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半身切り捨て瑠璃色に染まれ  作者: 羽上帆樽
第4章 干渉する一人の活動
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第4章 干渉する一人の活動 5

 僕達の前に現れた彼は、一度深々とお辞儀をした。顔を上げて、もう一度僕達を見る。それから、僕とルリの間を通り抜けると、左手の建物の方に向かっていった。


 見ると、ドアを手で押さえてこちらを見ている。そちらに来いということらしい。僕達は互いに目配せしたあと、彼が開けているドアの方に向かった。


 その建物は、吹き抜けの二階建てになっていた。一階には専門的な料理を出す飲食店が並び、二階はフードコートになっている。彼は停止しているエスカレーターを上って、二階に向かっていった。僕達もそれについていく。


「随分とかかったようだね」僕達の前を歩きながら彼が言った。男性にしては高い声だった。「首を長くして待っていたよ」


「お前は?」サヤが尋ねる。


「分からないのかい?」彼は少しだけこちらを振り向く。


「私達のことを呼び出した奴だな?」


「その通り」


 彼は自らを花火と名乗った。本名かどうか分からない。ただ、火花と逆の名前であることは、考えるまでもなく明らかだった。


 二階に上がり、僕達はフードコートの中の席に着いた。


 花火と名乗った彼は、コーヒーを用意してくると言って、すぐにその場から立ち去ろうとする。そのとき、ルリがコーヒーではなくココアが良いと言った。花火は面白そうに笑みを浮かべて頷き、フードコートの中を歩いていった。


「どういう魂胆なの?」僕はルリに尋ねる。


「もうコーヒーはいい」彼女は言った。「甘いものを摂取しないと、理解が追いつかない」


 花火はすぐに戻ってくる。フードコートの中には色々な店舗があるから、その中のどこかで用意してきたのだろう。この光景はどこかで見たことがあった。クードルが僕達に料理を提供してくれたときのことに違いない。


 花火は僕達の前にカップを置く。ルリのものだけではなく、全員分がココアだった。正直なところ、僕は甘い飲み物は苦手だ。甘いお菓子なら良いが、砂糖が溶けているどろっとした液体を喉に流すのは、あまり良い感じがしない。


 僕の対面に花火は座った。その隣にサヤがいる。僕の隣がルリだった。


 サヤは、頬杖をついて花火のことを直視していた。彼女の視線に気づいて、花火は、何かな、と一度問う。サヤは何も言わずにカップを手に取って、ココアを一口飲んだ。


「遠い所を、ご足労どうもありがとう」カップを両手で持って、花火が言った。彼はすぐにはそれを飲もうとはしない。


「どうして、私達を呼び出した?」サヤがいきなり核心を突く質問をする。


「君はストレートなようだ」花火が言った。「素晴らしい」


 サヤは両目を同時に斜め上方にやって、肩を竦める。


「あとの二人は……」花火は僕達の方を見る。「彼女に比べると、大人しいようだね」


「それで? どうして、私達を呼び出した?」サヤが同じことを訊く。


 彼女の問いに対して、花火はまじまじとサヤのことを見つめる。それから、彼はわざとらしく笑顔を浮かべると、一度真顔になり、今度は眼鏡を外して、右目は上に、左目は下に向けてみせた。


「物語には、順序というものがあるのだが……」花火は話す。「まあ、いいだろう。順番に話すのは、たしかに面倒だ」


 花火はカップをテーブルの上に置いて、脚を組む。


「君達を呼び出したのは、呼んだら来るのか、来るとしたらどのような手段を用いて来るのかを確かめたかったからだ」花火は言った。「そのために、私は君達にメッセージを送った。その手法については、もう知っているね?」


 花火は順に僕達のことを見る。


「透明になるということは、大気と同化するということを意味する。そのことを利用して、私は君達にメッセージを送った。最初にサヤ君に、その少しあとで君達二人に、それぞれ送った。あとになって君達にも兆候が現れたものだからね」


 僕達はまだ彼に名前を教えていない。花火は僕達のことを知っているようだ。


「兆候というのは、透明になる兆候?」ルリが尋ねる。


「そう」花火は頷く。「世の中には、透明化を生じる者がいる」


 花火はそこで一度ココアを飲む。僕はまだ飲んでいなかった。


「透明化を生じるのには、どうやら、本人がそれを望むことが大きく関わっているらしい。透明化を生じた者は、本当の意味で行方不明になる。それは、透明になった結果として、本当に姿を失ってしまうからだ。では、なぜ透明化を望むようになるのか? その答えは、移動という点にある」


 サヤが椅子の背もたれに極度に力を加えて、椅子の後ろの脚だけで座り始める。手を頭の後ろで組んで、ゆらゆらと船を漕ぎ始めた。


「移動?」僕は尋ねた。


「そう、移動」花火は頷く。「そこにいるサヤ君のように、完全に透明になる、つまり、完全に大気と同化すると、どこにでも好きなように移動することができるようになる。その移動に障壁はない。あらゆる物体を擦り抜けて移動することができる。これは、人間が行なう一般的な移動に比べて、遙かに効率的だ。時間を極限まで有効に活用することができる」


 ルリがココアを飲む。僕もつられて飲んだ。想像していたよりは甘くなく、飲みやすかった。


「君達みたいに、透明化を生じた者のことを、半透明・透明に関わらず、まとめて透明人間と呼ぶことにしよう」花火は言った。「透明人間には、いくつかの特徴がある。一つは、先ほど言ったように、透明化を望んだ結果として、仕舞いには本当に姿を失ってしまうということ。そして、もう一つは、一人で行動するようになるということ」


「一人で行動するようになる?」ルリが問い返す。


「そう」花火は頷いた。「そもそも、透明化を望むのは、一人で行動することを望んだ結果ともいえる。どちらが先かは分からない。人間は、普通、ある背景の中でほかの人間と関係を築いて生きている。そういう柵の中で生きるのが人間だといえる。それは、ある意味では、移動が制限されるということだ。しかし、中にはそれを忌避する者もいる。そういう者が透明化を望む。そういう者は、自ら背景と同化しようとする」


 そこで、花火はまた順に僕達を見渡した。


「私は、透明人間の最後の砦として機能している。透明化を望み、それを生じてしまった者は、自分の力でもとに戻ることができない。だから、最後に私のもとに呼び寄せて、本当に透明になるつもりかどうか確認する。君達にメッセージを送ったのと同じように、私は大気に干渉することができる。透明化を生じた者がなおそうなることを望むのであれば、私は何もしない。しかし、引き返そうとする意志があるのであれば、私は彼らに干渉して透明化を阻止する」


「その選択のために、僕達をここに呼び出したってこと?」僕は訊いた。


「もちろん、それもある。しかし、それだけではない」そう言って、花火は僕の方を見た。「私が君達をここに呼び出したのは、君達が透明人間としてイレギュラーな存在だからだ。サヤ君は、透明化を生じているのに、なかなか姿を失う気配がない。それどころか、透明とそうでない状態を自由に行き来して、私の呼びかけにもなかなか応じようとしない。しかも、自由に透明になれるのをいいことに、それを利用して好き放題悪事をはたらいている」


「悪事をはたらいているつもりはない」サヤが口を挟んだ。「人様に大々的に迷惑をかけた覚えはない」


「大々的でない迷惑ならかけた覚えがあるのかな?」花火が確認する。


「そんなものは、普通に生きている限り、誰でもかけるものだ」


 花火は満足そうに頷く。


「そして、君達だ」花火はこちらを向いて言った。「君達は、透明化を生じているが、完全に透明にはならず、半透明の状態を維持している。そして、一人で行動しようとせず、常にペアで行動している」


 僕とルリは互いの顔を見合う。


「そこで、私のもとに呼び出して、ここまで移動する過程で君達がどういう手段をとるのか、観察しようと思いついた」花火は言った。「完全に透明になってしまえば、自由に移動することができる。だから、わざと遠回りになる道筋を指定し、障害物を用意することで、途中で君達が完全に透明になるかどうか観察しようと考えたんだ」


「何それ」ルリが眉を顰めて言った。「酷い」


「そう言われても仕方がない」花火は開き直ったように言う。「しかし、面白い結果が得られたよ。君達は、少なくとも、ここまで移動する過程では透明化を生じなかった。長距離の移動を強制することに効果はないようだ。また、道中、一つ大きな試練を与えたが、それも効果がなかったようだ」


「試練?」ルリが首を傾げる。


「もしかして、あの爆発のこと?」僕は尋ねた。


「その通り」そう言って、花火は指を鳴らす。「あのときサヤ君がいなかったら、瓦礫との接触を避けるために、ルリ君は透明になっていたかもしれない」


「立派な犯罪じゃないか」僕は言った。「どうして、そんなことができる?」


「どうしてだと思う?」花火は両手を広げるジェスチャーをする。


「私達以外にも、怪我をした人がいるかもしれない」ルリが花火を睨みつけた。


「いない」そう言って、花火は首を振る。


「どうして、そう言いきれる?」


 僕が尋ねると、花火は椅子の背に身体を預けた。眺めるように僕達のことを見る。


「爆発なんて、起きていないからだ」


 唐突に、花火の隣に座るサヤが言った。


「透明化を生じた者には、大気を介して幻覚を見せることもできる」サヤは話す。「大気と同化している内は、彼の手中にあるも同然だ」


 サヤがそう言うと、花火は満足そうに一度頷いた。


「君は、そのことを知っていて、なおもここまで来てくれたみたいだね」花火がサヤに言った。


「しつこいからな」サヤは応じる。「もう、何度も干渉されている。好い加減やめてもらいたくて、クレームを入れに来た。ちょうど、私の近辺で透明化を生じた奴らがいたから、一緒にな」


「私達のこと?」ルリが尋ねる。


 サヤは天井に目を向けたまま頷く。


「もう一つ、付け加えておこう」椅子から身体を離して、花火がこちらに身を乗り出してくる。「私の姿は、普通の人間には見えない。この姿は仮の姿だ。一種のホログラムのようなものといえるだろう。私達は、透明化を生じた者と同じ次元に存在している」


「私達?」ルリが問う。


「そうだ」花火は頷いた。「ここに来る前に、君達は人工島に立ち寄っただろう?」

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