迫るその時
―――カルスルエから帰還してはや数日。
朝、けたたましいサイレンの音と共に、彼らは起きる。
しかし、篝はその前に起きる。
「おはようございます、篝さん」
『おはよー篝』
『おはよう!』
『おはよう』
『おっはよ~』
「おう、おはよう、皆」
傍に置いていたリンカーたちを手に取り、篝は身支度を始める。
冷たい水で顔を洗い眠気を飛ばし、コーヒーメーカーで作ったコーヒーを一杯飲みながら、タブレット端末でここ最近の情報に目を通す。
その間に、ラーズが衣服の用意をし、コーヒーを飲み終わった篝がそれを着る。
准将とはいえ、帝国将校らしい軍服の袖に腕を通し、軍帽を被る。
「さぁて、今日も始めるか」
遅れて、サイレンが鳴り響く中で、篝は扉を開けた。
朝食は『竜殺しの刃』本部の食堂でとる。
篝の食事には必ず炭水化物が伴う。今日はパン。ふわっふわのパンだ。
「おっす」
「おはようございます」
そこへやってくるのは灰鉄小隊の剣太郎とルクスだ。
「おう」
「今日も早いな。どうやったらそんな早く起きれるんだ?」
「規則正しい生活の賜物だ」
『学生の時はラーズに起こしてもらってたくせに、ぷぷぷ』
「飼育小屋にぶち込んでもいいか?」
『ごめんなさい食道体験はもうたくさんです!』
「何をしたんですか・・・?」
いつもの漫才を終えて、篝たちは食事を楽しむ。
「そういえばこの間の災律武装、今どうなっていますか?」
「報告だと起動状態になりかけて保管装置が溶けたそうだ。下手に触れないから、しばらくは待機状態で様子を見るそうだ」
「あれ、後ろの奴に近付いただけで火傷しかけたからなぁ・・・シモンほどじゃねえけど俺も耐火能力あるから焼けなかったけど、ありゃそういうのが無いやつは近付かない方がいいぞ」
「みたいだな」
「一人の少女から生み出された武器・・・どれも強力な分、反動も大きそうですね」
「だが全て回収する」
篝は決意の籠った声音で告げる。
「アリスの為に、あんなものを残しておくわけにはいかない」
篝の決意は固い。それを剣太郎とルクスは肌で感じ取る。
そんな重い雰囲気を放つ篝だが、突如としてふわりと慣れた匂いと共に、赤髪の魔女がそっと篝に背中から抱き着く。
「眉間にしわが寄ってるわよ。愛しの悪魔さま」
「・・・エレン」
悪戯っ子のような笑顔で、エレンは篝に擦り寄る。
「おはよう、篝。朝から不機嫌になってると、今日の幸運が逃げてしまうわよ」
「全く・・・今日は三つ編みか」
「ええ。可愛いでしょう?」
「ああ、良く似合ってる」
「んふふ」
エレンは満足そうに笑い、自分のトレーをもって篝の隣に座る。
「相変わらず仲いいなお前ら」
「ふふ、恋人ですもの。喧嘩しても一緒にいたいと思うのは当然でしょう」
「お前らって、喧嘩するのか?」
「さあ?私愛されてたし」
「些細な事ですることはあるな」
「例えば?」
「「コーヒーに合う甘いものならドーナツかカップケーキどちらか論争」」
「本当に下らねえ・・・」
剣太郎は呆れる他なかった。しかし、その程度の喧嘩で済む二人の様子は、仲の良い夫婦のようにも見える。
「そろそろ他の奴らが来る頃だな」
時間を見て、篝は立ち上がる。
「もう行くのか?」
「ああ、お前らも訓練、怠るなよ」
「了解です」
「篝、お互い、頑張りましょう」
「ああ」
エレンからの励ましの言葉を受け取り、篝はラーズと共に、食堂を後にした。
団長執務室にて。
「さて、今年の入団希望者はっと・・・」
執務室に入り、篝は積まれた書類の一部を手に取る。
「先ほど、ゴライアスで目を通しましたが、やはりアリスさんが第一志望としてこちらを希望しています」
「それに加えて、あの時の臨時小隊メンバー全員がこっちをご指名か。好かれたものだな・・・いや、どちらかと言うとエレンの方か?」
「有能な人材が集まってくれるのはありがたい事です。戦力の増強に繋がります」
「まあ、数は揃えておきたいからな。あとは徹底してふるいにかけるか」
「大変になりそうですね」
そのまま、ラーズの手伝いの元、篝は書類仕事を進めていく。
しばらくすると、ロキシーがやってくる。
「失礼します」
「ロキシーか。どうした?」
「諜報部から隣国との情報が入ってきましたので、お目通りを」
「それだけじゃないだろ。いつもだったらトトやレルが来るんだし」
「はい。今年の入団希望者についてです」
「聞こう」
そこで篝はロキシーから話を聞く。
ある程度の軽い議論を行い、今現在必要な人材は誰か、という形でまとめる。
「では、そういう方針でまとめておきます」
「ああ、頼んだ」
続けて篝は受け取った隣国の情勢について確認する。
「北の連合国に動きはなく、東の王国は国王が危篤状態、皇国は・・・軍艦を建造中?マジか」
皇国は海に囲まれた巨大な島国だ。故に、船の製造技術は世界随一だ。
そんな国が新たな軍艦を建造している。気になるのはその用途。
「こちらに攻め入るためか、国防強化の為か、その辺りは未だ調査中とのことです」
「十中八九・・・と言いたいところだが、アクトレスがどう関わってんのか分かんねえからな。それで問題は―――」
「はい、合衆国に世界中の戦姫が集まっています」
このタイミングで戦姫を集めている。一体、どういった目的でそれをやっているのか。
その理由は想像に難くない。
「仕掛けてくるかもしれません」
「ああ、必ずな」
篝は立ち上がる。そのまま窓へと向かい、外を見る。
「やれやれ、少しは休めると思ったが・・・」
「それが許される立場ではありません。ここにいる全員、その為に・・・貴方の為に戦う事を選んでいるのですから」
「やめろやめろ。俺なんかの為に命張るな。張るなら自分の為に命張れ」
「ならば、そうなれるよう示してください。火をつけたのは貴方なんですから」
篝は窓ガラスに触れて、外の訓練場で死に物狂いで訓練する兵士たちの姿を眺める。
「・・・出るか」
篝は踵を返して執務室の出入口へと向かう。
「たまには新入りいびりでもしてくるか」
「再起不能にはしないでくださいね」
「分かっている。ラーズ、行くぞ」
「はい、ではロキシーさん、戦略の方は任せましたよ」
「ええ」
篝は執務室を出ていく。
その様子を見送り、ロキシーは窓の方を見る。
「みんな、貴方に救われた。だからその恩を、何十倍にしてでも返したいんですよ」
一方、訓練場にて。
「かひゅー・・・かひゅー・・・かひゅー・・・」
「ぜぇー・・・ぜぇー・・・ぜぇー・・・」
エルリィ、リーシャ両名、疲労困憊にして満身創痍。
相手はエレン一人。
(クソッ、ただでさえ強いのに、そこにコードスキルが加わるだけでこんなに理不尽になるの!?)
エレンの周囲には黒いもやのようなもの―――無数の灰がただよっている。
「このぉ!」
リーシャは結晶の短刀を無数に作り出し、それを投擲する。しかし、その短剣は全てエレンに到達する前にあらぬ方向に弾かれる。
(目くらましにもならない!?)
直後、バン!という音が聞こえたかと思えば、エレンの蹴りがリーシャの腹に突き刺さっていた。
「ぐぇ・・・!?」
そしてそのまま吹っ飛び、土煙を巻き上げながら地面を転がる。
「げほっ・・・ごほっ・・・!?」
「全く、コードスキル使った途端にどっちもあっさり倒れちゃうだなんて、まだまだ修行が足りないんじゃないの?」
「ぐぞっ・・・」
エルリィはコードスキルを使われた途端、エレンの猛攻に晒されて早々にダウン。リーシャもコードスキルで牽制されて近付ける、結果エルリィがやられるのを見ている事しか出来なかった。
(本当に、自信を無くす・・・!)
ここにいる幹部級の敵は、全員怪物だという事を。
(この間は鉄屑相手にも負けたし・・・!)
この間はエイオス『ストライクゲニウス』を相手に、『傍付き』と呼ばれる戦姫を伴わない一対一でボロ負けしたばかり。
バリアを張って攻撃全部無効化して遠距離から散々攻撃されてメタられたのだ。とてもではないが悔し過ぎる。
(次は絶対スクラップにしてやるっ・・・!)
という決意をしてみせるが、エレンの蹴りが思ったより重かったのか立ち上がれない。
その様子を、流石にドン引きと言った様子で見る周囲のギャラリーたちがいた。
「エレン」
しかし、その様子もその声一つで一気にひっくり返る。
「あら、篝」
「交代だ。こっからは俺が相手をする」
篝が、この訓練の場に顔を出していた。
「がひゅっ・・・か、かがりさん・・・!?」
「ごほっ・・・なんで、いるのよ」
「何、少しでも上等になってもらわないと困るからな」
篝が、リンカーを起動する。選択したのはラーズグリーズ。
「たっぷり火にくべられただろ。叩きまくって鍛えてやる」
自身の流派、戦乙女流の構えを取り、倒れ伏す二人に篝はそう告げた。
それに対して、どうにか立ち上がった二人はそれぞれの得物を握り締めて篝と対峙する。
「篝さんが直々に相手をしてくれる・・・これほどありがたい事はない・・・!」
「いいわ。相手してもらおうじゃないの。土つけられても文句は言わないでちょうだい」
「土つけるぐらいじゃないと困る」
終穹の光が輝く。結晶が光に煌めく。その輝きを前に、篝はふっと笑みを浮かべる。
「来い」
「「うおぉおおおぉおおおおぉおお!!!」」
雄叫びと共に、篝とエルリィ、そしてリーシャが激突する―――。
一方そのころ。
「たのしそーだな」
「どこがだよ」
建物の屋上から、灰鉄小隊の面々が篝にしこたま殴られるエルリィとリーシャを眺めていた。
「猫パンチ、だっけ?あれ、確か相手を派手にぶっ飛ばすだけでダメージとかほとんどないんだっけか?」
「ええ。『殴る』というより『押す』感じらしいです。それでもあれほど吹っ飛ぶのは少しおかしい気がしますが」
「あ、今の良いのは言ったっぽくね?」
「おい」
剣太郎、ルクス、セドリックの三人が仲良く談笑している傍らで、シモンが額に青筋を浮かべながら叫ぶ。
「手伝う気ねえなら今すぐ屋上から降りろォ!!!」
その傍らに、洗濯籠を置いて。
屋上には、これまた真っ白なシーツが一面に干されていた。
「んな固い事いうなよシモン。ここ太陽が気持ちいいんだからさ」
「洗濯担当は今日オレたちだぞ・・・!それなのになんでテメェらそんなにのんびりしてられるんだァ!?」
「だって自分の分終わってるし」
「だったらすぐに訓練にでも行けやァ!?あ」
怒り狂っていたシモンが唐突に驚いたように目を開いた。その時、丁度全員がこちらを向いていた為に気付かなかったが、振り返ってみれば、見事に宙を舞っているエルリィの姿があった。
「うわぁ・・・」
「・・・あ、リーシャさんも飛んだ」
ちなみにだが、エルリィは終穹の突進した所を下に潜り込んだ篝の『猫パンチ』で吹っ飛び、リーシャは戦乙女流の投げ技『地切飛ばし』でぶん投げられている。
「・・・合衆国で不審が動きがあるという情報がありました」
「じゃあそろそろか」
「いつ頃になるか分かりませんが、おそらく、仕掛けてくるでしょう」
ルクスが、無意識に拳を握り締める。
「ついに、始まるのですね」
「元からそういうつもりだったろ。徹底的に、暴れ倒してやるさ」
肌で感じる、『それ』が迫る事への緊迫感。
全員が、それを感じ取っている。だから、死の物狂いで備えている。
ロキシーは廊下を歩きながら、誰に言うでもなく呟く。
「この戦い、何があっても負けるわけにはいきません」
戦いの時は、既に目の前まで迫っている。




