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半身切り捨て瑠璃色に染まれ  作者: 羽上帆樽
第4章 干渉する一人の活動
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第4章 干渉する一人の活動 3

 そうだ。僕は、あのとき、図書室で本を借りようとしていた。小説を読もうとした。ジャンルは、何だっただろう。


 そう……。普段とは違うものを読もうと思って、僕はミステリーに手を伸ばした。全然読んだことのない著者の本だったが、有名な人だったから、名前は知っていた。それで試しに読んでみようと思ったのだ。


 本の表紙を捲る。最初に目次を見た。次に奥付を見る。それらを確認したうえで、今度は中表紙に戻った。タイトルの意味が気になって、それを考えようとしたが、このときには分からなかった。


 とりあえず、最初から読むことにする。プロローグがあった。事件のシーンだろうか。登場人物が一人いたが、この段階では名前は明かされていない。正体が明かされないまま、その人物が誰かを殺害するシーンが描写される。会話文は一切なく、すべて地の文で、人が殺される場面が淡々と描かれる。


 プロローグを読み終えたあと、僕は今度は適当にページを開いて、ざっとその部分を読もうとする。そこには、一人の女子高生が登場していた。ミステリー研究会の一員で、この街で起きた事件について、自分達で犯人を暴き出そうと躍起になっている。


 そのとき、僕の隣を二人の女子生徒が通り過ぎた。


 同時に、僕はそのとき読んでいるページにあった単語に目が引かれる。


  〈行方不明〉


 とあった。


 女子生徒の内の一人が、もう一人に向かって、


  〈今日の体育の授業、中止になったらしいよ〉


 と言った。


 ここで、僕の頭は情報の変換を行なう。まず、前提となる「今日の体育の授業」を削除する。次に、残った「中止になったらしいよ」の中の「中止」を「行方不明」に変更する。結果として、僕の目の前には、


  〈行方不明になったらしいよ〉


という文が存在することになる。しかし、この文には主語がない。だから、僕の頭は勝手に主語を補おうとする。これを発言したのが女子生徒であることを理由に、それをそのまま主語の位置に持ってくる。そして、


  〈女子生徒が、行方不明になったらしいよ〉


という文が完成する。


 そこで、チャイムが鳴った。


 僕ははっとして顔を上げ、カウンターの中の壁に設置されている時計を見る。


 午後の授業が始まる時間だった。


 僕は急いで本を棚に戻し、小走りに図書室の外に出た。



「そうか……」一瞬の回想を終えて、僕は呟いた。食べ損ねたビスケットを口に入れる。


「何?」僕の隣でルリが訊いた。


 僕は今思い出したことを話した。


「つまり、君が行方不明になったということは、本当は噂になんてなっていなかったんだ」僕はサヤを見て言った。


 僕がそう言うと、サヤは腕を組んで首を捻る。


「しかし、その状況は、私が命令を受けた状況と似ている」彼女は言った。


「命令?」ルリが確認する。「それは、ここに来いという命令?」


「そう……」サヤは頷く。「その命令の仕方は、今君が話したのと同じようなものだった。直接言葉で命じられたわけじゃない。大気を媒介として命令を受けたんだ。君もそれと同種のメッセージを受け取ったんだろう」


「なぜ、そんなことをする必要がある?」僕は尋ねる。


「そのメッセージを送れば、行方不明になった生徒を捜させることができる。現に、君達はそうしただろう?」


「捜さなかったかもしれない」ルリが意見を述べる。


「君達のその後の行動も、そのメッセージを送った奴にコントロールされているのかもしれない」


「どうやって?」


「さあね……。しかし、そうしたメッセージを受け取ることができるということは、君達が真に透明になりつつあるということでもある。大気と同化できなければ、そのメッセージを受け取ることはできない」


「私には、そんなメッセージは来なかったな」


「君か僕のどちらかに送ればよかったのかもしれない」僕は話した。「あるいは、僕の方が透明になりつつある度合いが大きいとか」


「問題は、その誰かは、なぜ私達をここに呼び出したのか、ということだ」そう言って、サヤはペットボトルを宙に投げ上げた。「そいつは、透明になることができる者を自分のもとに集めようとしている」


 たしかに、それが一番の問題だった。僕達を呼び寄せて、何かをさせるつもりだろうか。


「透明にならなくて済む方法があるなら、それを知りたいと思うけど」唐突にルリが言った。


「なぜ? いいこと尽くしだって言っている人もいるよ」僕はルリの方を見て言う。


「でも、このまま透明になったら、自分が消えてしまいそう」


「消えてしまいそうな実感があるの?」僕は確認する。


「それは、分からないけど……」


「不安を感じるとすれば、透明になるのを自分で制御できないということが、根本的な原因だろう」サヤが言った。「いわば、自分でも知らない内に病気が進行していくようなものだ」


 たとえば、自分の身体が癌に犯されていると知っていて、しかし、それが身体に広がる度合いを自分で制御することができるとしたら、人間はどのように感じるだろうか。自分で制御できるなら問題ない、と単純に考えることができるだろうか。


 そんなふうに考えてくると、ルリと同じ現象のただ中にある自分がこんなふうに落ち着いていられることが、少し不思議に思えてくる。


 僕は、なぜ何の不安も抱いていないのか?


 しかし、その答えは案外簡単かもしれなかった。


 僕は、自分が消えてしまっても構わないと、心のどこかで思っている。

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