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半身切り捨て瑠璃色に染まれ  作者: 羽上帆樽
第4章 干渉する一人の活動
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第4章 干渉する一人の活動 1

 サヤのあとについて僕達は道を進んだ。しかし、目的地はすでに目の前だったようで、僕達は途中で道を逸れて、街中に設けられた一画の中に足を踏み入れた。


 火花が言っていた工業地帯というのは、かなり漠然とした区画のことだったようで、気づいたときには、僕達はすでにその中にいた。


 辺りを見ると、いたる所に工場らしい建物が見える。四角い壁面に囲まれた箱型の建物や、太いパイプや大きなタンクが一つの場所に集まってできた山のような建造物が、右にも左にも建っている。道路はそれらの建物の間を直線的に走っていて、この辺りが計画的に作られた区画であることが分かった。


 その工業地帯の一画に、海の上に埋め立てられた土地があった。これが火花が言っていた港に違いない。その埋立港は二つの部分から成っていて、工業地帯と地続きになっている手前側にはアウトレットパークが、その向こう側には本物の港があるみたいだった。


 僕達はアウトレットパークの敷地の中に入る。


 アウトレットパークはいくつかの建物が集まってできている。それらの建物は形だけ残っている状態で、現在使われているようには見えなかった。


 建物に入るために、僕達は停止しているエスカレーターを上った。エスカレーターを上った先に自動ドアが並んでいる。横にスライドするタイプだから、正確にはドアではないが、自動扉という言い方はあまり一般的ではないようだ。自動ドアは二重になっていて、それを抜ければ建物の中に入ることができる。


「開いてないよ」自動ドアに触れて、ルリが言った。


 サヤがドアの前に黙って立つ。彼女がセンサーの方を数秒間見つめると、間もなくドアが静かに開いた。


「行こう」


 と言って、サヤは先に進む。僕とルリも黙って彼女についていった。


 アウトレットパークの建物の中は、シャッターが下りている店舗や、ロープで封鎖されているエリアがあったが、全体的にいって、綺麗に維持されていた。それだけでなく、一階にある広場の噴水には未だに水が流れていた。巨大な鯨の形を模した噴水だ。


 この建物自体は縦に長い直方体の形をしていて、くり抜かれた中心部が吹き抜けになっている。四角形のフロアは一周することができた。


 ブランドもののバッグや衣服を売っている店、スポーツ用品店、飲食店など、様々な店舗が軒を連ねている。ベンチや観葉植物が通路の所々に置かれていた。道幅は広く、天井も高くて、解放的な建物だった。


「なかなかいいね」歩きながらサヤが言った。「こんな所に住んでいるわけか」


「住んでいるって?」ルリが尋ねる。


「私のことを呼び出した奴だよ」サヤは話す。


「一時的にここにいるだけかもしれないよ」


「いや、そうでもないらしい。経由地点をすべて辿ることで、それが分かった。私が呼び出されたのは二週間くらい前だが、もっと前からここにいるんだろう」


 二週間もの間外にいて、食事や洗濯はどうしたのかとサヤに質問すると、彼女はホテルに泊まっていたと答えた。僕達のように無計画に出かけたわけではないようだ。こうなると、もはや行方不明とはいえない。しかし、高校生が一人でホテルに泊まることができるのだろうか。


「まさか」不思議に思って僕がそのことを尋ねると、サヤは首を振った。「でも、私は透明になることができるんだ」


 そうか、と僕は思った。つまり、ホテルでも何でも、彼女は自由に利用することができるのだ。売られている食品を勝手に食べたりしてもばれないかもしれない。僕がその点について尋ねると、しかし、そんなことはしていない、と彼女は言った。


「犯罪を犯したことはない」


「家族に何の断りも入れずに二週間も家を空けるのは、犯罪に近しい行為といえるんじゃないかな」


「いつものことだからね。両親は何も心配していないと思う」


「君の素性を、両親は知っているの?」


「知っている。ただ、ほかの人間に話したことはない。君達が初めてだ」


 そうすると、学校で僕が聞いた噂は、本当に噂でしかなかったのかもしれない。長い間欠席が続いていたから、そのことが尾ひれを付けて噂として広がったのだろうか。


 サヤは僕達より一つ年上で、三年生だった。三年生といえば、ちょうど受験をしている頃だ。しかし、サヤは、自分は受験はしないと話した。そんなくだらない目標のために勉強するなどどうかしている、とも彼女は言った。


「じゃあ、どうして高校に入ったの?」ルリが質問する。


「そういう流れだったから?」


「大学に進学しないで、どうするつもり?」僕は尋ねた。


「どうするもこうするもないだろう。普通に生きるだけだ」


「そのことを、君の両親は知っているの?」


「うちは放任主義だからね。どう生きようと私の勝手だ。とりあえず、バイトでもしてしばらくは凌ぐかな」


 階段を上がり、三階に至った。正方形のフロアの辺の一つに、向かい側の建物に繋がる渡り廊下があった。サヤはそちらに進んでいく。


 渡り廊下は吹き抜けで、外に出ると冷たい風が思いきり吹きつけてきた。


 時刻は午後三時過ぎ。太陽はすでに傾き始めていて、雲に覆われた向こう側で、空はぼんやりと薄桃色に染まっていた。


 渡り廊下を渡りきって、僕達は左手にある階段を下りる。こちらの建物は、一応、今までいたアウトレットパークと関係のあるものだが、どちらかというと、敷地の奥にある港の側に属するものだった。


 階段を下りきると、芝生で覆われたエリアが現れる。人工芝だ。そのエリアの左右には飲食店があった。今はもちろん営業していない。頭の上を通る通路に囲われたフレームの先に、海が見える。世界に繋がっている、正真正銘の海だった。


 ルリが一目散に走りだす。建物に覆われたエリアを抜けて、外に出た。僕とサヤもそちらに向かう。


 人工芝のエリアを抜けた先は桟橋のようになっていて、床は石造りから木造りのものへと地続きになっていた。海との境界にチェーンが張られた低い柵がある。チェーンは等間隔に並んだ丸太に繋がれていた。


 桟橋は左右に続いている。左側はカーブしていて、その先はよく見えない。しかし、海が続いているのは分かった。白色の個人用の小さな船が、漂流したみたいにいくつも浮かんでいる。十や二十という数ではなかった。百艘近くはあるかもしれない。


「いいな」こちらを振り返って、ルリが言った。「ここに住みたい」


「住んだら?」僕は適当に応じる。


 サヤが柵の傍に寄って、海の方を見る。


 そして、目を閉じると、彼女は消えてしまった。


 透明になったようだ。


 ルリもサヤがいた方を見ている。僕も彼女も黙っていた。サヤが再び姿を現すのを待つ。


「ここではないな」


 背後から声がして、僕達はそちらを振り返る。いつの間にかサヤがそこに立っていた。透明になっている間は、足音も消えるらしい。やはり、彼女に関係のある一切が見えなくなったり聞こえなくなったりするようだ。


「しかし、近いことは間違いない」サヤが呟いた。


 冷たい風が吹く。


「寒い」ルリが言った。「それに、お腹も空いた」


「どこかで休憩する?」僕も同じだったから、提案する。


「ふむ」サヤがわざとらしく相槌を打った。彼女はなかなか大人びた風貌をしているが、先ほどから振る舞いはふざけている。「では、ちょっと、そこら辺のレストランでも拝借しよう」


 そう言って、サヤはこちら側から見て左手にある店舗を指さす。コンクリートを基調とした建物に木造のレストランが埋め込まれている。こういう様相を何というのか、僕は知らない。カントリー調とでもいった感じだろうか。


 ルリがまた一人でそちらに走っていく。


 僕とサヤも彼女のあとに続いた。

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