終穹・応龍
―――炎が燃え盛る。
「ぐっ・・・!?」
振りかかる熱風に、エネルヒィの乾いた肌がじりじりと焦がされる。
燃える。燃える。燃える。エネルヒィの育てる植物全てが、焼き払われる。
「なんですか、その炎は・・・!?」
その炎を操るのは、黒い粉のようなものを操る能力の筈のエレン・スタジアだった。
「良い機会だから教えてあげるわ。私をコードスキルを『灰』という形で使っている。だけど、本質はそこじゃない。私のコードスキルは灰に至るまでの『過程』。火種があり、薪があり、火が燃え、熱を放つ。そして最後に残る灰に至るまで。全ての火の『過程』を内包するもの。それが私の『炉』のコードスキル」
炎が吹き荒れる。
それに呼応してか、エレンの紅い髪も、ごうごうと光り輝いている。
「しかし、生木はそう簡単に燃やせないでしょう・・・!」
そのエレンに向かって、樹木が槍となってエレンに襲い掛かる。
「貴方、素人でしょう?」
「!?」
しかし、その樹木は全て、篝の振るうメイスによって砕かれる。
「くっ!?」
「さあ、どんどん燃やすわよ!」
しかし、エネルヒィはほくそ笑む。
「ならば、枯木を利用するとしましょう!」
突如として葉や砕けた枝が一気に枯れていく。内部の水分を失った事で、簡単に着火するようになった木々が、エレンの炎を纏い始める。
火がついたことで、勢いを増した木々が、篝たちではなく、エルリィや倒れているスレイ達に向かって放たれようとした。―――ところで、
「だろうな」
しかし、篝がグレネードランチャーを作り、そこから放たれた弾頭が一気に炎を掻き消していく。
「これは―――」
「以前、クロスライズで作った冷凍弾を複製した」
火の勢いが弱まる。
「しかし!」
だが、エネルヒィは構わず新たな樹木を伸ばす。そしてそれを再び槍のように尖らせると、それを一気に矢のように射出する。
だが、その前に篝は背後にいるトモエに目配せをする。
それにトモエは思わず身構える。
「躱せ」
放たれた枝の矢を、篝とエレンは躱す。その矢はそのまま、一気にトモエの方へと飛来する。
「ぐっ!?」
それを、トモエが盾と体で防ぐ。
枝の矢は、彼女の身体を傷つける事なく弾き飛ばされる。
「なっ!?」
「さあ、よそ見してると見逃すわよ」
「見えてる気になってる老害風情が、さっさと土に帰れ」
篝とエレンが攻め上がり、その武器をもってエネルヒィに襲い掛かる。
その一方、トモエの背後では。
「ぐ・・ぐぎ・・・!」
「くぅ・・・!」
エルリィの持つリコレクトリンカー『終穹』に、エーテルを注ぎ込むエルリィとリーシャ。
(なんなのよ、これ・・・!?)
だが、その終穹の異常さに、リーシャは舌を巻いていた。
というのも、終穹は、想像以上にこちらのエーテルを喰ってくるのだ。
(気を抜けば、終穹に体中のエーテルが持っていかれる・・・!こいつ、こんだけエーテル喰われておいて、なんでエーテルが枯渇しないのよ・・・!?)
今は、なんとか自身のエーテルを操作して、エルリィのエーテルの流出量を調整しているが、それでも油断すればリーシャの方のエーテルを喰われかねない。
(こっちもエーテルを注ぎ込めばいいと思ってたけど、このクソリンカー、なんて燃費の悪い・・・!)
「リーシャ、大丈夫か?」
エルリィが、リーシャを心配そうに見る。
「・・・バカにしないで。そもそもあんた、もうちょっと気合い入れてエーテル注ぎなさいよ」
「その、今まで、なんとなく意識すれば力を引き出せていたから、あんまりきにしていなくて・・・それに、エーテルをまともに使ったことが無かったからよくわかんなくて・・・」
「あんたそれで良く今まで生きてこれたわね!?」
「仕方ないだろう誰も教えてくれなかったんだから!」
「喧嘩している場合か!?」
喧嘩していたらトモエからツッコミが入ってしまった。
「あーもう、仕方ないわね!いい?良く聞いて」
リーシャは、終穹を握っていた手をエルリィの手と重ねる。
「エーテルってのは全身を巡る川の水みたいなものよ。エーテルは常に血管を流れる血のように巡り続けている。だけど、血液と違うのは、私たち戦姫はそれを知覚し、操れるという事。手っ取り早いのは目を閉じて、なんとなくでいい、イメージする事よ。イメージの通りに体内のエーテルを操って、こいつに注ぎ込むの。良い、やって、今すぐ!」
「わ、分かった・・・」
言われるがままに、エルリィは目を閉じて、自身の体内に意識を向ける。
リーシャは、エーテルとは体内を流れる川の水のようなものと言った。であるならば、そうイメージするしかない。
イメージによって、体内にあるエーテルの流れを掴む。
(・・・・・それが出来たら苦労はしないんだけどなぁ)
エルリィは絶望的にセンスが無かった。
自分の体内にあるエーテルの流れどころかエーテルそのものを知覚出来ていないのだ。
「ぐ・・・・ぐぐ・・・・」
「・・・・・」
(早くしなさいよ!)
リーシャはリーシャでそれを察したのかかなり苛立っていた。
(こ、ここまでセンスが無かったなんて・・・)
傍で見守っていたアリスはあんぐりと口を開ける事しか出来なかった。
「・・・・ねえちょっと!」
「え、あ、何!?」
「なんかないの!?戦姫になれなくても何か家族とかに話し聞いてない!?」
「え、えーっと・・・」
リーシャに話しを振られて、頭を捻るアリス。
数秒考えて、アリスはリーシャを気遣うような表情を浮かべた。
「何よ!?」
「剣太郎さんから聞いた話なんだけど、その、絶対に嫌がると思う・・・・」
「何よ嫌がる話って・・・」
「・・・・その、ある方法を使って、二人の戦姫のエーテルを循環させて、体内でのエーテルの流れを掴ませるやり方があるらしくて・・・」
「その方法って!?・・・なんで顔赤くしてるの?」
いつの間にか、アリスの顔が真っ赤に染まっていた。
「・・・・その、えっと・・・す・・・さ・・・し・・・・」
「・・・・・?」
凄まじい戦闘音が響いてくる。
「なんでもいいから早くしてくれ!」
「・・・・・」
トモエがそう叫んで、アリスは顔をりんごのように真っ赤に染めて、
「・・・・セッ〇ス」
「「」」
全員が黙った。尚エルリィは集中していて聞いていない。
「・・・・別の方法を考えましょう」
エネルヒィの猛攻は続いている。それを篝とエレンは見事に捌き、撃ち漏らした攻撃はトモエが盾と体で防ぐ。
「くっ、なんでもいいが、このまま長引くのは拙い!本当に他に方法は無いのか!?」
この状況において、アリスは打開策が一つ思いついていた。
だが、今、それが出来る人間は気絶してしまっている。その上、ダメージも大きい。
(このままエルリィが時間がかかるようなら・・・)
「・・・ったく、仕方が無いわね」
「!?」
聞き覚えのある声に、アリスは目を見開いて、そちらを見た。
「おい!安静にしろ!」
そこには、ふらふらと立ち上がるスレイの姿があった。
「スレイ!?怪我は?」
「全身痛いわよ」
「当然だ。あの猛攻を受けて無事でいる方がおかしい」
無理をして立ち上がろうとするスレイをブリーズが抑える。
「安心して。私のコードスキルなら、あの情けない隊長を助けることぐらい出来るわ」
「今助けが必要なのはお前だろうに・・・」
アリスは息も絶え絶えなスレイに、やるせない気持ちになる。しかし、すぐに切り替えたアリスが、スレイの前に膝をついた。
「・・・頼めるか?」
「・・・当然」
スレイの左手に光のラインが走る。
「私のコードスキルは、自身のエーテルをチップにコインを作り出し、そのコインで相手の能力を『買い』、強化する」
そうして生まれた、三枚のコインが、スレイの掌に生み出される。
『アルスターコイン』
「三枚・・・無理をする・・・!」
その三枚のコインを、まとめて指で弾いて、エルリィへと投げる。
そのコイン三枚がエルリィに当たると、すぅ、とその体の中に入っていく。
「アンタの能力を買ったわ。エーテルの放出量を三倍にした」
終穹の刀身が、朝焼けのように赤く輝き出す。
「しくじったら、殺してやる」
「っ!?スレイ!」
限界が来たのか、スレイが倒れる。
「無茶をする・・・!」
「ありがとう・・・リーシャ、制御は!?」
「強くし過ぎよ!」
「ぐ・・ぎぎ・・・!」
赤い刀身の輝きが強くなる。
「な、なにが・・・・」
「集中して!後で説明する!」
何が起きたのか分かっていないエルリィに、リーシャが叱咤する。
「貴方はエーテルを注ぎ込み続けることだけに集中して!私が制御する!全く、世話の焼ける隊長ね!」
「ぐっ・・・ありがとう」
「礼は後!狙いを定めて!」
エルリィは視線をエネルヒィの方へ向ける。
そこでは、未だに篝とエレンが、炎を纏い、鉄を振るいながら踊り、襲い掛かる樹木を防ぎ切っていた。
しかし、
「麦が育つ!」
篝がそう叫んだ。
「ディア・ヴァイツェンね、急いで!」
足元を見れば、焼き払われた麦の隙間から、新たな苗がその姿を現していた。
(さっきのがもう一度来れば・・・・)
「くっ、リーシャ!」
「まだよ!」
リーシャが汗を滝のように流しながら、終穹を睨みつける。
(このじゃじゃ馬、きっちりと制御されなさいよ)
今は能力を発動していないお陰で何も起きていないが、ほんの少しでも手元が狂えば、暴発しそうなほどに終穹は暴れ出しそうだった。
それを、リーシャのエーテルコントロールでなんとか安定させようと躍起になっているのだ。
だが、それでも終穹は制御できない。
(不味い、このまま放てば、確実に暴発する・・・っ!なんなのよこのリンカー!)
そんなリーシャを、エルリィは見ていた。
必死に暴れ出しそうな終穹を抑えて制御しようと頑張っている姿に、エルリィの思考は一瞬巡る。
その一瞬で、エルリィは自分がやれることを考え、そして行動した。
コードスキル発動、終穹を見る。
大量のエーテルを注がれた事で、それに見合った出力を放とうとしているが、それが担い手である自分たちの能力を超えてしまっている。
エーテルを減らすわけにはいかない。これぐらいでなければエネルヒィの防御を突破する事は出来ない。
リーシャは、終穹の能力に作用するエーテルを制御する事で、終穹が暴発しないようにするので精一杯だった。
であるならば、残りの制御は、自分の仕事だ。
「・・・!?」
終穹がいきなり安定した。
今まで暴れ出しそうだった終穹が、いきなり頭を撫でられた猛犬のように大人しくなる。
その異様さに、リーシャは思わずその柄から手を離しそうになる。だが、エルリィの手がそれを抑え、握り直させた。
「!」
エルリィの視線はエネルヒィを向いていた。だが、その声はリーシャに向けられていた。
「・・・頼む」
「・・・ええ」
リーシャは、短く応じた。
エルリィの視線が、僅かに逸れ、篝の視線を交わる。
それを受けた篝は頷く。
「終わりです」
既に、麦は育っている。
あとは、あの全領域を埋め尽くす攻撃が放たれるだけ―――
一手、篝がエレンと顕現させたラーズをブリーズたちの下へ投げる。
二手、ラーズが地面に手を付き、コンマ一秒以下で術式陣を構築。
三手、エレンが膝をついて祈る。
ここで、『ディア・ヴァイツェン』発動。
直前、ラーズがゴライアスの潜伏状態を解除。バリアを展開し、ディア・ヴァイツェンを防ぐ。
「『いと慈悲深き我が主よ。大地の礎をもって、我らに存護の天楯を齎し給え。其は汝が子』!」
三秒。バリアが破られる直前、エレンが術式を発動。展開されるのは天球状の障壁。
それと同時に、コードスキルで炎を迸らせ、襲い掛かる麦を焼いて威力を減らしていく。
「・・・頼んだわよ」
ディア・ヴァイツェンは発動した。
育ち切った麦の穂をもって、領域内にいる全てを薙ぎ払い、切り刻むエネルヒィの切り札。
これを発動した時、エネルヒィの勝利は揺るぎないものとなる。
「これをもって、帰還の一歩としよう」
その黄金の光景を前に、エネルヒィは勝ち誇る。
だが、それが命取りとなった。
「「―――――ぁぁぁぁああぁああああああ!!!」」
絶叫。
破壊の嵐の中を突き進む龍のように、赤い軌跡と煌めく欠片を以て、突撃してくる二人の戦姫が、エネルヒィの眼前に現れた。
「―――な」
その一撃がエネルヒィを守っていた樹木を穿ち、その心臓を貫いた。
『終穹・応龍』
「私のコードスキルで邪魔する全てを排除し」
「終穹で目標を貫く。お前の負けだ。決戦は着いた!」
エネルヒィが血を吐く。
「ごはっ・・・なるほど、あえて、私のディア・ヴァイツェンを目隠しに麦の嵐の中を突っ切ってくるとは・・・その勇気、ぜひとも正しき世界の為に使っていただきたかった・・・」
「それは・・・!」
「しかし、それが叶わぬというのなら、貴方たちはこれから先の未来に存在してはならない者たちです」
エネルヒィのすぐ傍の樹木が蠢いた。その枝矢の切っ先が、エルリィとリーシャの額へ向けられる。
「死になさい、今、ここで―――」
その言葉が最後まで続くことは無かった。突如として飛来してきたナイフが、エネルヒィの喉に突き刺さったのだ。
「ご―――!?」
エネルヒィは視線を向ける。
そこには、多少の傷はあれど、平然としている篝がいた。
しかし、目を見張るエネルヒィに対して、篝は背後に向かって親指を向けた。それに従って視線を向ければ、そこにいたのは、なんとか起き上がっているエイミと指をさすストームの姿があった。
「磁力による射出だ。俺が手を下すまでもない」
篝はよろめいて倒れかけたエルリィとリーシャを支える。
「お前はこいつらの獲物だ」
死にかけて、エネルヒィの顔は今までにないほど歪んでいた。
「ぁ・・・あ・・・・!」
何かを言いかけていたが、心臓と喉を潰された以上、もはや数秒の命だった。
臨時小隊、勝利。




