄って、そこに上半身を勢い良くもたれかからせる。一瞬、落ちてしまうのではないかと思ったが、そんなことはなかった。もし、今彼女が正真正銘の透明だったら、地上に立っていることもできないはずだ。地球のすべてを擦り抜けて、宇宙の果てに向かって旅立つことになる。


 風が一層冷たかった。耳が痛くなる。


 橋は道路を丸々一つ持ってきたような体裁になっていて、両サイドには歩道があった。これは、車両によって人工島内に荷物が運ばれるためだ。歩道に挟まれた部分を自動車が通れるようになっている。


 その道路の先に、人工島の入口に当たる巨大な鋼鉄製の門があった。


 門を眺めている僕の隣にルリが立つ。


 彼女も僕が見ているのと同じ方を見た。


「行かないの?」彼女が尋ねる。


「行きたいけど、今の僕達では擦り抜けられない」


「じゃあ、青色の帽子でも被る?」


「青色の帽子?」


「あの門は、緑色の帽子を被っているんだな、きっと」


 僕は門の前へ進んでいく。ルリもあとをついてきた。門は長方形ではなく、円を四等分した扇形を二つ組み合わせたような形をしている。曲線が向かい合う向きに設置されていた。しかし、曲線の部分もそれなりの高さがあり、よじ登るのは到底無理そうだった。


 僕は門の表面に触れようとする。


 そのとき、背後から声がした。


「何者だ」と、小さな声。


 僕は声がした方を振り返る。


 明かりが及ばない街灯の根もとに、小さな何かが立っていた。


 それが何であるのか、僕には分からない。


 ゆったりとした歩調でそれはこちらに向かってくる。二足歩行をしているところを見ると、どうやら人間みたいだった。いや、本当に人間かは分からない。少なくとも、人間らしい見た目をしているというだけだ。


 距離が近くなるにつれて、それがどういう見た目をしているのか分かってくる。上半身に黒色のパーカーを纏い、下半身も同じように黒いタイツで覆われている。パーカーのフードだけは白かった。その点はルリと同じだ。髪はかなり短く、正真正銘のショートという感じがする。けれど、前髪だけは長く切り揃えられていて、幼い印象を与えた。


「何者だ」と、それがもう一度声を発する。その声は、中性的なもので、模範的な音声にちょっとしたリバーブをかけた感じだった。もっとも、僕はリバーブがどういうものか知らない。あくまでその言葉から連想されるイメージが当て嵌まるというだけだ。


 それは明らかに人間らしい見た目をしていたが、性別は不明だった。タイツを履いているところを見ると、女性と判定される可能性が高い。


 僕が言葉を発する前に、ルリが彼女の前まで行って、その場にしゃがんだ。目の前の人型と同じ高さに視線を合わせる。


「何だ」彼女がルリに言った。


 ルリは、彼女の顔を至近距離から見つめたあと、今度は手を伸ばして、彼女の茶色い髪を思いきり撫でる。


「可愛い」ルリが言った。


「離せ」


「何? お話するってこと?」

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