私たちの方が強い
―――自分がここに立っている理由。
それを思い返す。
ただ、篝の力になりたい。それだけだった筈で、その理由は、彼に火をつけられたからだ。
例え、破滅へと向かう道のりだったのだとしても、大事なのは結果なのではなく過程である、と、そう選択した筈だ。
彼の力になる為に、『竜殺しの刃』に入った。
けれど、ここ数日の出来事で、すっかり自信を無くしていた。
それを、彼女が取り戻させてくれた。
(私の理由)
引き抜いた朝焼け色に輝く剣を左手に、何の変哲のない鈍色の剣を右手に、エルリィは討つべき敵を見据える。
(時間稼ぎしようだなんて甘かった)
「お、まえ・・・!」
斬り裂かれた太腿を抑え、トーベスは苛立ちを隠さない表情でエルリィを睨みつける。
「お前はここで仕留める」
そう言い切って見せるエルリィに、トーベスは面倒くさそうに顔を歪めた。
「調子に乗らないで」
再び、小石を砕いて、今度は力を込めて投擲した。
それに対して、エルリィは避ける素振りも見せずに前に向かって駆け出した。
「っ!?」
放たれた礫の散弾。だが、終穹を抜いた彼女にはもはや関係はない。
例え、掠めただけで吹っ飛ぶほどの威力を有していようとも、エーテルに関わってないなら戦姫にとっては当たっても当たらなくても関係ない。
「『終穹・絶影』!」
エルリィが加速する。0から100へとフルスロットルへと叩きこみ、礫の散弾を躱し、一気にトーベスへと近付く。
「っ!?」
すれ違いざま、エルリィの剣がトーベスの胴体に叩きつけられる。
そのままエルリィはトーベスの背後へ駆け抜ける。
赤い血が噴き出す。だが、
(浅い・・・!?)
何ものをも推し通す力を持つ終穹の斬撃が、深く刺さらなかった。
だが、ダメージは通った。
(このまま!)
直角に曲がり、エルリィは再度トーベスに攻撃。今度は右上腕。血飛沫が舞う。
「ぐっ!?」
「おおおおおお!!!」
そこから、続けて十連の斬撃。計十二連の斬撃がトーベスに襲い掛かる。
「ご、のぉお!!!」
十二の斬傷を負い、トーベスは血走った目で拘束で動くエルリィにその大きな拳でエルリィをぶん殴ろうとする。
「振りが大雑把」
それを見て、アリスは冷めた目で『怪獣』を見た。
「その上速度もない」
その拳はエルリィに当たる事なく空振り、代わりにその腕に斬撃を受ける。
「取柄は頑丈な体と二つ名の通りの怪力だけ。その程度、当たらなければ取るに足らない」
腕は千切れない。エルリィは既に離脱し、そして既に背中に回って斬撃を叩きこんでいた。
しかし、終穹の斬撃が深く通らない。だが、
「焦らないで」
エルリィは意地にならずに下がる。
「ダメージは入ってる。その体は無敵じゃない」
続けて、十四、十五、十六―――赤い軌跡と共に、トーベスの身体が傷を負っていく。
「がぁああぁあああ!!!」
それに業を煮やしたか、トーベスは地面を思いっきり殴った。
地面が砕け散り、いくつもの土塊となって宙を舞う。おそらくはこれで動きを抑えようという魂胆なのだろう。
だが、
「まだ私の事を『生身の人間』だと思っているのか」
それは致命的だった。
「それは、『戦姫』にする戦術じゃない!」
次の瞬間、土塊を押し退けて、エルリィが振り下ろされた腕を狙った。
そしてその目論見通り、トーベスの振り下ろされた右腕が斬り飛ばされた。
「・・・・はぁ?」
トーベスはその光景を前に思考が停止する。
トーベスのコードスキルは常時発動型の身体強化。
肉体の筋繊維に至るまで、エーテルによる強度補強を行う事で、鉄壁の守りとするコードスキルである。
その副作用として、肉体は常に重い鎧を着こんでいるかのような高負荷状態となり、筋力すらも向上する。
即ち、怪力は後天的なもので、実際のところ、彼女の強みはその驚異的な肉体のタフネスさにある。
しかし、同じ部位を攻撃し続ければいずれは通る。
既に腕につけた傷に、まず終穹による二度目の攻撃を叩きこみ、続けて斬り裂いた所を、右手の剣でもって斬り飛ばしたのである。
そして、その瞬間、人の思考は停止する。
「今」
エルリィはそのまま飛び上がる。
狙うのは、首の付け根、肩を支える鎖骨、腕を振り上げる為の筋肉。その隙間。
アリスが示した場所を、アリスの予測した|《・》時機《タイミング|》《・》で、アリスの指示した通りに貫いた。
「ぎあぁああ!!?」
終穹の剣の広さと、トーベスの未だ発動しているコードスキルによって、剣は深く刺さらない。
しかし、刺さった時点ですでに勝敗はついていた。
「うそ、私は、『男』なんかじゃ・・・」
「違う!」
目を見開き、絶望の表情を浮かべて、トーベスは現実を否定しようとする。
だが、エルリィはそれを否定した。
「お前より、私たちの方が強い!」
終穹の切っ先から、斬撃が放たれる。
「『終穹・抜刀』!!!」
赤い軌跡が、トーベスの心臓を撃ち抜いた。
一方、エレンたちの方では―――
「私に、考えがあります」
そう言いだしたのは、今の今までただついてくるだけのエイミだった。
「エイミ?」
「時間がありません。ストームさん、援護お願いします!」
そう言いだすや、すぐさまエイミは駆け出した。
「な!?おい!?」
訳も分からず、ストームが思わず呼び止める。しかしエイミは構わず、安全距離五メートルをあっさりと超えた。
それを感じ取ったのか、エレンは何も言うことなくニーベルとハマの猛攻を受け流す。しかし、自分が定めた安全圏を飛び出されては防御のしようが無いのもまた事実だ。
だから、ニーベルの距離を無視する斬撃がエイミへと襲い掛かる。
その時、エイミがとったのは至極簡単な方法。
「ふっ」
全力のエーテル放出だった。
「っ!?」
戦姫のコードスキルは、その発動者本人との距離が離れれば離れるほど威力が減衰する。
その理由を、ある者は遠隔のラジコンだと言う。
コントローラーから離れれば離れるほど、ラジコンの反応が鈍くなるように、戦姫のコードスキルもまた、距離が離れれば威力が減衰する。
そして、妨害電波が出れば、当然、ラジコンは反応しなくなる。
結果、ニーベルのコードスキルはその威力を失う。
「なんだと・・・!?」
「ニーベルのコードスキルが無効化された!?」
エイミが壁へと向かって走る。
「なんで壁に・・・!?」
その光景を見て、スレイが目を見開く。
誰もが、エイミの行動に目を奪われる。
しかし、無慈悲にも自動化された鉄球が、エイミに向かって迫る。
だが、それに対してエイミは臆することなく向き合い、そのまま鉄球に激突された。
「「「っ!!?」」」
しかし、吹っ飛ぶ方向がおかしかった。
なんと、真上に向かって吹っ飛んだのである。
「は!?」
ハマはその光景に思わず目を見張る。
誰もが、その光景に目を奪われる。
一人を除いて。
「―――っ!?」
それに気付いたのはハマの持つ勘ゆえだった。
何故なら、エイミの行動に違和感を感じて、エレンの背後にいる他の臨時小隊の連中に視線を送ったのだ。
そして、エレンの背後から、エイミが飛び出した方向とは反対側から、アサルトライフルを構える訓練兵の姿があった。
「―――っ!?」
その姿に、ハマはぞっとして、すぐさま反対側の壁に待機させていた鉄球のコントロールを取り戻す。その直後に訓練兵―――ストームはアサルトライフルから弾丸を放った。
放たれた弾丸が、ハマへと襲い掛かる。しかし、間一髪戻ってきた鉄球が、辛うじて割り込む。
「ぐぅっ!?」
致命傷は避けられた。しかし、一部の弾丸が当たり、血が噴き出す。
「ハマッ!?」
「余所見してる場合?」
すかさず、エレンの剣がニーベルに襲い掛かる。
「ぐっ!?」
しかし、鉄球のコントロールは失われてはいない。
ニーベルを援護するように、二つの鉄球がエレンの追撃を阻止しようと迫る。
「トモエ!」
その一方の鉄球に向かって、トモエが飛び掛かる。
「うわあああ!!!」
情けない雄叫びだった。
しかし、トモエはその鉄球を掴むと、腹に抱えて蹲るように抑え込んだ。
「ふぎぎぎっ・・・!」
(ハマの鉄球を抑え込んだだと・・・!?)
見れば、トモエの背中にコードスキルの発動を示す光の線があった。
だが、今はそれに気を取られている暇はない。
(不味い、今まで保たれていた均衡が、崩れる・・・!)
今まで、二対一、攻撃と防衛というハンデがありながら、戦況が傾く事が無かったこの戦いが、守る必要がなくなり、尚且つ鉄球の一つを失ったニーベルとハマは、今まで抑え込むことが出来ていた『魔女』が、その通り名のような邪悪な笑みによって、崩れ始める。
だが、エレンが攻撃に出るまで時間がある。
だからこそ、
(させるかっ)
ハマが残った鉄球でエレンを止めようと動く。
鉄球は、エレンを狙わず、その背後をぐるっと回って、反対側で鉄球を抑え込んでいるトモエへと迫った。
(流石に頭蓋が砕かれそうになれば、お前はそっちを助けにいかざるを得ない・・・!)
その行動をするという確証は、初撃にて確認済み。
故に、その攻撃は効果的だ。
エレンが一人であれば。
「ハァア!!!」
フレイルの一撃が、鉄球を弾き飛ばしたのだ。故に鉄球がトモエの頭を砕く事は無かった。
「な・・・」
ハマの表情が絶望に染まる。
そうしている間に、エレンから繰り出される斬撃が、ニーベルに襲い掛かる。
それをニーベルは、持ち前の剣技でもって捌く。
「この程度で―――」
しかし、コードスキルを伴って放たれた斬撃が、突如として真上へと弾かれる。
「な―――」
柄を握る手ごと蹴り上げられたのだ。
蹴り上げた事で振り上げられたエレンの足は、そのままニーベルを押し倒すべく振り下ろされる。
しかし、
「舐めるなっ!」
突如としてニーベルの黒い剣が砂のように崩れる。
(崩れた・・・!?)
それを見たスレイは目を見開く。
これがニーベルの遠距離攻撃の絡繰り。
その剣は、砂鉄で出来てる。
ニーベルのコードスキルは『エーテルで作った砂鉄を操る』能力。
その砂鉄は、一つ一つは肉眼では捉えられないほど小さい粒子のようなものだが、それ故に、敵に視認されることなく、攻撃を叩きこむことが出来る。
剣の形状にしていたのは、その絡繰りを気取られない為。
『剣の動きに合わせて距離を無視した攻撃をしてくる』という先入観のもと、本来のコードスキルの形を隠していたのだ。
そして、砂鉄は実体。故に戦姫における『近接戦』に該当される。本来であれば。いかにエーテル放出によって無効化しようとした所で、繋がった砂鉄が対象を切り裂く。
だが―――
「――――」
ニーベルの表情が固まる。
(気付いていた)
もう幾度となく、その『攻撃』は繰り出していた。
(だが、通じなかった)
だが、砂鉄は全て、何かによって阻害されていた。
(剣を分解し、全神経で無数の砂鉄をぶつけようとした)
それは、砂鉄とほぼ同等のサイズにして、軽い筈のもの。
(だが、まさか、こんな―――)
エレンの顔が邪悪に歪む。
振り下ろされた足によって押し倒され、二本の剣が、ニーベルの胸に向かって振り下ろされた。
「うおぉぉおおぉおお!!!」
ニーベルは、砂鉄を纏わせた両手で受け止めた。刃が手に食い込む。
刃が止まった。
それ以上、押し込まれる事はない。
その間に、砂鉄を操作して、エレンを切り裂くなり、遠ざけるなり、とにかく砂鉄をぶつけようとする。
だが、砂鉄が動かない。
砂鉄より軽い物質だ。それが、ニーベルの砂鉄に付着し、動きを阻害していた。
だから、そうなった。
「ハァ!!!」
横から薙ぎ払われるのはリーシャの結晶剣。
その斬撃がニーベルの二本の腕を通過、切断してみせる。
血飛沫と共に、その両腕がずるり、と落ちていく。
「ニーベル!」
ハマが叫ぶ。しかし、既に戦いは決着していた。
「楽しかったわ」
エレンの二本の剣が、ニーベルの胸を撃ち抜く。
それと同時に、アサルトライフルを構えたストームとブリーズによる十字射撃が、ハマに襲い掛かった。




