罠
ニーベルとハマとの戦いを終えて。
「なんとかなった・・・」
持ち主が死んだことで力を失った為に、エーテルで構成されていた鉄球や砂鉄が消滅する。
「無事か?レーベ」
「はい。なんともありません」
駆け寄ったブリーズに対して、地面に座り込んでいるエイミはなんでもないと言うような笑顔で答える。
「直撃はしてないので」
「直撃はしていないだと?あれほど吹っ飛んでおいてか?」
そう尋ねるブリーズに、エイミは胸に手を当てて、その胸から光の線を走らせる。
「私のコードスキルは『磁力』なんです。といっても、『引き合う力』と『反発し合う力』を、どちらかに定めてその力を調整する事しか出来ないんですけどね」
「それでさっきの鉄球の直撃を避けたって訳ね」
そこへ剣を収めたエレンがやってくる。
「あのニーベルって奴のコードスキルが砂鉄だったというのも考えると、貴方との相性は最悪ってことね」
「ほぼ賭けだったんですけどね」
「貴方はその賭けに勝ったわ」
エレンがエイミに向かって手を差し伸べる。
「良くやったわね」
「・・・ありがとうございます」
エレンの手を取り、エイミは立ち上がる。
「貴方たちもよくやったわね」
「生きた心地がしない・・・」
ストームがげんなりした様子でその場にしゃがみ込んだ。
「恐ろしい相手でしたね」
「貴方たちの最初の強敵としては丁度良かったんじゃないかしら?向こうも終わったみたいだし、進みつつ合流しましょう」
「向こう・・・?あ、あの二人!?」
思い出して、真っ先に動いたのはスレイだった。
「アリス・・・!」
窓を覗き込む。そこに、二人はいた―――。
ほんの数分前、トーベスとの戦いを終えたエルリィとアリス。
「エルリィ!」
倒れたトーベスから飛び降りたエルリィの元に駆け付けるアリス。
「良くやった。さあ、早くここから―――」
しかしその時、ぐらりとエルリィの身体が傾き、倒れた。
「エルリィ!?」
慌てて駆け寄れば、意識を失ったエルリィが苦しそうに倒れ伏していた。
「っ・・・!」
(爆発を直接喰らった体で戦闘をしたせいだ。相当無茶をさせてしまった・・・!)
左手の赤く光る剣は倒れていく最中に勝手に戻っていった。
だから右手の剣を鞘に戻して、アリスはエルリィを抱えて走り出す。
「早くみんなと合流しないと。ブリーズなら怪我の手当をできるかもしれない」
アリスは、自分たちが吹っ飛んできた校舎へと走る。
そこへ、二階に開いた穴からスレイとリーシャが下りてくる。
「アリス!」
「スレイ、リーシャ・・・!」
スレイが真っ先にアリスの元へと駆け寄ってくる。
「アリス、怪我は!?」
「私は大丈夫、だけど、彼女が・・・」
「っ、そいつ・・・」
エルリィを警戒しているスレイは、アリスの背に背負われている彼女に怪訝な視線を送る。
しかし、そんなスレイを無視して、リーシャはエルリィに近寄る。
「そいつ、寄越して」
「え、うん・・・」
「ちょっとあんた・・・!」
「こいつの為人なら貴方たちより私の方が知ってる。こいつに貴方の思ってるような腹芸は出来ないし、そもそもこいつ、馬鹿だから少なくとも、篝さんを裏切る事はしないと思う」
「しないって、その程度の根拠で・・・」
リーシャの言い分に、尚も繰り下がろうとするスレイだったが、そんなスレイをアリスが止める。
「スレイ、ごめんなさい」
「なんでアリスが謝るのよ」
「私の我儘を聞いて欲しい」
その言葉に、スレイの言葉が止まる。
「私はこの人を信用することにした。わざわざ自分の命をかけてまで自分で爆発を受ける必要はないし、その体に鞭を打って敵と戦う必要もない。何より、私は彼女の理由を聞いたわ」
「理由?」
「彼女が、篝さんの為に戦う理由」
アリスは真っ直ぐスレイを見つめる。
その視線を受けて、スレイは少したじろぎ、やがて大きなため息を吐いて、観念した。
「分かったわ。アンタに免じて、そいつの事は一応信じてあげる」
スレイの言葉に、アリスはほっと安堵の息を吐いた。
「ただし、そいつがこっちに剣を向けてきたら、容赦はしないからね」
「ええ、それでいいわ」
その時、上からこちらを呼ぶ声が聞こえた。
「おーい!まだかぁ!?」
「今行くわ」
リーシャが答え、エルリィを背負う。
「全く、無茶するんじゃないわよ」
リーシャはそのまま飛び、スレイはアリスを抱えて飛んだ。
「思ったよりダメージがでかいわね」
一旦、近くの部屋に退避した後、エルリィの様子を見て、エレンがそう断言した。
「ああ、少し休ませた方がいい」
ブリーズがそれに頷くように言う。
「俺が面倒を見る。みんなは先に行って・・・」
「でもそれだと戦力が分散する」
しかしそこでアリスが口を挟む。
「どういうことよ?」
「他に敵がいないとも限らない。それを考えると、彼女とブリーズの護衛に人手を割く必要が出てくる。しかも今、この街の中は洗脳された人たちで一杯。いつ襲われるか分かったものじゃない」
「こいつにそこまで戦力を裂く必要ある?」
「赤い剣さえ抜けば、たぶんこの中でエレンさんの次に強い」
断言したアリスに、エレンとリーシャを除いた臨時小隊全員が目を見開いた。
「そこまでなのか?」
「さっき、この目で見た。赤い剣・・・『終穹』を抜いた彼女なら、単独で大抵の状況には対応できる。ただ、精神状態で抜けるか抜けないかで変わるみたいだから、その辺りは本人のメンタル次第になるけど」
「メンタル次第って、今は大丈夫なの?」
「たぶんね」
「たぶんって、そんな不確定なこと・・・」
と、そこまで会話が続いた所で、カッカッカッ、という妙な音が部屋の中に響いているのが聞こえた。
その音のする方を見れば、そこではエレンが床に膝をついて、チョークで魔法陣のようなものを描いていた。
「何してんだ?」
「あれは・・・もしかして術式?」
ストームが首を傾げ、それを見たエイミが当たりをつける。
「出来た」
そうして、その陣を描き終えたエレンは立ち上がると、エルリィの方を向く。
「そいつをここに寝かせて。気は乗らないけど、時間がないからさっさと終わらせるわよ」
「それなに?」
リーシャが尋ねると、エレンは頭を掻きながら答える。
「回復魔法」
エルリィをその陣の上に寝かせ、エレンはその横で膝をつく。
「これ疲れるのよね。あいつらもってくるんだったわ」
そう何やらぶつぶつと文句を呟くと、両手を握るように合わせた。
まるで、何かを祈るように。
「『主よ、我が声をお聞きください。命の左手、循環の理、其が定めし法の元、ここに治癒の奇跡をもたらしください。我は其の子、いと慈悲深き御手をお恵みください』」
淡い光が、エルリィを包む。
「これは、『教会』の術式・・・!?」
エイミの驚きを他所に、エレンは術式を進めていく。
そうして、数分、淡い光が灯った後、その光が消えた。
「ん・・・ぅ・・・ぅ?」
その後、うっすらとエルリィは目を覚ました。
「信じられない・・・」
「軽傷と体力を回復する術式よ」
呆然とするブリーズに、エレンはしんどそうな声で答える。
「ふぅ・・・」
見れば、エレンはぐっしょりと汗をかいていた。
「教会の方だったんですか?」
「通ってた学校の派閥の一つがそうだっただけよ。一通りは叩きこまれたけど、訳合ってサボりがちだったから、あんまり得意じゃないんだけどね」
体を起こすエルリィ。
「みんな・・・ここは?」
「あの爆破地点からそう遠くない部屋よ。貴方が思ったより重傷だったから、一旦退避したの」
「そうなのか・・・っ!?時間は!?」
「ほんの数分よ。エレンさんが術式で貴方を回復させたの」
「エレンさんが・・・エレンさん!?」
「一々驚かないでちょうだい。鬱陶しい」
「お前は相変わらずだな!?」
目覚めたばかりのエルリィにアリスが説明し、エレンの状態に気付いたエルリィが驚き、そんなエルリィにリーシャが辛辣な言葉を投げかける。
「心配しないで、疲れただけよ。この術式、エーテル回すのにすごく集中力いるから、色々と疲れるのよね」
「『旗』と『剣』はもってこなかったんですか?」
「あいつらうるさいのよ」
(旗と剣?)
エレンが立ち上がる。
「さあ、先を急ぎましょう」
「分かりました。トモエ、悪いのだけれど、エレンさんをおぶってくれないかしら?」
「え?私が?」
「少しでもエレンさんを回復させたいの。その代わり、周囲の警戒はエルリィ、任せられる?」
アリスが、エルリィを見てそう尋ねる。
それに、エルリィはすっと立ち上がって、力強く頷く。
「もちろん」
一方そのころ、灰鉄小隊は。
「ひっどい景色」
最初期の暴動によって人気のない街の建物の屋根の上で、セドリックが狙撃中のスコープを覗き込みながらそう呟く。
「これ、街の復興大丈夫かよ・・・」
「私たちに出来るのは、これ以上復興の目途を潰されないように、住民たちの安全を確保する事です」
セドリックの言葉に、隣に立つルクスがそう返した。
しかし、街の様子は依然として変わらないまま。秩序が崩壊した場合の答えを見せつけられているようで気分はいいものではない。
しかし、だからといって、彼らが行動を止める事はない。
セドリックが、スコープで何かを見つけたのか、無線を使って連絡を取る。
「こちらセドリック、コボロ地区で民間人を確認―――」
次の瞬間、建物が一つ吹っ飛んだ。
「・・・他にも民間人いるかもしれねえだろ」
「仕方ありません、それが彼女ですから」
一直線に建物を破壊しながら突き進んでいく者の正体に、彼らは呆れる他無かった。
「それにしても、なんか妙じゃねえか」
「妙とは?」
「変な臭いがする」
「臭い?」
「ああ、焦げ臭い、燃えカス・・・いや、どちらかというと発火直前の火種みたいな臭いがすんだよな」
「発火直前の火種・・・?」
セドリックのよく分からない例えに、ルクスは首を傾げる。
「ああ、爆弾じゃない。爆弾ならそんな臭いはしないし火薬の臭いの方が強い。しかも、かなりの距離があるのに匂ってくる」
「・・・それ、なんで早く言ってくれなかったんですか?」
「今、匂い始めた」
「・・・・」
ルクスは、猛烈な悪寒を感じ取った。
「ロキシーさん」
すぐに無線を手に取った。
一方、ゴルドー商会本部の会長室にて。
入口をフェザに守らせ、篝たちはエレベ・ゴルドーの尋問をしていた。
「つまり、何も知らないの?」
セラが怪しむような視線をエレベに向けた。
「ああそうだよ。一言『計画を始める』って連絡が来た途端、この有り様さ」
「それを伝えてきた奴ってのは?」
「さあね。どっからかいきなりアタイの電話に直接かけてきて一言ね」
「・・・・」
篝は手袋を弄りながら、エレベの言葉に耳を傾ける。
「はあ・・・アンタ、いい加減本当のこと言わないと、ここから先は拷問になるわよ」
「し、知らないって!本当だよ!」
「本当に~?じゃあその耳こそぎ落しても大丈夫だよね~」
「ひぃい!?」
ステラが笑顔で脅すので怯えるエレベ。
「いや、こいつは何も知らない」
だが、それを篝が止める。
「先輩?」
「どうして?」
「こいつ、『遂行者』だ」
その言葉に、二人は目を見開く。
『遂行者』とは、皇帝のコードスキル『皇帝権限』を受けた国に強制的な忠誠を誓わされた者たちの事を指す。
『皇帝権限』の執行力は非常に強力であり、いかなる思惑のある相手であっても従わせることが可能であり、それに逆らえることはほぼ不可能に近い。
「ただし、あまり意思を封じる命令をすると廃人になりかねないから、ある一点『帝国に害を成すな』という命令を中心に施す。だから、『帝国側』である俺たちの命令に、こいつは逆らえる筈がないんだ。ちなみに、無意識や不可抗力な状況でも、その執行力は力を発揮する」
「そうだよ。何度か物流を滞らせてやろうと思ったら逆に流通が発展してうちが発展したんだからたまったもんじゃない」
「むしろ良い事なのでは?」
即ち、このエレベという女性は嘘を吐く事は出来ないという事である。
「そこでだ」
と、篝がエレベに尋ねる。
「お前、つい最近・・・早くても去年から会長になったばかりだろ」
「ああ、それがどうした?」
「先代・・・もしくは先々代の行方は知らないか?」
そう尋ねる篝に、エレベは不思議な顔をしつつも答える。
「先代、つまりうちのお袋は革命が成功した途端に自殺、先々代はそもそも顔すら見た事ない」
「もしかして、お前らのコードスキルって植物を生やしたり操ったりしないか?」
「・・・なんでそれを?」
「窓際の花瓶。あれ、お前のコードスキルで育てたものだろ?さっきの霧でエーテルの残滓を探知した。だから意図する事は簡単だった」
「けっ、どうせ花しか育てられないちんけな能力だよ」
「珍しいタイプだな。混じる事によって衰退するタイプのコードスキルだなんて」
コードスキルの強さは血統に依存する。通常は代を重ねるごとに混ざって強くなるのだが、エレベの場合はその逆。純粋性が薄まって弱くなってしまったらしい。
「初代は黄金の麦畑を自由自在に作れたらしいんだがね」
「・・・・なんだと?」
それを聞いて、篝は目を見開く。
「え?ゴルドー商会って、いつまで続いているんでしたっけ?」
「二百年だよ。元は小さな村から始まったって」
「・・・篝くん、どうみる?」
ステラが、篝に尋ねる。
「・・・・やられた」
それに対して、篝は小さくそう呟いた。
そしてすぐに無線を繋いで、オペレーターであるトトに繋ぐ。
「トト、ロキシーに―――」
『篝先輩、セドリックさんから『焦げた臭い』がすると報告が―――』
篝がステラに指示を飛ばす。
「ステラ、今すぐ熱が上がっている場所を探せ!」
「分かった」
すぐさまセラが窓を蹴破った。割れた窓から、外の冷たい空気が入ってくる。
その風を、ステラは自身のコードスキルによって感じ取る。
それと同時に、
「エンゲージ―――ラーズグリーズ」
篝が、その身を黒と青のドレスへと変化させる。
(まさか、在るのか・・・!?)
同時刻―――
「うぐっ!?」
突然、アリスが右手を抑えて顔を苦悶に歪める。
「アリス!?」
それにスレイが思わず駆け寄る。
「どうしたの?」
「突然、右手が焼けたように痛くなって・・・」
スレイがぎろりとエルリィを見る。
エルリィは首を横にぶんぶんと振った。
「右手・・・?」
エレンは、トモエの背に背負われながら、ぼんやりと、右手―――というよりは右前腕を抑えるアリスを見る。
ぼんやりと、右手が痛む理由を考えていると、唐突に、『ある可能性』が頭を過った。
「まさか」
エレンは、顔を上げて窓の外を見た。
同時に、空が赤く染まった。
それは、突如として起こった。
空の色が昼時にも関わらず夕焼け色に染まったかと思えば、凄まじい熱量と共に、『それ』は迸った。
業火、炎熱―――何と形容すればいいだろうか。
ただ、言葉として表すのならば、炎の渦。それが街の建物を真っ直ぐ飲み込みながら走り抜け、篝たちのいるゴルドー商会の屋敷を飲み込んだ。




