負けられない
(―――なによこれ)
ユウ・リーシャは、一歩もそこから動けないでいた。
「それそれそれぇええ!!!」
黒い剣による斬撃、鉄球による遊撃。
それら全てを、二本の剣とその肉体で捌き切るエレン。
その激しさに、臨時小隊の全員が、その場から動けなくなっていた。
「チィッ!?」
エレンが舌を打つ。
距離を無視する斬撃と二つの鉄球。それらがエレンを直接攻撃してくる。
近付こうとするならば黒剣と鉄球による見事なコンビネーションによる連撃に追い詰められ、距離が開けば、飛んでくる斬撃と追い縋ってくる鉄球の攻撃によって休む暇も無い。
むしろ距離が開けば不利になるのはエレンの方。
しかも最悪なのは、壁際に追い込まれれば、その壁で待機していた鉄球が、たちまちに迫り、壁際から追い出し、再びニーベルとハマによる連携攻撃の嵐に晒される。
その連携攻撃を前に、エレンは神がかった技で捌き続けていた。
「すげぇ・・・」
「あの攻撃を、全て一人で捌いている・・・」
ストームとトモエが感心した様子でその戦いを見ていた。
「何呑気な事言ってるの・・・!」
しかし、リーシャは柄に結晶の刃を形成し、エレンの背を睨みつける。
「黙って聞いて。声を上げないで。・・・今、あいつは右足を痛めてるわ」
「「「っ!?」」」
リーシャの言葉に、臨時小隊全員がその表情を強張らせる。
「なんっ―――むぐ!?」
思わず声を上げかけたトモエの口をストームが塞ぐ。
「・・・・あっ!?」
気付いたエイミが、青褪める。
自分を庇って、エレンは負傷してしまった。その事実が、エイミの思考を蝕む。
「とりあえず、貴方たちは下がって―――」
「来るなァ!!!」
リーシャが参戦しようと一歩踏み出した時、エレンの怒号が響いた。
その声に、思わずリーシャの足が止まり、直後にニーベルの剣が鋭い刺突を放った。
その刺突を、エレンの剣が叩き落とす。が、僅かな斬撃がリーシャの頬を切り裂く。
「っ・・・!?」
(反応、出来なかった・・・!?)
思わず斬り裂かれた頬を抑えて一歩戻るリーシャ。
(守られている・・・!?)
下がったリーシャに、ストームが耳打ちする。
「リーシャ、下手な援護をすればあの人の足を引っ張る。俺も援護したいんだが、上手くこっちの射線がスタジア少尉と重なるように動いてるから下手に撃てない」
ストームが悔しそうに銃把を握る手に力を入れる。
誰も動けない。それほどまでに、その戦いは凄まじかった。
激しく打ち合いながらも、エレンは傷一つ負うことなく戦い続けている。
その凄まじい戦いぶりに、彼らは一歩も手を出せない。
(手を出せないなら、アリスの所に・・・)
スレイは、そう思考する。
この戦いに参戦出来ないのなら、今ははぐれてしまったアリスの元へと駆け付け、助け出すのが良いだろう。
そうとなれば、すぐに行動に移そうと、一歩下がって爆散した廊下へと視線を向けたスレイ。
そこに鉄球が一個あった。
「は?」
それは奇跡だっただろうか。一歩下がったスレイめがけて、鉄球が恐ろしい勢いで突っ込んでくる。
「わぁああ!?」
なんとか、前に飛び出して鉄球の直撃を免れたスレイ。
「なんだ!?」
「後ろにも鉄球!?」
退路を断つかのように存在する鉄球がそこにあった。
たった一個だけだったが、その存在感は大きく、臨時小隊は一気に追い詰められる。
「ぐっ、自動操縦と手動操縦ねっ・・・!?」
「正解」
ハマが嬉しそうに答える。
「鉄球は最大で六つまで。全部手動で動かす事が出来るけど、命令を加えて自動で動かす事も出来るのよ」
「手動は二つだけで、他全部は自動ねっ!」
「さあ、どうかな」
捌くエレンにハマは嘲笑うかのような笑みを以て、鉄球を仕向ける。
その一方で、臨時小隊の背後にある鉄球は、廊下の中央で静止したままだった。
(これじゃあ、アリスの所に行けない)
おそらく、自動操縦の鉄球に与えられている命令は単純、壁やこの場から逃げようとする者を優先的に狙うようにしているのだ。
だから壁際に近付いたエレンを鉄球は執拗に攻撃し、この場から立ち去ろうとしたスレイめがけて攻撃をしかけた。
しかも、それだけに留まらないようだ。
「おい、なんか・・・近付いてないか?」
ブリーズの指摘の通り、静止していると思った鉄球は、まるで真綿で首を締めるかのように、ゆっくりとこちらに近付いてきていた。
鉄球の威力は、既に知っている。
それ故に、誰もこの場から逃げられない。
(アリス・・・!)
一方で、エルリィとアリスは、木陰に隠れて息を殺す事しか出来ていなかった。
「この辺りで、爆発が起こったんだけど」
怪獣―――その二つ名を示す通し、その女は何もかもが規格外だった。
凄まじい身長とそれに伴う巨体。外見だけで恐ろしいパワーを有しているのが見て分かる。
更に、その人格は、明らかに最悪だ。
(見つかれば、確実に殺される・・・!)
「それにしても、ここは本当に『男』ばっかで嫌になる」
トーベスは、心底うんざりした様子でため息を吐いた。
その吐息一つでさえ、心臓が早鐘を鳴らすほどの重圧感があった。
今は、このままやり過ごすしかないか。
「爆発はあそこね」
ふと、トーベスは爆発した通路のある壁を見上げた。すでに壁が吹き飛び、中の様子が丸見えであった。
「はあ。さっさと終わらせて、帰ろ」
その言葉に、エルリィは悪寒を覚えた。
(今、エレンさんたちが戦っている所に、こいつが来たら・・・)
エルリィは、左手で『終穹』の柄を握った。
『終穹』は抜けなかった。
(やっぱりだめか・・・!)
エルリィは、仕方ないと右手で持っている剣を握り締める。
「アリス、今すぐ上に行って、皆と合流しろ」
「え?何を言って・・・」
「私が時間を稼ぐ。だから、早くあいつの存在を知らせろ。いいな」
エルリィは、アリスの返事を待たなかった。
トーベスの視界の外へ出るように木陰から飛び出したエルリィは、戦姫の身体能力のみをもってトーベスの背後に回り込み、その背後から足を狙って剣を振り抜いた。
しかし、エルリィの剣がトーベスの皮膚に食い込むことは無かった。
「なっ・・・」
血の一滴も流れない。帰ってきたのは固い金属を叩いたような感触。
同時に、トーベスの手がエルリィの頭を、まるで蚊でも叩くかのように振り下ろされた。
「―――っ!?」
間一髪、エルリィの飛びぬけた反射神経がその手を回避。地面を転がって距離を取る。
「何?あなた」
「ぐっ・・・」
視線を向けられて、エルリィは身が固まりそうになる。
しかし、体は存外、思ったように動く。
(この人からは、エレンさんや篝さんほどの恐ろしさは感じない)
勝てる気はしない。だからといって、そう簡単に負ける気もしない。
(私程度でも、時間は稼げる)
時間さえ稼げれば、きっとアリスがこの敵の事を報告してくれる筈だ。
だからエルリィは、ここでこの怪物を止める。
「ふあ」
その時、トーベスが退屈そうにあくびをした。
それにエルリィは思わず体を強張らせる。
(こっちを舐めてる?なら、ここで仕掛けるか?いや、下手に仕掛けて逆にやられたら元も子もない)
エルリィは警戒を解かない。しかしそうしている間に、あくびを終えたトーベスは、地面の土を一掴みした。
そして、それを握り締め、大きく振りかぶると、それを一気に投げ飛ばした。
「っ!?」
戦姫にエーテル以外の攻撃は効かない。しかし、その事が頭から抜けていたエルリィは思わずそれを横に飛んで躱した。
しかしその際、土の一部がジャケットに引っ掛かり、
エルリィの視界が回った。
「ああぁぁあぁあああ!!?」
凄まじい勢いで回転したエルリィ。上下左右の方向感覚が全て消し飛び、自分が今どうなっているのかすら分からなくなる。
そのまま、回転したエルリィは地面に落下し、その回転の勢いのまま地面を転がる。
ようやく止まった所で、エルリィは自分が吹っ飛んだ事を理解した。
(か、掠っただけなのに、体が回転して吹っ飛んだ・・・!?)
投げ飛ばされた土の一部が服に引っ掛かっただけだった。だがそれだけでエルリィの身体が宙を舞った。
それほどまでの勢いで投げ飛ばされたのだ。
「あれ、死んでない?」
トーベスはそんなエルリィに対して首を傾げるだけだった。
「おかしい。男なら今ので死ぬんだけど」
「ぐっ・・・」
三半規管がイかれたのか視界がぐわんぐわんと回っている。
(元に戻るまで、時間を・・・!)
「わ、私、を、男だと、思ってるのか・・・!?」
なんとか気丈に振舞いながら、エルリィはトーベスを睨みつける。
「・・・?違うの?」
一方のトーベスはいかにも不思議そうに首を傾げた。その気怠そうな表情も相まって、本気で困惑している様子だった。
「ふざけるなっ・・・私は、女だ・・・!」
こんな時代ではあまり言いたくない事だったが、事実は事実としてしっかりと表明するべきだ。
だからエルリィははっきりとそう言ったのだが、トーベスは未だに首を傾げていた。
「『男』の間違いじゃないの?」
「何を言ってるんだ・・・?」
エルリィはトーベスの言い分に思わず混乱する。
「だって、貴方、弱いもの」
「・・・・っ」
それを聞いて、エルリィは理解する。
「まさか、弱い人たち全員を『男』だと思ってるのか!?」
「違うの?」
トーベスは至極当たり前にそう言った。
「簡単に死ぬほど弱いから『男』。『男』にやられちゃう弱いやつも『男』。『男』なんかに苦戦する奴も『男』。『男』は弱者、『女』が強者。それが普通でしょ?」
トーベスの言っている事は、単純であり歪んでいた。
しかし、それは千年続いた新生文明歴における『女性至上主義社会』を体現しているかのような思想だ。
目の前に相手にとって、それが普通だったのだ。
けれど、いくらそれが彼女の『普通』だからと言って、
「なら」
それを認める訳にはいかない。
「お前が私に負ければ、弱かったのはお前という事になるな」
終穹は抜けない。戦姫として欠陥だらけ。しかし、例え悲惨な結末になるとしても、退くわけにはいかない。
(エレンさんたちの所にはいかせない以上に、こいつにだけは、負けられない)
エルリィは、剣をしっかりと握った。
「来い、デカブツ!」
トーベスは心底面倒くさそうな眼差しをエルリィに向けた。
(どうしよう・・・!)
その様子を、アリスは木陰から見ていた。
戦いは一方的な展開を見せた。
トーベスの攻撃は常に大雑把だ。
予備動作の大きい大振りな攻撃ばかりで、避けるのはそれほど問題にはならない。
だが問題なのは、その頑丈さだ。
エルリィの振るう剣が、一切通用しないのだ。
振り方が決して下手な訳じゃない。むしろ、熟練者のそれと言って差し支えない。
だが、トーベスの皮膚に一切食い込むことなく弾かれてしまう。
「弱い」
「ぐぅっ!?」
張り手が振り下ろされる。
それをエルリィはなんとか躱す。
「クソっ」
「弱い」
続けて、凄まじい風圧を伴いながら、幾度となくトーベスの掌がエルリィに襲い掛かる。
それら全てを、エルリィは紙一重で躱し続ける。
(高い反射神経に、たぶん、視野がすごく広い。だから、視界の外から繰り出されてる攻撃を躱す事が出来てる。だけど、決め手が無い)
それが、最大の問題だ。
このままではジリ貧のまま何にも起こらない。
(あの剣・・・)
そこでアリスはエルリィのもう一つの剣に注目した。
(さっき、抜こうとして抜けなかった。何か条件が?)
アリスが見ている中で、エルリィが一瞬、左手にもっていた剣を右手に持ち替え、後ろ腰の左側に差した赤鞘の剣の柄を握り締める。しかし、一瞬抜こうとする動作をした後に、諦めるように手を離した。
その際、エルリィの顔が苦悶に歪む。
(あの剣さえ抜ければ・・・)
アリスは口を押えて考える。そして、すぐさまその場から立ち去るように走り出した。
「弱い」
「くぁ!?」
攻撃が止まらない。エルリィは何度も攻撃を仕掛けているが、その剣がトーベスに傷をつける事は無かった。
「弱い」
「っ!?」
いつの間にかトーベスの手には小石が握られ、それが掌の中で砕けた。
それを、その膂力のままに投げ飛ばす。
放たれたのは、戦姫の身体を傷つける事のない攻撃。
だだ今回は当たり所が悪かった。
「あがっ!?」
石の破片が右腕に当たった。そしてその勢いのまま後ろに腕が引っ張られ、そのまま肩が外れた。
「あっがぁっぐあぁああ・・・・!!!」
痛みが外れた肩を蝕む。
(ま・・・ずい・・・!)
流石のエルリィも肩が外れるのは初めての経験だった。
無論、肩を填め直すなんて芸当、出来る訳もない。
「ようやく蚊退治も終わるなぁ」
変わらぬ表情で、しかしどこかうんざりしていてそうな顔で、トーベスはエルリィに歩いて近付いていく。
エルリィは立ち上がろうとするが、右手が使えなくなったことと右肩の痛みで上手く立ち上がれない。
「う・・・ぐっ」
「それじゃあ」
トーベスが足元のエルリィに向かって、右手を上げて拳を作った。
「おしまい」
そのまま、拳を振り下ろそうとした。
パン
その時、トーベスの頭ががくんっと右に振れた。
一体何が、と思う間に、トーベスの側頭部から何かが落ちた。
それは、弾丸だった。
思わず、それが飛んできたであろう方向を見ると、そこには、何かを左手に、そして右手で拳銃を持って走ってくるアリスの姿があった。
「アリス!?」
「また『男』・・・」
エルリィは驚く。しかし、そうしている間にアリスは左手に持っていた何かを投げた。
赤い円柱状のレバーとホースのついた何か―――
(消火器!?)
投げられたそれを、トーベスは片手で掴んだ。
それに首を傾げるトーベスだが、タイミング良くコードスキルが発動したエルリィはその意図を把握、すぐさまその場から離れる。
そしてその直後、アリスの放った弾丸が、消火器を撃ち抜いた。
穴の開いた消火器から、大量の消化液が噴き出し、視界を一気に塞ぐ。
「めんど・・・」
トーベスがその場に立ち尽くしている間に、エルリィとアリスはすぐに合流する。
「エルリィ!」
「お前、なんで戻って・・・」
「そんなことよりこっち!」
文句を言いかけたエルリィを抑えてアリスはエルリィを近くの物陰へと連れていく。
隠れた所で、エルリィは落ちていた手頃な小枝を手に取ると、それをエルリィの口元へ突き出す。
「肩を填め直す。これを噛んで」
「は、填めれるのか?」
「早く!」
「は、はい!」
アリスに急かされて小枝を噛むエルリィ。
「填め直すぞ」
言うや早いか、アリスはあっさりとエルリィの肩を填め直した。
「ふんぐっ!?」
「どう?」
「ぺっ・・・大丈夫、少し痛むけど、動く」
右肩の調子を確認して、エルリィは息を吐く。
「奴をどうにかしないと」
アリスはこちらを探すトーベスを物陰から見る。
「なんで戻ってきた?」
エルリィは、そう尋ねる。
「篝さんなら、そうすると思ったから」
「・・・・!」
アリスの答えに、エルリィは目を見開いた。
「取るなら、より多く、より大事なものを取れる選択をしたい。取りこぼす事だって多いかもしれないけれど、私はその選択で後悔したくない。貴方を助ける事は、私にとって、後悔しない為の選択だから」
「・・・・」
アリスの答えに、エルリィは呆気にとられる。
そんなエルリィの様子に、しばらく考え込む素振りを見せるアリス。
「ねえ、貴方のその剣、どうして抜けないの?」
「あ、終穹のことか?」
エルリィは、終穹の柄を握る。
「たぶん、私の心の状態に応じて、抜いていいかどうかを判断してるんだと思う・・・」
「貴方の、心の状態・・・?」
アリスは思い出す。彼女と初めて会った時のことを。
(あの赤い斬撃なら、『怪獣』に通用するかもしれない。けれど、今彼女の精神状態だと、剣は抜けない・・・なら、どうすれば・・・)
アリスはエルリィの顔を見る。
エルリィの表情は、とても不安そうで、複雑そうだった。
(心が不安定になってる理由・・・)
それはきっと、『隊長』という役割が重責になっているからだ。次いで、メンバーからの不信感が彼女にさらなるプレッシャーをかけてしまっている。
だから精神的に不安定になってしまっている。
(それが、この戦いに不安要素として心の片隅に残ってしまっているんだ。本当だったら、あの剣さえ抜ければ、きっと奴と渡り合う事も可能な筈・・・どうにかして抜かせる方法を・・・)
考えて、アリスはふと思考を止めた。
(そういえば、私は彼女の事を何も知らない)
今の状況で、呑気な事を言ってる暇は無いのは分かる。だが、今この状況を打破できる可能性を持っているのは、目の前にいる一人の戦姫だけだ。
戦姫になれず、頭を回す事しか出来ない自分では、どう足掻いても一人で何をすることもできない。
だから、誰かを頼らなければいけない。
であるならば、
「エルリィ、聞いて」
まずは、信頼関係を築かないといけない。
「私は生まれつき、戦姫になる事が出来ない体だった。だけど、私の身体には、強力な力をもったコードがあった」
「・・・・?」
突然、自分の事を話し始めたアリスに、エルリィは思わず混乱する。
「ごめんなさい。あまり時間が無いからかなり省略して話すわ。そのコードは、それ一つで多くの人々に厄災をもたらす力を秘めたもので、当時の私、そして周囲の人間は、その存在に気付けなかった。何故なら私には、エーテルを生み出すソウルコアそのものが無かったから」
「エーテルが、無い!?」
「ええ。双子として生まれ、生まれつきエーテルを持たずに産まれた私はリンカーを起動するどころか変化させることも出来なかった。ただ、エーテルラインとコードだけがある、異様な欠陥品。それが私よ」
「欠陥品・・・」
「ただ、そのコードは強力で、だから私は一度誘拐された。そして私は、コードの宿る全ての部位を奪われた。両腕と両足、そして両目とこの胸の中の心臓―――計11の部位を奪われ、私は一度命を落とした」
「―――っ!?」
とんでもない、アリスの告白。それはエルリィに大きな衝撃を与えた。
「幸い、かろうじて人工心肺装置で一命をとりとめたけれど、それから数年は、光を見る事も、動き回ることの出来ない体になって、しばらくは、侍女の一人のコードスキルで、私は夢の中で生きる事になった。けれど、夢の世界を通じて会えるとはいえ、現実のみんなに会えない事はとても辛くて、私だけが成長しない事が怖かった。このまま、ずっとその世界に閉じ込められるのかなっていう不安が、ずっとあった。けど、そんな時にやってきてくれたのが、篝さんとエレンさんだった」
アリスは、昔を懐かしみ、嬉しそうに頬を綻ばせて話し続ける。
「夢の世界を侵食する悪夢を祓い、私を夢の世界から脱出させて、何かを掴みとるための手と立ち上がるための足、そして力強く生きる為の心臓をくれた。あの二人は、私にとって、この命を捧げてもいいほどの音をくれた人たちなの」
そうして、アリスは手を胸に当てて、決意の籠った眼差しで、エルリィを見る。
「この大恩に報いる為に、私は篝さんたちを支える杖となる為に戦う。いつか追いついて、隣でともに戦う為に、追いかけ続ける。それが私が戦う理由」
そう自分の持つ『答え』を言い、今度はエルリィの手を取って、アリスは問う。
「貴方の理由は、何?」
トーベスはさっさとその場を立ち去るべく、未だ鳴り響く戦闘音のする校舎二階へと向かおうとしていた。
「はーあ、結局あの蚊、潰せなかったな」
どこまでも自分以外の全てが下と見下す彼女にとって、あの二人は取るに足らない存在。
であるならば何故相手をしたのかというと、簡単に言うのであれば飛んでくる蚊に対する人の感情と同じだと彼女は言う。
だからこそ―――
「『終穹・抜刀』」
「・・・・え?」
ざしゅ、という音に彼女は耳を疑った。
「・・・井の中の蛙大海を知らず、という言葉を見た事がある」
足が斬られた。血が流れ出た。痛みが出た。
何故、何故、何故・・・・なぜ、なぜ、なぜ・・・・
「なるほど、そういうことか。お前のその価値観」
――――ナゼ!?
「自分より弱いやつとしかやり合わなかったからなんだな」
朝焼け色に輝く刃を携えて、エルリィ・シンシアは反撃を開始する。




