分断
戦闘は極力避けつつ、隠密で移動する臨時小隊。
しかし、その空気はどこかギスギスしていた。
(私のせいだろうな・・・)
隊長を指名されておきながら、隊長らしい事が何一つとして出来ていない。
ほとんど人に任せてばかりだ。
(今からでも、誰かに・・・いいや、ダメだ)
頭に思い浮かんだ考えを寸での所でやめる。
曲がりなりにも、篝に任された事を、途中で放棄する事なんてできないし、したくない。
だが、しかし、
(隊長って、本当に何をすればいいんだ?)
エルリィにはその知識が無かった。
「かなり数が多いな」
そこで、鏡を使って、通路の向こう側を見ていたストームがそう呟く。
「数は?」
「七」
「情報通りね」
エレンが尋ねれば、それに短く答えるストーム。
戦闘を避け続けているものの、ここに至るまでの道のりで、進めば進むほど、遭遇する洗脳された人間の数が増えていた。
道中にあった、男性の死体の数もそれに比例して、だ。
「あからさま過ぎて逆に罠なんじゃないかと思うわ」
「罠でも推し通るのみだ」
スレイが訝し気に呟き、トモエが盾を握り締めて続く。
「わ、罠だなんて・・・」
「どちらにしろ行くしかない」
エイミが恐ろし気に呟き、ブリーズが眼鏡を押し上げる。
「ここからは正面突破しかなさそうだな」
アリスが口元を覆い、そう呟く。
リーシャは何も言わない。
方針は固められつつあった。
(私も、何か言った方が良いのかな・・・?)
そう思うも言える事が何もないと気付き、黙って視線を落とす。
「・・・ん?」
その時、ふと、今自分が立っている床に何かの違和感を感じた。
じっと目を凝らしてみる。
「エルリィ、準備は―――」
そこで、エレンがエルリィの方を向いた。
そんなエレンに、スレイが少し苛立つ。
(一々確認しなくてもいいじゃない)
そう思い、振り返った時―――エルリィがアリスに向かって飛び掛かっていた。
「な―――」
スレイが反応する間もなく、エルリィはアリスに飛びつくと、そのまま窓へ突っ込んでいき―――
次の瞬間、何かが炸裂した。
悲鳴も上げる間もなく、炸裂した爆発に巻き込まれた。
「う・・・げほっげほっ・・・!」
吹き飛ばされ、辛うじて起き上がったスレイ。
「いった・・・エーテルを伴った爆撃・・・?」
爆発に対して、痛みを感じている事に、スレイはそれがエーテル由来のものであると判断した。
しかし、叩きつけられた衝撃に対して、スレイが受けたダメージは、それほどでもなかった。
あの爆発は、良くて手足の一つや二つ消し飛んでいる筈のものだった。
しかし、ダメージはそれほどでもないと考えると、何か、爆発が軽減される事があった筈だ。
スレイは、爆発の発生源へ目を向けると、そこに立っているのは緑髪の少女だった。
「―――トモエ!?」
トモエが、盾を構えて仁王立ちしていた。
おそらく、彼女の盾が、この場にいる者たちから爆発を防いでくれたのだろう。
「ちょっとあんた、大丈夫なの!?」
思わず立ち上がったスレイに対して、トモエが発したのは次の一言。
「・・・・死ぬかと思った!!!」
「え、あ、そう・・・」
当然の反応であろう。
「みんな、無事?」
そんな中で、エレンが落ち着いた様子でその場にいる者たちに声をかける。
「俺は大丈夫」
「こっちも無事だ」
まず、ストームとブリーズ。
「わ、私も・・・」
「こっちも問題ないわ」
続けて、エイミとリーシャ。
「えっと、無事だけど」
そしてスレイ。
「誰ださっき私を蹴っ飛ばしたの!?」
最後に、トモエの怒号だった。
「悪かったわね。一番頑丈だったの貴方だったから」
「何故!?盾もってなかったら死んでましたよ!?」
「盾をもってるからに決まってるでしょう。悪かったわね。時間が無かったの」
「ううう・・・」
素直に謝られてトモエはそれ以上何も言えなかった。
「次からはやめてくれ」
しかし、ストームはエレンを睨みつけ、怒りを含んだ声でそう言った。
その視線に、エレンは見返す形で受ける。
「・・・・そうだ、アリスは!?」
唐突に、スレイがアリスの行方を思い出し、窓の外を見る。
「アリス、無事?」
その間にエレンがアリスとの連絡を試みる。
スレイが、窓の外にある広い敷地を必死に探す。
『私は無事です・・・』
アリスからの返事が来る。それにほっと一息をつく一同であったが、
『でも、エルリィが・・・!』
スレイがアリスを見つける。
そこには、倒れた状態で体を起こしているアリスと、仰向けになった倒れているエルリィの姿があった。
「っ・・・!エルリィがどうしたの?」
『意識が無いんです。たぶん、私を庇ったせいで・・・』
エレンがスレイの横から窓を見る。
「・・・分かったわ、すぐにそっちに」
「アリス、そいつから離れなさい」
その時、唐突にスレイからそんな声が出た。
「・・・なんですって?」
「さっきの爆発、そいつの仕業なんじゃないの?」
スレイは鋭い視線を、倒れているエルリィに向けていた。
『スレイ・・・』
「さっき、爆発が起きる前に、目にライン反応が見えた。さっきの爆発、そいつのコードスキルなんじゃないの!?」
スレイは捲し立てるように無線を通じてアリスに言う。
「無駄話はそこまで」
だが、そこでエレンが剣を引き抜いて、爆発した廊下とは反対方向に向かって歩き出す。
「全員、戦闘態勢」
その言葉に、全員が目を見開く。
「敵が来るわ」
通路の向こう。覚束ない足取りで彷徨う洗脳集団の中、二人の女性がその姿を現す。
「おーう?罠に引っ掛かったのはひょっとしてお前らかぁ?ここの訓練生なのになんでおかしくなってないんだぁ?」
一人、頭にバンダナを巻いたチンピラのような様相の女が一人。
「どうやら、奴の『麦』を食べていない連中のようだ。それによく見ろ。一人、別格の存在がいる」
一人、コートを身に纏った、威圧感を持った女が一人。
「ん~?あー!よく見たら『魔女』じゃないのぉ!『竜殺しの魔女』!『竜殺しの刃』最強の戦姫ぃ!会ってみたかったんだよねぇ!」
バンダナの女が嬉しそうにエレンを指差して笑う。
「スレイ、伏せなさい」
それを見たエレンが唐突にそう言いだす。
その指示に、スレイは思わずきょとんとなる。
「え?」
「早く!!」
続けて鋭い怒号が響き、スレイは思わず膝を折った。
ザン
「え?」
突如として、スレイのすぐ背後の壁に一筋の斬撃痕が現れる。
「な、なに・・・!?」
「下手に動かないで」
エレンから短く端的な声が響く。
コートの女が、懐から剣を引き抜く。
「距離無視した遠隔攻撃って訳?」
「「「ッッッ!?」」」
その言葉を聞いた瞬間、戦姫一同が戦慄する。
「なんだっけ?戦姫って確か遠距離攻撃が苦手とかなんとか」
「嗚呼、距離が開けば開くほどコードスキルの威力が減衰し、更に戦姫は常にエーテルの力場のようなものを展開し続けているが故に、遠距離でのコードスキルの攻撃は意味をなさない。故に、戦姫の戦い方は常に『近接戦が基本』」
ストームとブリーズもまた、散々座学で叩きこまれた事を思い返し、警戒度合いを高める。
「ひょー、こいつの攻撃を初見で、しかも躱させるとかすっげぇ」
「油断するなよ」
「任せなって」
バンダナの女が、掌を上に向けて掲げた。
すると、その両掌に光のラインが見えたかと思えば、突如として黒く光る球体が出現する。
(鉄球・・・!?)
それを見たエレンの動きは早かった。
「そぉれ」
それは、凄まじい勢いで放たれた。
真っ直ぐに放たれた鉄球は真っ直ぐエイミへと向かっていった。
「え」
鉄球が真っ直ぐ、エイミへと突撃し、その顔面に激突しようとしたその時、エレンの蹴りが鉄球を壁に叩きつけた。
「づっ!?」
その時、エレンが苦悶の顔を浮かべる。
「全員、さがりなさい!」
エレンが鋭く指示を出す。
「あは、さっすが~」
一方のバンダナの女は感心したように笑みを浮かべていた。
「結構重いんだけどねぇ、これ」
「はっ!こんなお粗末な攻撃、うちの鉄クズの方が数千倍マシな事するわね」
エレンが右手の剣の切っ先を突き付ける。
「距離を無視した斬撃と鉄球による遠隔攻撃。アクトレスに属しつつも傭兵のように国や地域を問わず場所で戦闘を繰り広げ、必ず一方的な過程をもって結果を出す二人組『ニーベル・ロキス』と『ハマ・リジェル』ね」
「ほう、我々のことを知っているのか?」
黒剣を構え、『ニーベル・ロキス』が興味深そうにエレンを見る。
「だが、まあ問題はない」
しかし、すぐに戦闘態勢へと入り、剣の切っ先をエレンに向ける。
「お前たちは、ここで死ぬ」
その威圧に、臨時小隊の少年少女たちは思い知る。
今、自分たちは、殺し合いの戦場に立っている。
その恐ろしさに、足が竦んでしまう。
(甘かった・・・アリスに力になれるからって、調子に乗ってた・・・!)
目の前にいるのは、本物だ。
本物の『人殺し』だ。
たかだか『弱者』である男をいたぶるだけの遊び人なんかじゃない。
本物の『戦場』で己の力を磨いてきた戦姫たちだ。
「アリス・・・」
スレイは、震える声で、今この場にいない親友の名を呼んだ。
その一方で、爆発によって吹っ飛んだアリスとエルリィ。
「みんな、どうした!?返事を・・・!」
帰ってくる声が無く、静まり返っている。誰も応答してくれない。
その状況に、アリスは胸中に不安を抱く。
(大した怪我はしていない。辛うじて窓から飛び出したお陰で、爆発をもろに受けずに済んだ。けれど・・・)
自分を庇ってくれたエルリィの意識が戻らない。
「起きて、起きて・・・!」
揺すって起こそうとするアリス。
見た目ではエルリィの身体はそれほどのダメージを受けた様子はなかった。
(ダメージが、見た目以上に酷いの・・・?)
何しろ、あの爆発を背中にまともに受けたのだ。
そのせいで中身の方が深刻なダメージを―――。
「う・・・ぐ・・・」
そこでエルリィが呻き声をあげる。
「っ!エルリィ!」
「うぅ・・・あ、アリス、無事だったのか・・・」
目を開けて、最初に言った言葉がそれだった。
「無事だったかって・・・貴方の方が酷い怪我でしょう・・・」
「そう・・・い、だだだだだっ・・・!!?」
どうやらぼんやりとしていたせいか痛みが遅れてやってきた様子だった。
「立てる?」
「ぐぅ・・・なんとか・・・」
「すぐにここを移動する。さっきの爆発で、他の洗脳された人たちが来る」
「分かった・・・」
アリスに手助けされながら、エルリィは体を起こす。
「早くみんなの所に戻らないと・・・」
その時、エルリィたちが落ちた場所から、激しくぶつかり合う金属音が響いた。
「この音は・・・」
「戦闘の音・・・戦ってる!?」
響く金属音に、エルリィとアリスは目を見開く。
「すぐにいかないと・・・づっ!?」
すぐに立ち上がろうとするエルリィだが、痛みで思わず膝をつく。
「無理しないで」
「だが、他のみんなが・・・!」
「っ!?」
そこでアリスが目を見開く。
エルリィの目に光のラインが迸っていたからだ。
(コードスキル・・・!?)
無意識なのだろうか。それとも何か意図があってか。
アリスは、思わず余計な思考を巡らせてしまう。
その様子に勘付いたのか、エルリィは自分の目に手を当てる。
「あ、コードスキル、発動しちゃってたか」
「・・・貴方のコードスキルって、何?」
アリスは尋ねる。
「・・・・その帽子と、懐の拳銃・・・篝さんから貰ったものだろう?それも、ラーズさんの能力で作ったもの」
「!? どうしてそれを・・・あ」
アリスは、気付く。
「それが、貴方のコードスキル・・・・」
「うん・・・ただ、ものの記憶を見るだけのコードスキル。まだ上手く使えないから、よくは分かってないんだけど、生きてるものには使えないんだ」
「さっきの爆発は、それで分かった?」
「ああ」
アリスは、エルリィの言葉に、思わず考え込む。
(物の記憶を見るだけ・・・?上手くやれば、情報を取り放題って事?でも、そんなコードスキルが本当に?この帽子や拳銃の事は、篝さんから聞けば分かる事だし・・・)
思わず、思考の海に耽るアリスだが、その一方でエルリィは、どうにもきょろきょろと周囲を見回していた。
「なあ、おかしくないか・・・・?」
「え?」
突然、そう言いだすエルリィに、アリスは思わず声を漏らす。
「さっきの爆発で、どうして奴らがこないんだ?」
「・・・!?」
言われて、アリスは思わず周囲を見回した。
確かに、爆発から結構な時間が立っている筈なのに、何時まで経っても洗脳された連中がやってくる気配がない。
それどころか、この広い敷地で人影一つ見当たらない。
その異様な光景に、アリスとエルリィは、その体から流れ出る脂汗を止められなかった。
そして、唐突に、出発前にゴードンが伝えた『忠告』を思い出す。
『いいか。中心に向かうのは良い』
足音が、聞こえた。重い、かなり体重をもった人間の足音。
『だが、もし『怪獣』に出会ったのならばすぐに逃げろ』
思わず、端に植えてあった木の幹に体を隠し、そっとそこから視線を覗かせた。
『奴は、あらゆる意味で規格外だ』
そこから見えたのは、優に二メートルを超えた巨体を持つ女。
切りそろえられたおかっぱ髪。どこか不気味さを覚える無表情な顔立ち。
『体も、力も、そして倫理観も、何もかもがぶっ飛んだ、文字通りの『怪物』』
そんな巨女の前に、一人、ふらふらと近寄る影が一つ。
洗脳された者。それも女だ。
そんな洗脳された女が、どういう理屈かは分からないが、ふらふらとその巨女の横を通り過ぎようとした。
『見つかっても戦おうと思うな。スタジア少尉であれば、勝てる見込みはあるかもしれんが、他の奴らは絶対に戦おうとするな』
ぐしゃり。
巨女の掌が、その女の頭を握り潰した。
何故、という疑問が迸る。
『奴は、見た目も、通り名も『怪獣』だ』
―――『怪獣』トーベス・マグウス。
文字通りの怪物が、エルリィとアリスの前に立ちはだかる。
「『男』ばっかり」




