隊長の立場
そこは講堂。
生存していた士官学校の生徒たちやその教官たちが、臨時の拠点として立て籠もっている場所であり、唯一の生存空間だった。
そこで、数多くの者たちが傷や『洗脳』に苦しんでいた。
「こっちの奴また暴れ出したぞ!」
「鎮静剤は!?」
「もうねえよそんなの!」
「こっちの止血終わったよ!」
「じゃあ次!」
慌ただしいそこで、エルリィは呆気にとられた様子で、その空間を見ていた。
「意外ね。行動していたのが男だけだったからてっきり女はいないのかと思っていたわ」
「無事だったのは治療系のコードスキルが使える衛生科の連中だけだったんだ。と言っても、その衛生科もほとんどの奴がやられちまって、今どこをほっつき歩いてるのか分からんがな」
ゴードンがエレンの呟きに対して、そう答える。
「たったこれだけ・・・」
その一方で、アリスの表情は優れなかった。
数えるだけでも三十人。かなりの数がいた筈の士官学校生の生き残りが、たったのこれだけ。
「「「・・・・」」」
その現状に、誰も何も言わなかった。
「とりあえず、情報収集と行きましょう」
そう言いだしたのはリーシャだった。
「誰か何か知ってるかもしれないし、ここでしばらくは休めるわ」
「それもそうだな・・・よし、各自、休息しつつ、情報収集をしてくれ」
リーシャの提案に、アリスは頷いて、隊員たちに指示を出す。
「私はこっちで段取りとかしてるから、アンタたちはアンタたちで好きになさい」
エレンはゴードンと話をする様子だった。
他の者たちも、特に異論は挟まず、解散してそれぞれの行きたい方へと向かう。
そこに、エルリィ一人だけが取り残された。
(どうしよう・・・)
言うまでもないがエルリィは人付き合いが苦手だ。
周囲は敵だらけの環境で育った故に無理もないが、ここまで大勢の人間がいる環境にエルリィは思わず萎縮してしまう。
何より、怪我人だかけの状況で自分が役に立てるとは露程にも思っていなかった。
そんなエルリィの背をエレンが軽く叩く。
「わっ」
「頑張りなさい」
たったそれだけの励ましを言い、エレンはゴードンの方へと向かってしまう。
そして本当に取り残されるエルリィ。
(どうしろと!?)
その場で固まったままパニックになるエルリィ。まさに木偶の坊である。
「何してるの?」
そんなエルリィを見かねたのか、アリスが近寄ってくる。
「あ、アリス・・・」
エルリィから漏れた声は酷く情けなかった。
それを聞いたアリスはため息を一つ吐いて、エルリィの手を取った。
「一緒に聞き込みをしましょう」
「あ」
手袋越しに伝わる掌の感触。
その感触が、不安だった心を、ほんの少し温めてくれる気がした。
「あ?逃げてる間に何か変わった事がなかったかだ?変わった事だらけだわ!女は暴れ出すし男も暴れ出すし!せっかくまともな生活が出来てきたと思ったらこれだよクソったれが!」
「逃げるのに必死で、同じ男からも攻撃されて、そんなもの見てる余裕なんてなかったよ」
「私、ただここが一番安全だからここにいるだけなんですけど。こんな非常事態じゃなかったらこんな所にいないわよ」
「何も聞かないでください・・・」
「この子、友達が目の前で殺されたから色々と放心状態なのよ。だからそっとしておいてあげて」
「いでぇええいでぇえええ・・・・!」
「おい!治療の邪魔だ!手伝わねえならどっかいってろ!」
まともな収穫がないまま、臨時小隊の面々は聞き込みを続ける。
そんな中で、アリスとエルリィが出会ったのは、一人の女医であった。
「あ、ミシェーラ先生」
「ん?アリスか?」
白衣を着たその女性は、アリスに声をかけられるとさっと振り向いた。
「ご無事だったんですね。良かった」
「そっちも無事だったようだな」
仲の良さそうに話し合う二人に、エルリィは首を傾げる。
「知り合いなのか?」
「ミシェーラ・スレッド先生。衛生科の教官で、訓練で怪我をした人は、みんな彼女の世話になるわ」
「そう、なのか・・・えっと、エルリィ・シンシアです」
「ふむ、ここの生徒じゃないな・・・なるほど、お前が例の臨時小隊の戦姫か」
茶髪を肩辺りで切りそろえた髪型のその女性は、エルリィを深く観察するように全身に視線を這わせる。
「・・・随分と、手酷い人生を歩んできたようだな」
「っ!?」
見抜かれた。思わず右手で左腕を掴む。
そんなエルリィを見て、『ミシェーラ・スレッド』はアリスに視線を戻した。
「それで、何か聞きたい事があるのだろう?」
「あ、はい。逃亡している間、何か変わった事はありませんか?どんな些細なことでもいいんです」
「変わったことと言っても、洗脳される前に自分や他の奴らの脳を弄った以外、分からないんだがな」
(え、脳を弄った?)
何やら聞き捨てならない言葉が聞こえてきたが、そんなエルリィの疑問も知らずにアリスとミシェーラの話は続く。
「あの、ミシェーラ先生は麦で出来た食べ物を食べていましたか?」
「まあパンをよく食っていたが・・・もしかしてそれが原因か?」
「この街で暴れている人のほとんどが、昔から麦を食べていた人ばかりで・・・」
「確かに、帝国ではカルトッフェルが主食だが、この街では妙に麦製品が親しまれていた。小麦粉はその最たるものだな。だから私もパンを食べていたわけだが・・・なるほど、そうなるとゴルドー商会の方が怪しいか・・・」
「そちらには、既にかが・・・他の人たちが向かっています」
「そしてお前たちは戻ってきた、か・・・かなりの人手不足らしいな」
(本当はアリスの我儘のせいなんだが、黙っておこう)
そこでふと、エルリィは思う。
(向こうは今、どうなってるんだろう・・・)
ゴルドー商会本部にて。
「「「ぎゃぁあああ!!?」」」
暴風が吹き荒れる。
それによって吹き飛ぶのは何十人もの戦姫。
「くそっ!『竜殺しの刃』めぇ、こんな一方的に―――うぎゃあぁあああ!!?」
障害物すら意味をなさず、吹き荒れる暴風の塊が、通路を一気に吹き抜け、その途中にあった全てを奥へと吹っ飛ばす。
その一方的な展開を引き起こしているのは、一人の小柄な戦姫のみ。
「案の定、正気を保った人ばっかり・・・これはこっちが本命かなぁ」
のんきな声で、風を操るのはサハラ小隊隊長のステラ。
ステラのコードスキルは見ての通り『風』。
風に関わるあらゆる事象を引き起こせる風使い。
室内であればその威力は見ての通り。ほぼ一方的な戦いを繰り広げている。
しかし、そんなステラの背後、正確には天井から泥から這い上がるかのように現れる戦姫がいた。
(調子に乗るなよ!)
壁、もしくは物質をすり抜ける事の出来るコードスキルだろうか。
その手に持ったナイフでステラの背後を突き刺そうとする。
しかし、小隊とは言え、ステラもまた『竜殺しの刃』の幹部。
「えい」
「ぐぎゃあ!?」
手の動きに連動するように叩きつけられた風の砲弾が、その戦姫を床に叩きつけ、撃沈する。
「さあて、続けよっか」
ステラの進撃は止まらない。
その一方で、ゴルドー商会の会長室にて。
隠し金庫から宝石やらの金銀財宝を布袋に突っ込む太り切った女がいた。
彼女こそはこのカルスルエで何百年と言う繁栄を続けてきたゴルドー商会の会長『エレベ・ゴルドー』である。
「クソがっ、『竜殺しの刃』めっ、好き勝手に暴れやがって・・・!」
どれだけ私腹を肥やしてきたのかはその体を見れば分かる。
エレベはさっさと荷物をまとめ、そして会長室に隠した隠し通路から脱出しようとする。
しかし、行動する前に、いつの間にか、白い煙のようなものが会長室を満たそうとしている事に気付いた。
「このコードスキル、いや、リコレクトスキルは・・・!?」
「―――動くな」
気付けば、首筋に冷たい刃物が突き付けられていた。
場面は戻って士官学校にて。
「あまり収穫は無かった様子ね」
臨時小隊の隊員の顔色を見て、エレンはそう判断した。
「誰もかれもが逃げるのに必死過ぎて誰も気付いたことはないって言ってるのよ」
「しかも滅茶苦茶悪口を言われました」
「どうして私こんな所にいるんでしょう・・・」
「ブリーズはブリーズで衛生兵として手伝いに行っちゃいました」
スレイがイラついた様子で頭を抱え、トモエがげんなりと頭を垂れ、エイミは目尻に涙を浮かべており、ストームはブリーズの方を指差した。
その様子にエレンは苦笑いをするでもなく頷き、最後に戻ってきたエルリィとアリスの方を見る。
「遅かったわね」
リーシャが二人をそう言って出迎える。
「すまない・・・」
「一応、情報を持ってきたわ」
「じゃあ聞かせてもらいましょうか」
リーシャに促され、アリスが報告をする。
「どうやら、士官学校の責任者であるマリウス校長が、ゴルドー商会の会長と繋がりを持っているらしいです」
「繋がり?」
「大分以前の事になるそうですが、何やら、ゴルドー商会から『ある物』を預かったきり、それをここに保管しているようなんです」
「あるもの・・・?」
「そこまでは分からないそうなんですが、今得られる情報はそれぐらいで・・・」
その報告に、エレンは顎に手を当てる。
「どうやら、その校長とやらに話しを聞く必要があるようね」
「正気を保っていればいいけれど」
エレンの言葉にリーシャがそう反応する。
「ゴードン教官の話だと一部の洗脳を受けた連中はこの校舎の中央へと集まっていっている様よ。何のためにって思ったけど、そこは二十年前、何かしらの改装工事を行った場所だそうよ」
「改装工事?」
「ええ。一体何の工事をしたのかまでは、調べてないから分からないみたいだけど、行ってみる価値はありそうよ。何せ、そこには校長室もある」
「校長室・・・・!」
それを聞いて、アリスは声を上げる。
「一先ずの目的地は決まった様ね」
エレンが一同の反応を見て、そう頷く。
「さあ隊長、全員に号令を」
再び振られて、エルリィはまた戸惑う。
「はあ・・・・」
そんなエルリィとエレンのやり取りを見て、スレイがあからさまにため息を吐いた。
「ねえ、いい加減そいつが隊長ってのやめない?」
「あら、どうして?」
エレンは笑顔でそう尋ねる。
「自信もない、威厳もない、見栄も張らない。しかも士気を下げる一方で足も引っ張ってる。それにやる気もない。真面目にやるつもりがないなら、せめて私に代わりなさい。アリスが指揮官なら私の方が勝手を知ってる」
スレイの鋭い言葉。それにエルリィは反論する事も出来ず俯いて腕を握り締める。
(それは、分かっているんだ・・・)
やったことのない役柄に、自分が分不相応だという事も分かっている。
だからこそ、篝がどうして自分にこんな役を任せたのかすら理解出来ていない。
あまりにも、何も知らないのに。
(あの人の役に立ちたい、だけど、隊長は、あまりにも・・・・)
「今はそんな事話してる暇はないでしょう」
そんな中で、一つの声が割り込んできた。
「・・・リーシャ?」
呆れた様子で、リーシャはいつもながらの口調でスレイに言う。
「このバカを隊長に指名したのは私たちの上司、それも団長よ。その決定を、私たちのような兵卒、ましてや兵卒にすら慣れていない訓練兵が覆せる筈がないでしょう」
「っ・・・効率の話をしているの。こいつが隊長じゃあ、いろんな事が遅れるって言ってるの」
「だったら貴方がフォローしなさい。そんなに喚かなくても、こいつが隊長でいられるのは今日だけよ」
そこまで言って、リーシャは組んでいた腕を解き、腰に手をやってエルリィを見やる。
「こんな話をしている時点で時間の無駄よ。貴方も、せめて言い返すぐらいしてやりなさい」
最後にもっともなことを言い、リーシャはそこで話を打ち切った。
「じゃあそういう事で」
それを待っていたのかエレンが口を開く。
スレイも何か言いかけていたが、エレンのせいでそれ以上は何も言えなかった。
「行きましょうか」




