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半身切り捨て瑠璃色に染まれ  作者: 羽上帆樽
第1章 透過する二人の観測
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第1章 透過する二人の観測 2

 ルリと一緒に夜の街を歩いた。


 腕時計を見ると、時刻は午後十一時半を過ぎた頃だった。自分の腕時計が、アナログで表示されているのか、デジタルで表示されているのか、僕にはすぐに判断できない。判断も何も、アナログかデジタルかなど、見ればすぐに分かりそうなものだが、僕は、見たものを見たままに認識することができない質だった。視覚から脳へ情報が伝わるまでに、いくつもの関所を通り抜けて、その情報が自分にとって相応しいものか何度もチェックされるのだ。


 ルリは、どちらかというと、そういうタイプではなさそうだ。彼女は何でも直接的に認識する。直接的な認識というのは、視覚で得られた情報をそのまま頭脳に送るということだ。彼女は、思い至ったらすぐに行動する。思い至るということが行動の内に含まれているようだ。僕が今彼女に付き合って歩いているのも、彼女がそうすることを提案したからだった。


 ルリは、いよいよ目的地を決めたようで、海の上にある人工島に向かうと言い出した。この時間では開いていないのではないかと僕が指摘すると、開いていなくても自分達には関係がない、と彼女は言った。そうだった。何しろ、今の僕達は半透明なのだ。いや、もう正真正銘の透明かもしれない。いずれにしろ、人工島の硬質な門を擦り抜けることなど、どうということはないだろう。


「それで、話を戻すけど」ルリが歩きながら言った。「君は、その子のことを捜したいんでしょ?」


「捜したいか、捜したくないかで答えなければならないのであれば、捜したいと答えるしかないね」僕は言った。「いなくなった者を心配するのは、人間の本能みたいなものだと思うよ」


「じゃあ、どこから捜す?」


「もしかして、そのために外に出たの?」僕はやや怪訝そうな顔を作ってルリに尋ねる。


「もちろん」彼女は頷いた。「やっと気づいたの?」


 ルリは、いつの間にかブレザーの下に白いパーカーを着ていた。首もとからフードが出ている。先ほどまで僕がそれに気づかなかったのは、やはり、僕が自分が見たままに現実を認識しているわけではないからだろう。僕の中の関所の内のどこかが、これまでは不必要な情報と判断していたに違いない。


「僕達が捜すことに、どれくらい意味があると思う?」僕は質問する。


「知らないよ、そんなの」今度はルリの方が怪訝そうな顔をした。「でもさ、自分がなくしたものを捜すのは面倒臭いけど、誰かがなくしたものを一緒に捜してあげるっていうのは、嫌な気分にはならないよね」


「まあね……」


「私、その子を助けたい」


「なぜ?」


「これも、君が言う、人間の本能ってやつ?」


「身体がすけすけで、それで、本当に人間っていえるの?」


「そもそも、人間の定義とは?」


「定義?」


「そんなこと、学校で教えてもらった? なんだか、曖昧なまま授業が進んでいるみたい。人間の歴史について述べるためには、まず、人間や歴史というものがどういうものなのか、きちんと定義しておく必要があると思う」


「突然、哲学的なテーマだね」僕はコメントした。


「どうなの?」


「何が?」


「きちんと定義しなくちゃいけないんじゃないの?」


「定義しようとすると、どんどん文章が長くなっていくんだよ」僕は言った。「そうすると、その分使う言葉の量が増えていく。そうなると、今度はその言葉を定義する必要が生じる。そうやって、堂々巡りになってしまうんだ。だから、初めから定義なんてしない方がいい。人間や歴史なんて、普通は誰だってすらっと理解できるものだよ」


「君にはできるの?」


「さあ……」ルリに問われて、僕は考えてみる。「どうだろう……」


「そうだとしても、何らかの定義は欲しいものだよ」ルリは言った。「いっそのこと定義しない方がいいというのは、やや暴論に傾いていると思うな。今問題にしているのは、人間や歴史というものについて、何も述べられないまま授業が進められるということだよ。何でもいいから、一言でもそれらについての言及があれば、もう少し理解しやすくなると思う」


「そうだろうか……」僕は天を仰ぐ。


 上空には白い光の粒が見えた。星だ。僕には、どうやら星は見えるようだ。


 自分で直接存在を確認したわけでもないのに、星は存在するものと判断されるらしい。そこには、たぶん、星が自然の産物であることが関係している。人工的なものはなんとなく胡散臭い。人間が作ったものは、所詮自然のものには叶わないという考えがどこかにある。


 静まり返った商店街の中を進む。右も左も、立ち並ぶ店はシャッターが閉まっていた。シャッターのない店もある。木製の雨戸が下りている店もあった。この辺りにある建物は、大抵店舗と住居を兼ねている。一階が店舗で、二階が住居だ。


 一軒だけ、明るい光を放つ建物があると思ったら、案の定コンビニだった。店員の姿は見えない。最近では、セルフレジがすっかり浸透してしまったから、店員がレジの中に立っている必要はないのだろう。


 行方不明になった人間を捜す仕事というのは、あるのだろうか。もしあるとすれば、それは人間が行なうべきものだろうか。


 フィクションの世界では、こういうときに活躍するのは、探偵と呼ばれる者達だ。現実では警察だろう。しかし、警察というのは、けっこう輪郭があやふやな存在で、どういう対象を指しているのかいまいちよく分からない。警察という言葉は、個人を指すこともあれば、組織を指すこともある。行方不明者を捜すのは、おそらく組織の方だろう。


 行方不明になったその生徒には、両親はいたのだろうか。なんとなく、いないような気がする。それどころか、親族と呼べる者もいないような気がした。


「親族がいないって、どういうこと?」ルリが訊いてきた。


「たとえば、最初からこの学校の生徒ではなかったとか」


「どういう意味?」


「つまり、都市伝説的なものを想定しているんだ」僕は話した。「いつの間にか現れて、いつの間にか消えてしまう。でも、何年か経つと、その誰かさんはまたいつの間にかあるクラスに所属している。そういうことが繰り返される。そして、体育祭か何かの行事のときに撮影された写真に、その生徒の姿が映っている。何年か置きにその生徒の姿が確認される。あるとき、長い間その学校に勤めている一人の教員が、そのことに気づく。それで、確認しようと思って当のクラスに向かったときには、もうその生徒は姿を眩ましている」


「随分と都合のいいストーリーだね」ルリが感想を述べた。


「都市伝説だから」


「君の頭は、そういう突拍子もないことを発想するようにできているみたい」そう言って、ルリは僕の頭を指さす。「現実を見ようとしないんだね」


「そう……」僕は頷く。「現実を支配しているルールを明らかにするより、想像の世界で自由にルールを組むことの方が好きなんだ。いや、むしろ、ルールから解放されることを求めているのかもしれない」


「私もそうかもしれないな」ルリは話す。「だから、半透明になってしまったんだ、きっと」


「今更だけど、半透明になるって、どういうこと?」


 目的地の人工島へと繋がる公園の入口が見えてくる。公園といっても、遊具や何やらがあるわけではない。人工的に作られた砂浜や松林がある一帯を、公園ということにしているだけだ。


 横断歩道を渡って、僕とルリはその敷地の中に入った。

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