道中
―――セーヴェルヌイ連合国南部、とある街の駅にて。
「こちら貨物車両使用申請書です」
と、金髪に黒スーツ、そしてサングラスの女が車掌である女に紙を一枚渡す。
その後ろには、銀髪のどこかの令嬢を思わせる装いの少女と、おどおどとした挙動不審な藍色の髪と同じく黒スーツとサングラス、そしてマスクをした女がいた。
「・・・書類に問題は無し。いいでしょう、そこのゴミをさっさと乗せてください」
「受理していただきありがとうございます」
その後ろのには四人のボロ着の男が首に鎖を繋がれた状態で立っていた。
「さ、後方の貨物車両へ」
「あ、はい・・・さ、さあ、行きましょう」
金髪の女が、顔をマスクで覆った藍色髪の女がぎこちない動きで男たちを先導する。
その様子に、車掌が訝し気にその藍色髪の女を見る。
「彼女、新人で、喋り方は誰に対してもああなんです」
それを、銀髪の少女がそうフォローを入れる。
「怪しませてすみません」
「の、乗せてきました・・・」
「ご苦労様、では、乗っても?」
「いいでしょう、良き旅を」
そうして、列車に乗り込み、そして指定された個室へと入った所で、ルクス、ラーズ、エルリィの三人は息をついた。
「な、なんとかバレずに済んだ・・・」
「マスク越しだったとはいえ、顔に出過ぎです」
ぐったりとするエルリィに、ラーズは辛辣に言葉を刺す。
「だ、だって、こんな事慣れては・・・」
「まあまあ、それくらいにしましょう。これからしばらく、この蒸気機関で移動します。ゆっくり休んでください」
「休むって・・・篝さんたちは、大丈夫なんですか?あそこ、きっと寒い筈です・・・」
「このような公共の場で男を死なせると逆に不都合なんです。だから、最低限生きられるように毛布ぐらいは容易されています」
「毛布だけ・・・」
エルリィは知っている。
薄い毛布だけで過ごす冬の寒さの辛さを。
「大丈夫、なんでしょうか」
「心配しないでください」
ラーズが、そう呟く。
「この程度で寒さで倒れるほど、彼らは弱くはありません」
「・・・・」
ラーズの言葉に、エルリィは今はその言葉を信じるしかなかった。
そこで、がたん、と部屋が動き出す。
「きゃ」
それに小さく悲鳴を上げるエルリィ。
そして、ふと窓の外の景色が動き始めた事に気付いて、その窓に張り付く。
「わあ・・・」
列車が動き出した事によって窓の外が移り変わっていく様を、エルリィは目を見開きながら眺める。
「列車は初めてですか?」
ルクスが、そんなエルリィに声をかける。
「え、あ、はい・・・車に乗せられたのは、軍学校から要塞に移動する時だけで、その時は、窓のない所に乗せられましたから」
「なら、これからはきっと、望んだ分だけ見る事が出来ますよ」
ルクスは、そう言って微笑んで見せた。
その言葉に、エルリィはふわふわとした感覚を覚える。
「・・・・あ」
そこでふと我に返ると、エルリィは席に座りなおしてルクスとラーズにある事を尋ねる。
「あの、そもそも、どうしてあの『要塞』にやってきていたんですか?いくら古代兵器の情報が欲しいと言っても、何か、違和感があって」
「そういえば、貴方はあの場に居合わせていましたね」
ラーズが、震える事のない眼差しでエルリィを見る。
「まあ、これから一緒に行動する事になる以上、いくつかの情報を共有しておいた方がいいでしょう」
「大丈夫なんですか?」
「いずれ始まる戦争で、あれが持ち出されるのは目に見えています。隠しても仕方がありません」
ラーズは、改めて説明を始める。
「貴方は『災律武装』というものを以前に聞いたことは?」
「それって・・・確か、篝さんが所長に聞いていた・・・」
「ええ、ラーズたちは、本来はこれの所在を確かめる為にあの要塞へやってきました。そこの所長が、その在り処の一つを知っていると」
「その災律武装って、なんなんですか?古代兵器とは、違うものなんですか?」
「ええ。古代兵器とは、いわば、遺跡などから発掘された、遥か昔に作られた武器。一方で、災律武装はごく最近になって作られた、強力な武器です」
厄災の力を内包し、それを意思をもって操る事の出来る武器。
十一もあるその武装は、それ一つで、一国を滅ぼす事の出来ると予想されている。
「予想されている、というのは、実際に使われた事はないからです。しかし、確実にそうなるほどの危険性がある事は確信しています」
「それはどうして・・・」
「まず、戦姫がコードスキルを発動させるメカニズムについて確認しておきましょう。エルリィさん、貴方は戦姫がコードスキルを発現させるには、どうすればいいのか知っていますか?」
「あ、はい」
戦姫がコードスキルを行使する方法。
まず、戦姫、というより、この世の全ての物質は全て、『エーテル』が宿っているとされている。
そもそもエーテルとは、新生文明歴になって発見されたこの世の全ての物質の根幹に根差すものであり、そのものの『形』『性質』『起源』などなどetc、その複雑さは無機物から有機物、植物より動物となればなるほどその物質が持つエーテルの『色』が複雑に変わると言われている。
そして、生物レベルの存在となると、体内に血管のように流れるエーテルの通り道『エーテルライン』を持っており、コードスキルは、そのエーテルラインの一部に現れる。
エーテルライン内に形成される、エーテルを燃料に、現実に超常現象を引き起こす事の出来る『コード』と呼ばれる部位が、必ず一人に一つは存在し、そこにエーテルを強く流し込む事で、超常の異能である『コードスキル』が発動するようになる。
ただし、コードスキルは、そのコードを持つ本人のエーテルにのみ反応せず、また、その威力は使用者本人から離れれば離れるほど減衰する。
「というのが、コードスキルの説明だったかと」
「おおむねその通りです。また、エーテルの色とコードスキルの属性は、密接に関わっているとされており、赤系統であれば火属性と、エーテルの色でコードスキルの大体の能力を予測することが可能です。また、戦姫の能力は、血統にも依存しており、親の異能から、子の異能を推測する事も可能です」
「じゃあ、私は、一体誰の子なんでしょうか・・・」
「例外として、突然変異という形で全く違うコードスキルが発現する事もあります。気にしても仕方がありません」
ラーズの言葉に、エルリィは俯く。
「・・・まあ、コードスキルについては大体分かったでしょう」
そこでルクスが手を合わせて、話を進める。
「あの、そこで一つ疑問に思う事があるんですが・・・」
「なんですか?」
「ラーズさんって、篝さんのコードスキルなんですか?」
その質問に、ラーズとルクスはぱちくりと目を瞬かせた。
そして、あー、と思い出したように声を漏らした。
「それは知らないんですね」
「し、知らないって・・・」
「いいでしょう、それについても教えてあげます。というか、知っていて当然の知識ですので」
ラーズは指を立てて説明を始める。
「まず、貴方も察しての通り、私は人間ではありません。ですが、篝さんのコードスキルという訳でもないんです。ラーズは、『リコレクトリンカー』と呼ばれる、リンカーの一種なんです」
「り、リコレクトリンカー?」
聞き覚えのない言葉に、エルリィは思わず聞き返す。
「リンカーには、大まかに二つあります。一つは通常の戦姫が使うリンカー。これは、この世界に点在している、純粋なエーテル『純エーテル』が湧き出す泉のような場所『エーテルダム』から採取される白色の結晶『ブランクリンカー』に、使用者自身のエーテルを流し込む事で、その形を変化させ、その者に見合ったものとなるリンカーを『パーソナルリンカー』と呼びます。丁度、貴方が持っている剣がそれにあたります」
言われて、エルリィは自身の傍らにある剣を見る。
「そして、もう一つは、この世に存在するあらゆる伝承や伝説、もしくは、長い年月をかけてエーテルにさらされた事で、リンカー化し、意思を持つようになったリンカーを『リコレクトリンカー』と呼びます。このラーズグリーズは、その『リコレクトリンカー』の一つに数えられているんです」
「リコレクトリンカー・・・」
エルリィは漠然とその名を頭の中で反芻する。
「リコレクトリンカーは、その在り方ゆえに、通常のリンカーとは一線画します。第一に、意思を持つが故に所有者を選ぶ事。第二に、リコレクトリンカーの持つ異能を、その者が使いこなせるようになるかは、本人の技量による事。そして、それ故に、通常のリンカーより強力である事」
「意思が・・・あ」
そこでエルリィは思い出す。
あの時、聞こえてきた聞いたことのない声は、篝の持つリコレクトリンカーから発せられていたのだ。
「その通りです。篝さんは、ラーズを含めた五つのリコレクトリンカーを持っています」
そのエルリィの反応を察してか、ラーズがそう明かして見せる。
「最もリコレクトリンカーを二つ以上持てるのなんて、後にも先にも篝さんだけですけどね」
と、ルクスがそう付け加えるが、エルリィはその意味を理解しきれていなかった。
「かなり脱線してしまいましたね」
ラーズが咳払い一つを挟んで、話を戻す。
「災律武装の話に戻りましょう。災律武装を作るには、三つの素材が必要なんです。まず、先ほども言ったように、リンカーの元となる『ブランクリンカー』。これは、災律武装の外装部分、つまり見た目になります。二つ目は『黒匣』と呼ばれる超高密度のエーテルで構成された立方体の物質。これは、戦姫の持つエーテルを供給する器官『コアソウル』とほぼ同質のものであるとされており、そこから滲み出すエーテルは、それだけで戦姫数百人分と言われています。これは、災律武装の動力部分となります。そして、最後に一つ、災律武装の能力を決定する『コード』です」
「コード・・・?そういえば、リコレクトリンカーにもコードはあるんですか?」
「リコレクトリンカーは、リンカー内部にコードと似たものがあります。ラーズたちの場合は、リコレクトリンカーの能力を『リコレクトスキル』と称されています。ただし、災律武装の場合は全く違います」
ふと、ラーズの声が低くなった気がした。
否、気の所為ではない。表情が険しくなっていた。
「災律武装の最後の素材。それは、とある戦姫のコードです」
「戦姫の、コード・・・?どういう意味ですか?」
「災律武装とは、実は、とある戦姫にあるコードをもとにして作られた武器なんです」
ラーズは、目を伏せ、そして少しの間をおいて、その言葉を告げる。
「一人の戦姫の体から、コードが存在する身体部位ごと抜き取り、それを黒匣と繋げ、白いエーテル結晶と結合させたもの。それが『災律武装』と呼ばれるエーテル武装なんです」
「・・・・!?」
その言葉を聞いて、エルリィの背筋は凍った。
「それって・・・災律武装は、元々、その人の・・・」
「ええ、災律武装は、その人の手足そのものなんです。中には、眼球と心臓をもとに作られたものもあります。まさに、道徳を無視して作られた、最低最悪の兵器です」
ラーズの声には、心なしか怒りが滲んでいるように感じた。
そうして、少し、間が開いたが、すぐに落ち着きを取り戻した様子のラーズは話を続けた。
「そういう訳で、ラーズたちは、災律武装を回収、もしくは破壊しなければならないんです。彼女の武器を、殺戮に使わせない為に」
「・・・・」
(そういう、事だったんだ・・・)
あの時、篝がペネトに詰め寄ったのは、災律武装の在り処を聞き出す為だった。
だから、あれほどまでに『怒り』を滲ませて、ペネトが死んだ時、『落胆』していた。
折角の手がかりが、消えてしまったから。
「どうして・・・」
だから、エルリィはその理由が知りたくなった。
「どうして、災律武装を探すんですか?」
「・・・・」
その言葉に、ラーズは篝の言葉を代弁するように、
「約束だからです」
それだけを告げた。