邂逅 激突
―――街が燃えている。
その光景を、エルリィたち臨時小隊の面々は校舎の二階から眺めていた。
「なんだよこれ・・・」
トモエが呆然と呟く。
熱風が窓を割り、火が建物を溶かし、爆炎が街を焼き払う。
その一連の出来事がつい先ほど起こった事だとは思えないほどに、街は炎上していた。
「う・・・ぐぅ・・・・」
そんな状況で、アリスは一人、右手を抑えながら苦悶の表情を浮かべていた。
「おい、大丈夫か?」
「アリス?どうしたの?」
「分からない。だけど、右手が・・・」
それを見ていたエレンは、小さく呟く。
「・・・あるのね、『あれ』が」
エレンは、少し目を閉じて考える。
向こうの方も心配になるが、篝の実力を信じていないわけではない。
今は、彼と『竜殺しの刃』を信じて、進むしかない。
そう思い、エレンが口を開いたその時だった。
「貴方た―――」
「先に進もう」
エルリィが、そう言い出した。
その言葉に、全員の視線がエルリィに集まる。
「この炎がなんなのかは分からない。だけど、私たちに与えられた任務はこの士官学校を調べる事だ。もし、ここに今回の騒動の原因がいるのなら、早くなんとかしないといけない。もしかしたら、この洗脳のせいで、住民の誰もが避難していないかもしれない。だったら、可能性を信じて、目標を叩く事が先決だと思う」
エルリィは拳を握り締め、隊員たちに言う。
「今、出来る事をしよう」
初めて、エルリィは、そうらしい事を言った。
その言葉を聞いた一同は、しばらく呆然としていた。
「・・・・それもそうだな」
それに最初に応じたのはストームだった。
「さっさと原因見つけて、こんな事終わらせよう」
「異論はない。これ以上怪我人が増えるのは見るに堪えない」
ストームの言葉に、ブリーズも賛同する。
「私も特に異論ありません。というか、もとより選択肢などないような立場なので」
エイミが苦笑交じりに応じる。
「わ、私は、ストームが良いなら・・・」
トモエは少しためらいがちに。
「・・・・」
スレイは、アリスの身を案じて。
「アリス、立てるか?」
「ええ」
アリスがすっと立ち上がる。
「アリス、大丈夫なの?」
「大丈夫。いきなりで驚いただけ。この程度、我慢出来るわ」
アリスはそう言って、エルリィの方を見る。
「私も、異論はない」
アリスも、そう応じた。
「あーもう、分かったわよ!ついて行けばいいんでしょ!」
そんなアリスに、スレイが不承不承と言った風に、そう声を荒げて続いた。
「みんな・・・」
「何も終わってないわ」
そんなエルリィに、リーシャが冷淡に言う。
「さっさと元凶を見つけて叩きましょう」
「リーシャ」
「あの人が決めたことよ。私は仕事をするだけ。隊長であるならば隊長らしくしなさい」
リーシャは、淡々と言い、エルリィを呆れた様に見つめる。
「・・・ありがとう」
「あとにして」
「相変わらずだな」
そんな、一同の様子に、エレンは微笑む。
(やっとらしくなってきたわね)
「さあ、そうと決まったらさっさと行きましょうか」
エレンの言葉に、全員が頷く。
「行こう!」
臨時小隊、進撃を再開する。
場面は篝たちの下へと戻る。
「・・・・何が起きたの!?」
屋敷を飛び出し、セラがそう叫んだ。
ゴルドー商会の屋敷は焼けなかった。間一髪、篝がクロスライズしたラーズグリーズの能力で壁を作り、爆炎を防いだのだ。
『ここら一体を焼き尽くすほどの炎がこっちに向かってきて、それを篝が防いだんだ』
篝からアネットがそう説明するも、状況は依然として変わらない。
「誰か外の状況が分かる奴がいるか?」
『今、こっちから視認出来てる』
篝の無線に、剣太郎が応答する。
『場所はカルスルエの北西部。そこからゴルドー商会めがけて炎が走りやがった。見た目からしてコードスキルじゃねえ』
「そこから敵の姿は視認できるか?」
『ああ、出来る。炎に囲まれているが、十一人いるのが見える。あと、剣が一本、何故か地面に突き刺さっているな』
「剣・・・」
確証はない。だが、この威力と状況から察するに、おそらく後、十一発は来る。
「シモンは?」
『もう向かってる・・・っ!?一人剣を持ったぞ!』
『篝さん!』
ラーズが叫ぶ。
「先輩!」
「分かってる!」
「な、なにが起きて・・・・」
「死にたくなければ黙っていろ!」
篝とステラが、壁のある方へと走り、その裏へと立つ。
創った壁は鋼鉄製だが、既に溶けかかっていた。
「この壁はもう持たない。もう一枚作る」
「エーテルは大丈夫なの?」
「出し惜しみすればここにいる奴らが死ぬ!」
「考えてる場合じゃないか・・・!」
篝が地面に手をつき、ステラが両手を前に出す。
『来るぞ!』
剣太郎が叫んだ瞬間、再び空が赤く染まった。
直後、爆炎が直撃し、熱が肌を焦がす。
「うわっち!?」
新たに作った壁と、ステラが吹かせた風による断熱を意に介さず、全てを焼き尽くさんとばかりに放たれた業火は、二度目もまた、篝たちを焼き殺す事は叶わなかった。
「はあ・・・はあ・・・」
「げほっ・・・しっかり熱を逃がした筈なのに・・・」
しかし、かなりの消耗を強いる事には成功した。
「一体、どんな能力なのこれ・・・」
「剣太郎・・・」
『無事かお前ら!?』
「なんとかな。それより、『剣』を使った奴はどうなった?」
篝が尋ねると、剣太郎はためらいがちに言う。
『・・・・消し炭になった』
「消し炭!?」
追いかけてきたセラが、そう声を上げる。
「かなり強力なリコレクトリンカーのようですね」
フェザが、変わらない表情でそう呟く。
「ただのリコレクトリンカーならいいんだが・・・」
篝が汗を垂らしながら立ち上がる。
「剣太郎、近付けるか?」
『今シモン追いかけてる。ってか、熱すぎて近付くの結構難しいんだが!?』
「なんとか近付いて阻止しろ。これ以上撃たせるな」
続けて今度はロキシーに繋げる。
「ロキシー」
『既に住民の避難を急がせるよう通達させています。ヒナさん、ミリアさん、そしてユーゴさんに事態の対処に向かわせています』
「俺も行く」
『確かにこの状況での戦闘に経験がある貴方が向かうのはいいかもしれませんが、貴方は団長です。下手に動かないでください』
「いや、おそらく敵の狙いは軍そのものだ」
『そうでしょうね』
ロキシーは、篝の言葉に驚くことなく応じる。
『軍が動くほどの大事を起こす事で軍を出撃させ、誘い込んでこの炎で仕留める、もしくは数を減らす事が目的だったのでしょう。そうなれば帝国の情勢だけでなく、帝国軍そのものにも打撃を与える事が出来る。考えられた作戦です』
「ついでに言うとそれだけじゃなさそうです」
そこで、ようやく屋敷から出てきたフェザがその姿を現す。
「フェザ?」
「悪い知らせです。どうやら、この街の中心に『でっかい木』が植えられているそうです」
「それって・・・初代が植えた奴じゃ?」
フェザの報告に反応したエレベの言葉に、篝は猛烈な嫌な予感を隠せなかった。
『・・・嘘でしょう』
途端、街の中央かれ凄まじい地響きと共に、巨大な木のようなものが現れた。
「・・・・なぁにあれぇ」
本質的には『樹木』であろうそれは、石畳を巻き込んで成長したのか肩部に瓦礫を背負い、そこから緑の葉を生い茂らせていた。そして何より不気味なのは、肩部の中央にある顔だ。
それは、『樹木』でありながら動物のような挙動で、咆哮した。
「・・・いつから仕込んでいたんだ」
篝は、そのスケールの大きさを測りかねていた。
地響きが続く。
「上はかなりの大騒ぎのようね」
スレイが、階段をおりながらそう呟く。
「まさか、この士官学校の地下にこんな施設があったなんて・・・」
「なんで気付かなかったんだ」
ここまでの経緯を説明すると、あれから程なくして校長室へと辿り着いた一同は、そこで校長であるマリウスが殺害されている現場を目撃した。
死因はおそらく毒殺。机に座ったまま絶命していた様子から、突然の事で反応出来ずに死んだのだろう。
しかし、殺し方が気になるのもまた事実。
机から一歩も動かず、もがく事もなく死んだのに、外傷は見えない。これではむしろ服毒自殺と捉えられても仕方がない。むしろそれが狙いすらあるのだが、それにしては不自然だとエレンは答えた。
その間もなく、エルリィが地下へと続く隠し階段を見つけた。
そして今、その階段を使って地下へと向かっているのである。
「良く分かったわね」
「都合よくコードスキルが働いてくれたお陰だ」
エルリィは気恥しそうにアリスに返した。
「それにしても、この階段、どこまで続いているのでしょう」
「いっその事、男連中抱えて一気に降りましょうか?」
沈黙の結果。
「――――ぁぁぁぁああああああああああ!!!」
ずどぉぉぉぉぉおおん!!!
と、ストームの悲鳴と共に、彼らは一気に最下層へ辿り着いた。
「ま、マジで実行する奴があるか・・・!」
「生きた心地がしない・・・」
「慣れて頂戴、これから何度もあるわ」
「嘘だろ!?」
エルリィは、エレンがいてくれて良かったと本気で思った。
「ストーム、大丈夫か?」
「な、なんとか・・・」
エレンを下ろして代わりにストームを抱えて落ちたトモエがストームの心配をする。
ちなみにブリーズはリーシャ、アリスはスレイが抱えた。
「みんな、扉がある」
エルリィの声に、全員が気を引き締めた。エルリィの指差す先に、ドアが一つあった。何の変哲のないドアだ。
顔を見合わせ、エルリィとトモエが扉の両脇に立ち、その後ろにストーム。ストームの両脇にエレンとエイミが立ち、最後尾に、アリス、ブリーズ、スレイが立つ。
そうして、気付かれているだろうが最低限の準備を済ませ、エルリィがドアノブに手をかけ、開ける。
ゆっくりと、音も立てずに開けられた扉。そこから見えたのは―――
「・・・・?」
―――車椅子の老婆だった。
思わず拍子抜けしてしまう一同の中、エレンだけがハンドサインで警戒を促す。
それに頷き、一同は素早く部屋の中に突入し、エルリィとエレンの二人が、ゆっくりと近付いていく。
そうして、そのまま後ろを向いたままの老婆との距離が、五メートルに差し掛かろうとした時、
「ようこそおいでくださいました」
老婆が、口を開いた。
その声は、まるで氷のように固まった警戒心が溶かされていくかのように、優しく、暖かな声音。
聞いているだけで、つい武器を下ろしてしまいそうなほどに。
だからこそエルリィとエレンは武器を下ろさず、むしろ握り締めた。
「・・・なんだお前は」
エルリィが思わずそう尋ねた。
車椅子ごと振り返った老婆。白く染まった長髪、初老を感じさせる皺、穏やかな眼差し―――何もかもが無害な老人であるかのような要素のみがその老婆にあった。
その様相が、エルリィには酷く歪に、そして恐ろしく見えた。
「社交辞令として聞かせてもらうわ。貴方は誰?」
エレンが、剣を向けたままその老婆に尋ねる。
「私はエネルヒィ・ゴルドー。ゴルドー商会初代会長でございます」
「初代会長?二百年前の人間の名前を騙るなんていい度胸してるわね」
訳の分からない事に、ストームは詳しそうなアリスに尋ねる。
「どういう事だ?」
それに答えたのはスレイだった。
「ゴルドー商会は今から二五二年前に発足した組織よ。その初代会長の名前がさっきあのお婆さんがいったエネルヒィ・ゴルドーよ」
「二五二年前って、戦姫ってなんでもありかよ」
「ありえないわ。一〇〇年以上長生きできる戦姫なんて聞いたことないわ」
即ち、目の前にいる人物は一体、何者なのだろうか。
そんな疑問が、一同の間に走る。
「いいえ、本人でございますよ」
一方のエネルヒィは努めて笑顔で答えた。
「これでも長生きなのです」
「長生きにも程があるでしょう。貴方何歳?」
「これでも三〇〇年以上は生きていますので、物忘れが酷いのです」
「あらそう・・・」
「それよりも武器を収めていただけませんか?このようなか弱き老人に、それはとても心臓に悪い」
ふと、エルリィの剣が震えた気がした。
「まだよ、エルリィ。迂闊に動かないで」
エレンがエルリィを抑え、会話を続ける。
「それなら、今貴方がやっている事をやめてちょうだい。そうしたら武器を下ろしてあげるわ」
「残念ながら、それは受け入れられない事でございます。この計画は、何があろうと成功させなければなりませんので」
「計画・・・」
「ええ、素晴らしいでしょう。これは、貴方たちの行きつく世界でございます」
その言葉に、臨時小隊の一同が目を見開く。
「ど、どういう意味!?」
アリスが思わず問い返す。
「私は、自分で育てた麦が多くの人々を笑顔にすることを至上の喜びとしてきました。土地を拓き、種を植え、育て、そして黄金の麦畑を作る。そしてその景色を作った麦が、多くの人々の糧となり、生きていく為の一助となる事ほど、育てる者として嬉しい事はありません」
「そんな人が、何故このような騒動を・・・」
その言葉に、エネルヒィは、変わらぬ表情で答える。
「虫害」
たった、それだけの言葉だった。
「私の麦は『人』の為のもの。決して『害虫』を育てる為のものではありません。そう―――」
「―――っ!?」
気付いた時には、ストームとブリーズの首に細い蔓が巻き付いていた。
「そこにいる二匹のように」
「スト―――」
蔓が、二人の首を絞める。直前で、赤い軌跡と共に、エルリィが蔓を切り裂く。
「『終穹・絶影』!」
同時に、エレンがエネルヒィに向かって斬りかかる。
だが、その一撃は突如として伸びてきた樹木の幹によって防がれる。
木である筈なのに響く金属音。その高度に、エレンは舌を巻いて引き下がる。
「告げましょう。害虫を養う貴方がたは必ず破滅する。ただ貪り喰らうだけでいかなる利益をもたらさないものを守ることほど、無益な事などありません」
エネルヒィを中心に、殺風景だった広い空間に辺り一面に青い草原が広がった。
「これって・・・」
「コードスキルか・・・!」
植物が育つ。生き物のようにうねる。まるで虫を踏み潰すのと同じ悪意を伴って、エネルヒィの『植物』たちが、その姿を現す。
「どうやら、三百年生きてるってのは、はったりじゃあなさそうね」
エレンもまた、自身のコードスキルで粉のような何かを振りまく。
「無駄な抵抗はおやめください。無益な戦いです」
その時、赤い光がエネルヒィへと迫るが、樹木がその光を防ぎ、砕ける。
「それを決めるのはお前じゃない」
エルリィが放った、『終穹・抜刀』だ。
「お前を倒して、このふざけた状況を終わらせる。ただ座っているだけの老害が口を挟むな!」
「総員、戦闘準備!」
エルリィに続いてアリスが叫ぶ。
「目標、エネルヒィ・ゴルドー!」
最後の戦いが始まる。




