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TS戦姫 黄金のアテナ  作者: 綾波幻在
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トリグラフ


―――蒸気機関車に揺られること、一時間―――


そこは、雪の降らない荒野の広がる場所だった。

「・・・・」

「景色が白くない事が珍しいか」

その景色を見渡すエルリィに、篝はそう声をかける。

その服装は、未だに奴隷衣装のまま。

怪しまれない為とはいえ、その姿はあまりにも寒そうだ。

雪は降っていないとはいえ、ここもなかなかの寒さだ。

「篝さん・・・」

「ここ『トリグラフ』は山一つ挟んだ影響か、山の向こうで雪や雨が振り切って、この寒さでも雨が降る事は少ないんだ。最も、エーテル環境によって年中雪が降り続ける『要塞』周囲の環境に比べたら、足の取られる積雪が無い分、マシだとは思うけどな」

「それでも寒すぎて植物が育ちにくいんだけどな」

その篝の後ろから、灰鉄小隊の面々がやってくる。

ちなみに先ほどのセリフはセドリックのものである。

そんな面々を前に、篝は向き合って指示を出す。

「ここで情報収集を行う。各自共有した情報をもとに、ルクスとシモンは市街地で聞き込み、剣太郎とセドリックは踏み込んだ調査を。俺はエルリィと共に、スラム街へ行く」

「大丈夫なのか?」

シモンがエルリィをちらりと見た後に、篝に尋ねる。

「彼女を連れてきたのは俺だ。俺が面倒を見るし、責任を取る」

「・・・けっ、分かったよ」

シモンがそう呟いた後、いきなり右手の人差し指の指輪が淡く光り出す。

そして、一瞬にして、あの少女の姿へと変身する。

「下手打つんじゃねえぞ」

「肝に銘じておく。さあ、行け」

その篝の指示と同時に、彼らはその場から解散した。

そうして、その場にはエルリィと篝、そしてラーズの三人のみ、その場に残った。

「さて、行こうか。ラーズは戻っていてくれ」

「分かりました」

ラーズもまた、その体を光の粒子へと変え、篝の中へと帰っていく。

正確には、胸のペンダントの中にだ。

「あの、どうして私を・・・」

「さっきも言ったように、お前を連れてきたのは俺だし、お前が選択するきっかけを作ったのも俺だ。だから最後まで面倒を見るのが筋というものだろう」

「篝さん・・・」

篝が歩き出す。

「さあ、行こう。それと、これから行く場所では不用意な事はするなよ」

その後を、エルリィは慌てて追いかけた。






そこは、まるで吹き溜まりのような場所だった。

心許ないそこらの板やらをなんとかくっつけたボロ家。かろうじて道と呼べる通りに横たわる無数の人々。

そして、人目のつかない場所に集る蛆や蠅。それが意味する所は―――

「うっ・・・」

顔を隠すように、白い外套を被ったエルリィは

「耐えてくれ。ここは、そういう場所なんだ」

「どうして、こんな所に・・・」

「知っていてほしいんだ」

篝は、エルリィを見て、言う。

「こういうところも、あるという事を」

そうして、篝とエルリィは、『スラム』と呼ばれるこの場所を歩いた。

様々な人に聞いた。

こちらを警戒する大人の男、物知りそうな年寄りの老人、もしくは、まだ幼い子供たち。

「・・・」

そんな者たちを見て、エルリィは不思議に思う。

(どうやって、生きているんだろう・・・?)

その疑問を篝にぶつけてみた所、

「基本的に、男と女の関係は最悪だ。だが、今日まで人類が生きられたのは、多少の妥協があるからだ」

「妥協・・・?」

「そう、今現在の子供を作るシステムを知っているか?」

「よくは、知りません・・・」

「よほど酷い環境にいたんだなお前・・・」

何故か憐れまれた。

「まあ、説明すると、現代の男の在り方には二種類がある」

「二種類?」

「『種馬』と『廃棄』」

篝は、手短に説明してみせる。


現代において、男とは子孫を残すという役割以外、何の価値もない存在だ。

当然、その存在はぞんざいに扱われているし、日夜、遊びと言う名の虐殺が行われているのが常だ。

だが、それならどうやって人類は今日まで生存出来ているのか。

それは、男に対しての『管理』である。


戦姫の異能は血統に依存する。

その事実はまさに、男が唯一の価値を保てる一因となっている。

エーテルが万物に宿るというのであれば、当然、男にもエーテルは存在し、それ故にエーテルラインがあり、コードを有する。

故に、女の持つコードと男の持つコードが子に遺伝し、新たなコードとなって誕生する事が多々ある。そしてそれ故に、戦姫はより優秀なコードを持つ子を得る為に、遺伝子を選ぶ。

その為、優秀なコードスキルを求めて、優秀な戦姫を親に持つ男を求める戦姫が後を絶たなくなったのである。

そして、それはある意味で、遺伝子の偏りを呼び、一時期、肉体が脆く弱い世代が誕生する事となった。

それ故に、女たちは男を管理し始める事となり、結果として、男には『種馬』と『廃棄』という分類がなされた。


「事の経緯はこんな所だ。そして、『種馬』とは優秀な戦姫を親に持つ男かつ、その存在を管理された者の事を指し、一方で『廃棄』は、一般に生まれ、尚且つ『種馬』としての存在価値すらない男の事を指している」

「それじゃあ、ここにいる人たちは・・・」

「ああ、大抵が『廃棄』によって野に放たれ、世間のガス抜き用に用意された()()()()()()()()』だ」

「っ・・・」

エルリィは再び、周囲に目を向ける。

「そんな・・・」

「ただ、それでも色々と杜撰な所もあってな。人として最低限の知識や生き残る為の術を持っている奴もいる。そして、それを教える事もあってか、きっちり年を取る奴もいる。さっきの爺さんがそのあたりだな」

「強く、生きてる人もいるんですね」

「それでも限界はある」

篝はそう返した。

「扱いもそうだが、衛生環境も、衣食住も、何もかもが最悪で、生き残る為にはあまりにも厳しい場所だ。食料すらも確保するのも難しく、今日明日生き残る事だけしか考えられない。そして、一度怪我して病気になれば対処の方法も全く分からず、悪化して野垂れ死ぬ」

それが、路地の影にあった、人だったものの正体。

「生活能力がないとか、何かを学べる環境がないとかって話じゃない。『男だから当然』。この状況は、この一言に尽きてしまうんだ」

篝の眼差しは、どこか、猛烈な炎を宿しているようにみえた。

「それじゃあ、どうすれば・・・」

「それにしても、手がかりの一つも見つからないな」

篝はため息交じりにそう言いだす。

「それは、当然なのでは?こんな所に、女が来るとは思えませんし・・・」

「こんな所だから、一般人に見られる事はないし、怪しい取引があっても、ここの男たちは何も言う事はない。むしろ、知ったら知ったで殺されるし、情報を持っていれば吐いても甚振られる。だから、男たちは見て見ぬふりをするから、取引やら秘密の行動にはうってつけなんだよ」

「それなら、誰も知っている訳が・・・」

「だが断片ならある。ほんの少しの手がかりを繋ぎ合わせることで、場所の絞り込みぐらいは出来る。例えば、あそこ」

篝が、あるボロ屋を指す。

「あの家、どこかおかしな点があるのが分かるか?」

「おかしな所って・・・」

言われて、じっと見てみる。

「えっと・・・()()()()()()()()ですか?」

「正解。やはり目の付け所がいい。普通、ガラス窓のある家などあり得ない」

「・・・・・あ」

言われて、気付く。

確かに、ここにいたるまで。そして今いるこの場所の周囲を見渡してみても、窓があるのはその家屋だけだった。

「潔癖な女の悪い癖だ。隠れ家を作ろうとして窓を作ったんだ」

「じゃあ、あそこに証拠が・・・」

「だからすぐにバレた」

「へ?」

篝がそのボロ屋へ向かい、その扉を蹴破った。

その行為に、エルリィどころか周囲の男たちすらぎょっとなる。

「・・・やはりな」

「な、なにやってるんですか・・・!」

エルリィは慌てて近寄ると、すぐに鼻を抑えた。

「うっ!?」

「きっちり鍵をかけていくとは。よほどバレたくなかったらしい。死後数か月といった所か」

酷い腐臭だった。そして惨状だった。

そこにあったのは、無数の男の死体。その山。そして床一面に飛び散った時間がたって固まった血。

きっちりと戸締りがされていた為か、虫は集っていなかったが、それでも酷い惨状には変わりはない。まさに、惨劇の場と言って差し支えないだろう。

「こんな・・・こと・・・」

「救われない・・・証拠隠滅に利用されたな」

「証拠隠滅って・・・どうして・・・」

「古代兵器は国のパワーバランスを左右する。確保しているならまだしも、まだ未発見もしくは発見されているが強奪の余地がある場合は、どこの国もこぞってスパイを出す」

そう言って、篝は死体の山に近付くと、手袋をつけて、その死体の山を掻き分け始める。

そして、その死体の山の中から、一人の死体を抜き出す。

それは、女の遺体だった。

「この人は・・・」

「返り討ちにされたな。もし仲間であればこんな死体の隠し方はしない。スパイなら、死体を隠す真似をする暇はないだろう。明らかに複数人の犯行だな」

「なんで・・・こんなに人が死んでいるなら、どうして誰もその事を放さなかったのですか!?」

「それが当たり前だからだ」

篝は、女の遺体を調べながら、淡々とそう返した。

「どうして・・・」

その時、どこからか、何かが壊れる音が聞こえてきた。

「なに・・・?」

「来たのか・・・」

「来たって、何が・・・」

篝は、いつの間に血にまみれた手袋を捨てて、蹴破った玄関へと向かう。

「来い、エルリィ。今から理由を教えてやる」

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