顛末
「―――娘が迷惑をかけたわね」
「いや、こちらこそ、危険な目に合わせてすまない」
「軍人になると決めた以上、その辺りは割り切るわ」
改めて、大将『ディーナ・シグルディング』が篝と挨拶を交わす。
「きゅう・・・」
「あ、アリスー!?」
アリスは散々抱き締められたのか、完全に気絶していた。そんなアリスをエルリィとトモエが介抱する。
(あんなおっぱいに顔面押し付けられたらそれは窒息するわね)
そんなアリスを見てリーシャは戦慄を隠せなかった。
「そちらはもう終わったんですか?」
「ええ。貴方たちがここで動いてくれたお陰で、こっちも順調に事が進んだわ。後程、陛下から褒章がもらえるでしょうね」
「こんな事で褒章を貰ってもなぁ・・・」
篝は頭を掻いて空を仰ぐ。
その様子にディーナは姿勢と表情を崩さぬまま、ふと視線をエルリィとリーシャの方へ向ける。
「それにしても、入団式はまだだったと思うのだけれど、そこの二人は新入りかしら?」
「ああ。ついでにアリスが初めて指揮した部隊の奴らだ。実力は保証する」
「・・・・」
じっと、アリスの看病をするエルリィと、見られてたじろぐリーシャをディーナはしばらく見つめる。
数秒、そうしていると不意に目を閉じて、再び篝の方を向く。
「このまま救助活動を続けなさい。しばらくすれば中央軍が来ると思うから、来たら引き継ぎを行い、本部に帰還を。怪我人がいる場合は、度合いによって輸送するかを段取りしておいて」
「了解」
篝に指示を出すと、ディーナはその場で振り返り、自分が連れてきた兵士や戦姫たちにも指示を出す。
「貴方たちも、行動を始めなさい」
「「「はっ!」」」
瞬く間に動く、ディーナの部下たち。
「ロキシーの所に案内して。ことの顛末を聞かせなさい」
「了解。そういう訳だ。お前らはゆっくり休んでくれ」
そうして、篝とディーナはその場を離れていく。
その様子を眺めるのは、士官学校の訓練兵たちだった。
「・・・今更来て何様のつもりだ」
「やめておけ」
一人が呟いた言葉を、戻ってきたゴードンが窘める。
「教官・・・」
「しかし、あいつら終わってから来て・・・」
「士官になりたいのなら情報収集の一つでもこなせ」
ゴードンは愚痴を零した訓練兵に拳骨を入れる。
「いだっ!?」
「俺たちがここで縮こまっている間にあいつらもきっちりやる事をやっていたんだ」
一方そのころ。
ミシェーラ・スレッドは休憩しているのか人気のない場所にいた。
しかし、その様子はどこかそわそわとしていた。
「別動隊なら来ないわよ」
「っ!?」
声をかけられ、振り返ればそこにいたのはエレンだった。
「エレン・スタジア・・・!?」
「貴方のことは分かってるわよ。『アクトレス』からの援軍なら、すでにその所在が見つかって、既に叩かれてるわ」
「っ!?」
ミシェーラの顔が強張る。
「ふふ、良い表情ね。もしこの別動隊がちゃんと仕事してたら、貴方の顔はどうなったのかしら?」
「っ・・・」
ミシェーラが閉じた口の中で歯を食いしばる。
その様子が面白いのかエレンは笑みを一層深める。
「哀れね。『執行者』にされたから組織に貢献することも出来ず、始末もされないまま望まぬ日々を過ごす。自害も自分を死へと誘導される事も許されない。一体、どれほどのことをすればここまで酷い事になるのかしらねぇ」
「ぐっ・・・」
「あ、大丈夫よ喋って。それにしても便利よね『皇帝権限』。定められたルールの範囲内ならなんでも出来るんだから」
「・・・どこが便利なんだっ」
ミシェーラは今まで崩す事の無かった表情を崩し、憎しみに歪んだ顔になる。
「貴様らの勝手な都合で、この国の平和は破壊された!一体どれほどの人間がお前たちの起こした戦火のせいで死んだ!?その上、こんな力で人の意思を抑えつけるやり方・・・お前たちがやっている事は人々を抑えつける圧政と同じだ!こんな事は長くは続かない!必ず瓦解して後悔する事になるぞ!」
「後悔はしないわ」
ミシェーラの言葉を、エレンは真向から否定した。
「それに、貴方正義の味方ぶってるけど、男も女も関係なく、大勢の人間が死んだこの事件に対して、どう思ってるのかしら?」
「それは・・・・」
ミシェーラの言葉が詰まる。それをエレンは愉快そうに嘲笑う。
「その辺りで男の所為と言わないなんて、貴方も随分と染まってきてるわね」
「っ!?そんな事は・・・」
「それが答えよ。きっと『ありがとう』の一言でも貰ったのかしら?もう戻れないわね。せいぜい、かつての仲間に命を狙われる事に怯えながら生きてなさい」
「く・・・・ぁ・・・・」
狼狽えるミシェーラをひとしきり嘲笑って、エレンは踵を返す。
「それじゃあ、引き続き治療を頼むわね、元アクトレスのミシェーラ・スレッドさん」
立ち去っていくエレンの後ろ姿を見て、ミシェーラは糸の切れた人形のようにその場に跪いた。
「そんな筈は、ない・・・私は・・・・」
その場に取り残されたのか、一人縮こまる女性だけだった。
「・・・・ん?」
救助活動に当たっていたルクスが、エレンの姿を見つける。
「エレンさん、篝さんの傍にいなくていいのですか?」
「あら、貴方は手を止めていて大丈夫?今回そんなに活躍出来なかったそうじゃない」
「う、うるさいですね!今回は出番が無かっただけです!」
「オイゴラァ!!!そこの〈王国スラング〉共ォ!ジャレてねえでさっさとこっち手伝えやァ!!!」
シモンの怒号が響く。
「い、今行きます!エレンさんはこれからどちらに?」
「野戦病院に行くわ。少しは役に立てると思う。自分に出来る事をしないとね」
「篝さんの為ですか?」
「ええ。もちろん」
エレンは少し寂しそうな笑みを浮かべる。
「愛してるもの。だから、篝の背負ってるものは全て背負ってあげたい」
そう、呟いたエレンは、すぐに表情を切り替え、いつもの含みのある笑みを浮かべて手を振って立ち去る。
「それじゃあ、そっちも頑張りなさい。いいわね、後釜ちゃん」
「せめて後輩と言ってください!」
立ち去っていくエレンの背中を見送って、ルクスは作業に戻る。
(私や剣太郎さんたちは、革命の途中で『竜殺しの刃』に入った比較的な新参者。古参メンバーは全員、篝さんと同じプトレマイオス出身の生徒たちばかり。ただ、『竜殺しの刃』の発足には、ある事件が関わっている)
「瓦礫どかします!」
崩れた建物瓦礫をどかしながら、ルクスは思考の海に沈んでいく。
(私たちは聞いただけだけれど、その『事件』は、『竜殺しの刃』古参メンバーにとっては決して忘れられない、『決戦』の記憶・・・)
ルクスは、その時の彼らの表情を忘れる事はない。
「『滅竜の火』・・・彼らの『火』が点いた日・・・か」
破壊された街の空は残酷なまでに青かった。
そうしているうちに、帝都から中央軍が到着した。
救助活動は順調に進み、洗脳されていた人々も生存していた者たちは全員保護する事が出来た。
ただ、既に死んでしまっているものたちは―――
「お疲れ様です、篝団長」
中央軍を引き連れてきたのは、シスター服を想起させる制服を着た銀髪の女性。
「久しぶりだな、ウズ」
「お久しぶりです、ウズさん」
出迎えた篝とロキシーは旧知の仲のように応じる。それにウズと呼ばれた女性はくすくすと笑みを零す。
「ご健勝でなりよりです。こちらは充実していましたが、そちらはどうでしたでしょうか」
「相も変わらずロキシーが書類仕事に忙殺されている」
「誰のせいだと・・・!?」
「とりあえず、引継ぎは任せていいか?」
「ええ、お任せください。皇帝陛下の名に懸けて、この街の復興に全力を込めさせていただきます」
左手を胸に、右手でスカートをつまみ、篝に向かってお辞儀をするウズ。
「我ら、『竜殺しの刃』の部隊が一つ『キルヒェフッド』、皆さまの無事のご帰還をお祈りしております」
「これでお別れだな」
帰還準備の最中で、エルリィ、リーシャ、トモエ、ブリーズ、そしてアリスの五人は喧騒の中で顔を合わせていた。
「頼りにならない隊長だったわね」
「あはは・・・」
リーシャの辛辣な物言いに、エルリィは苦笑いをするしかなかった。
「そんな事はないわ」
それをアリスが首を振って否定する。
「貴方は自分に自信がないだけ。実力も度胸もちゃんとある。なら、あとは自信をつけるだけ。だから頑張って。エルリィなら、きっと良い隊長になれる」
「アリス・・・」
「私は必ず『竜殺しの刃』に入る。その時、また貴方と共に戦えるなら、その時はより完璧な指揮で貴方を支える事を誓うわ。『氷撃』のディーナの娘の名に懸けて」
「・・・お母さんの事、大好きなんだな」
「うん!」
その花の咲くような笑顔に、エルリィは少し寂しそうな笑顔を浮かべた。
(うらやましいな・・・)
「こ、こほん!」
そこでトモエがわざとらしく咳払いをする。
「わ、私たちのことも忘れないで欲しい」
「あ、ごめんなさい。貴方たちもありがとう。よければ、これからも仲良くしてくれると嬉しいわ」
「それは良いが・・・ううん・・・」
「どうした?」
トモエが何か悩むように、腕を組んでいた。
そうしていると、やがて恥ずかしそうにその長い緑髪を弄りながら、
「その、また会えると、嬉しい・・・」
そう言ってきた。
「・・・・」
その様子に呆気にとられるエルリィたち。
「だ、だが、ストームを狙うのだけはやめてくれ!」
「え?狙う?」
「ふふ、大丈夫よ。私には篝さんがいるから」
「あ、そういう意味」
「なんの漫才をしているんだ貴様らは」
トモエが突拍子のない事を言い出し、エルリィが首を傾げ、アリスが面白そうに笑みを零し、ブリーズがツッコミを入れる。リーシャは呆れたように頭を押さえていた。
「あら、楽しそうね」
「よぉお前ら」
「エレンさん?それに他のみんなも・・・」
「す、ストーム!?」
そこでエレンが、野戦病院にいる筈のストーム、エイミ、スレイの三人を連れてやってくる。
「スレイ!?もう大丈夫なの?」
「怪我人が思いのほか多くてね。ベッドが足りないからって、治癒で止血されて叩き出されたわ」
「まあ、比較的軽傷の部類だから、動けるなら違う場所で安静にしてなさいってことね。ちなみに私はこいつらが無理しないか見るお目付け役」
「損な役回りね」
「慣れてるわ」
リーシャの嫌味も受け流して、エレンは全員を見回した。
「さて、今回の事は貴重な経験になった筈よ。例え、属する組織が分かれようとも、この時の経験は必ずどこかで活きる。これから先、私たちは大きな戦いに身を投じる事になる。その時、貴方たちも力になってくれることを願うわ」
そう言って、エレンは敬礼をもって、感謝を伝える。
「今回はご苦労様。貴方たちの勇気に感謝を」
それに、一同は敬礼をもって返す。
「こちらこそ、少尉の助力に感謝します」
「ふふ、出来れば貴方たち全員が『竜殺しの刃』に来てくれることを願っているわ」
こうして、カルスルエ暴動鎮圧作戦は完了した。
『竜殺しの刃』及びディーナ軍はカルスルエの状況を中央軍に引継ぎ、再び国境警備の任に戻っていく。
アリスたち生き残った士官学校生や教官は、別の士官学校へと転入する事となり、数か月後、卒業をもって部隊配属が決まる。
そして、今回の事件で使われた『炎の剣』―――名を災律武装『万象灰燼』は、主を失って待機状態となったのか、大剣からショートソードくらいのサイズに戻っており、篝が作った専用の格納ケースに収納し、一時『竜殺しの刃』で保管・研究することとなった。
ヘリの窓から見えるカルスルエが遠くなるのを篝は静かに眺める。
(災律武装の一つが手に入ったのは偶然とはいえ一番の収穫と言えるだろう。今後、あれをどうするかはしばらく帝都の方で議論されるだろうが・・・・)
篝は視線を、ある一報へと向ける。
そこには、互いにもたれかかり合いながら、小さく寝息を立てるエルリィとリーシャの姿があった。
「・・・・」
(今は、無事に帰れることを喜んでおこう)
そうして篝も、目を閉じた。




