生存者
―――士官学校の敷地内は、まさしく地獄であった。
まさにゾンビ映画さながら、おぼつかない足取りでふらふらとさまよう者と、血塗れで床に倒れ伏す者で埋め尽くされていた。
そんな地獄絵図の現場の中、地下へと続く扉が、音を立てぬよう、ゆっくりと開く。
そこから顔を覗かせるのは、ブロンド髪を揺らすスレイ。
「・・・」
視線を彷徨わせ、周囲の状況を確認する。
「視界一面に正気失った奴ばかりだわ」
「ほぼ全滅・・・だなんて思いたくないな」
スレイの報告に、エルリィはそう呟く。
「とりあえず、気付かれないように移動しよう。音を発しては集まってくるかもしれないから、銃火器の使用は極力避けるように」
一番後ろで控えているアリスがそう指示を出す。
「アリスって、指揮官モードだと結構口調が男寄りになるよな」
「オンオフがはっきりしているんだろう」
そんなアリスの様子に、ストームとブリーズが口々に言うも、アリスの指示に従って音を立てないように敷地内へと侵入する。
「死体が多いわね。足元に気を付けて進みなさい」
エレンの言葉の通り、地面に多くの死体が転がっていた。
男も女も関係なくだ。
最初の混乱によって、起きた殺し合いの結果だろう。
男の死体の方は、引き千切られていたり切断されていたりと、まさに戦姫の殺し方という感じで転がっていたが、一方で女の死体は、体の至る所に穴が開いていた。
それが銃弾によるものであると、すぐに分かった。
(これが、武装エーテルの力・・・)
その光景を前に、エルリィはつい数日前に聞いた武装エーテルの話を思い出し、戦慄した。
「さて、ここまで無事に移動出来たが、これからどうする?」
「まずは生存者を探す。ほんの僅かかもしれないが、情報をもっているかもしれない」
「麦入りの料理を食べ続けてる輩なんてそうそういないでしょうしね」
トモエがアリスに尋ね、アリスはそう方針を示し、リーシャが頷く。
他の者たちも異論はなく、それに従って校舎内に入ろうとした。
パパパパパ・・・
「「「!!?」」」
聞こえたのは何かの破裂音。それを聞きなれた者たちは、それが銃声だとすぐに分かった。
「スレイっ・・・!」
「校舎内よ。どうするの?」
「行くぞ」
極力声を抑え、アリスは指示を下す。
「生存者がいるなら見捨てるなど以ての他だ。すぐに向かう」
「と言ってるけど、どうするの?隊長さん」
意気揚々と言い放つアリスに、エレンがそう割り込んできた。
「え!?」
いきなり矛先を向けられたエルリィはびくりと肩を震わせる。いきなり視線が集中し、しどろもどろとなってしまう。
「えっと・・・私も、それで良いと思う」
そう答えるしかなかった。
「じゃあ、急ごう」
その答えを聞くやすぐにアリスは駆け出し、それに続くように他の者たちも続いていく。
その行動の早さに、エルリィは思わず一歩遅れてしまう。
(やっぱり、頼りにされてないなぁ・・・)
「最初はそんなものよ」
そんなエルリィの背を叩き、エレンが話しかける。
「エレンさん・・・」
「篝だって、最初はかなり乱暴者だったんだもの。そのうち慣れるわ」
そう言って、エレンはエルリィと歩幅を合わせて走る。
「さあ、遅れるわよ」
「・・・はい!」
今はとにかく走るしかない。
いち早く、助けられるように。
我武者羅に放たれる銃弾。
「クソッ・・・クソォ・・・!」
その訓練兵はなんとか確保出来たアサルトライフルをやたらむやみに乱射していた。
「なんで、こんな事に・・・!」
隠れていた。ほとぼりが冷めるまで。
しかしうかつにもアサルトライフルを物にぶつけてしまい、その物音で気付かれてからは遅かった。
結果として、逃げ回りながらアサルトライフルを乱射し、敵を何度も呼び寄せる悪循環へと陥ってしまっていた。
そうしているうちに、アサルトライフルが弾切れを起こる。
「チクショウ・・・チクショオ・・・!」
ライフルを投げ捨て、拳銃を引き抜く。
しかし、前方と後方を挟まれ、逃げ道がなくなってしまう。
更に、追い詰められ、死への恐怖が拳銃を持つ手を震えさせる。
拳銃を握った手ががたがたと震え、狙いが定まらない。
「クソォ・・・!なんでだよぉ・・・!」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を向け、訓練兵の少年は、銃爪を引こうとした。
しかし、それよりも早く、一閃の光が訓練兵の少年の前方を迸った。
迫ってきていた正気を失った者たちが即座に吹っ飛び床に倒れる。
その光景を前に、訓練兵の少年は唖然としていた。
床に倒れたのは幸いにも戦姫ばかり、さらには特殊な形状の分銅が飛んできたかと思えば、眼前を通過し、後方の通路にいた戦姫たちをひとまとめに吹っ飛ばす。
「無事か!?」
分銅が飛んできた方を見れば、そこには数人の人影。
そのうち二人は男であり、武装もしていた。
そんな集団がこちらに駆け寄ってきていた。
だから拳銃を向けた。
「来るなぁ!!!」
間髪入れずに射撃。
銃爪を引き絞って滅茶苦茶に乱射し出す。
「ちょっ!?いきなり何!?」
間一髪、盾を持っていたトモエが、直撃弾を防げたから良かったものの、弾切れになるまで訓練兵は打ち続けた。
やがて弾切れを起こして拳銃がホールドオープンしてしまい、訓練兵は慌ててマガジンを交換しようとする。
「っ!気絶させて!」
アリスのその叫びに従うが早いか、リーシャが剣の柄頭でその訓練兵の首元を叩いて、その意識を刈り取った。
「うっ・・・!?」
そのまま、倒れる訓練兵。
「いきなりなんなの?」
「極限状態でまともな状態じゃあ無かったんでしょう」
スレイの言葉に、リーシャが結晶の刃を消失させながら答える。
「あら、もう終わっちゃったの?」
そこへ遅れてエレンとエルリィが到着する。
「エレンさん・・・」
「遅いわよ。何してたのよ」
「ごめんなさいね。途中で他の奴らに捕まっちゃって」
リーシャのジト目を適当にあしらうエレン。
その一方でエルリィは息を上げて、自分の身体能力の低さを呪った。
(『竜殺しの刃』の訓練でも思ったけど、私、ここまで運動音痴だったのか・・・)
鬼ごっこでの醜態を考えるとそれなりにショックが大きかった。
「とりあえず、まずは安全な場所に移動しましょう。どこかの部屋に立てこもればしばらくは大丈夫でしょ」
エレンがそう提案をすれば、各自の行動は早かった。
すぐさま近くの部屋へと駆け込み、鍵をかけて気絶させた訓練兵を寝かせる。
「こいつが起きるまでしばらくは動けそうにないわね」
「いや、俺が面倒を見る。お前たちはこの間に探索してきてくれ」
ブリーズが訓練兵の様子を見ながらそう呟く。
それにアリスはすぐさま応じる。
「分かった。ただし、ストームを置いていく。先ほどの反応からみて、女がいるとまた錯乱してしまう恐れがある。他の者は、皆でこの敷地内の調査をする。それでいい?」
アリスの指示に、皆が頷く。
「貴方もそれでいいわね」
と、エレンが再びエルリィにそう声をかけた。
「っ!?」
再び視線が集まった事でエルリィは肩を震わせて怖気づく。
「い、異論は、ない・・・」
どうすればいいのか分からないので、とりあえずそう言うしかなかった。
「だそうよ」
「・・・分かった」
アリスは不服そうであった。
「しっかりしなさいよ」
スレイが小言でそう呟く。
その隣でリーシャがため息をついていた。
その言葉がエルリィの胸に突き刺さる。
「・・・エレンさん、やっぱり私が隊長だなんて」
「最初はそんなものよ」
と、エレンの笑みは未だ崩れない。
一方のエルリィは気分が沈む一方だった。
(篝さんはどうして私を・・・)
そう、思考の海に潜りかけた時、
「誰?」
それまで黙っていたリーシャが、そう反応した。
エルリィが思わず呆ける中、他の者たちは真っ先に戦闘態勢に入り、入口の扉へと武器を構えた。
エルリィも一拍遅れて振り返れば、扉が、ほんの少し開いていた。
故に、武器の手をかけた。
その中で、唯一自然体でいたエレンは、余裕の笑みを崩さず話しかける。
「貴方たちが正気を保っているのなら、取引をしないかしら?」
扉の向こうから返事はない。
「扉を開けましょう。まずはご対面としましょうじゃない。それとも、扉の向こうで悪知恵されるのがお好き?」
エレンの持ちかける『会話』に、扉の向こうが少し騒がしくなる。
その様子から、どうやら何かでもめているようだった。
やがて、騒がしさがなくなると、扉がゆっくりと開いた。
そこから、アサルトライフルの銃口が伸びてきた。
「動かないで」
エレンの言葉に、思わず身構えた臨時小隊の面々が止まる。
開かされた扉から伸びるアサルトライフルの銃口は三つ。
先頭に立つ、黒い髭が口元を覆って額にバンダナを巻いている凄まじいガタイの男が、銃口を向けながら、部屋の様子を見回した。
その背後に、二人、訓練兵と思われる少年たちが、緊張した面持ちでライフルを構えていた。
「・・・お前がリーダーか?」
「残念私の隣にいる子よ」
「え!?」
あっさりと矛先が向けられるような発言に、エルリィは思わず驚く。
「ほら、初めて隊長らしい事が出来るわよ」
「いやいやいや!!!いきなり武器向けられてる状況に投げ込まないでください!」
「え、エレンさん!ここは私が・・・」
「いいからいいから、もしもの時は私がなんとかするから」
無茶ぶりに喚くエルリィに、アリスが見ていられないとばかりに言い出すが、エレンはそれを却下し、エルリィを矢面に立たせた。
「ふん、こんな子供を隊長とするとは、よほどの物好きと見える」
「お褒めにあずかり光栄だわ」
男の皮肉に対してさらりと受け流すエレン。
「うう・・・」
一方のエルリィは早くもお腹が痛くなってきた。
このような無茶ぶりをされて、とてもではないがまともな思考なんて出来る筈も無かった。
男の鋭い視線がエルリィを射抜く。
もはやここまで来たら、なるようになるしかない。
(あとで恨みますよ!)
「りゅ、『竜殺しの刃』臨時小隊隊長の、エルリィ・シンシア、一兵卒未満です・・・」
「一兵卒未満?」
左の少年がそう呟いた。
「・・・・カルスルエ士官学校教官の『ゴードン』だ」
エルリィの挨拶に応じるように、男―――ゴードンは眉をひそめつつも応じた。
「何の目的へここへ来た」
「こ、この騒動の原因を調べに、戻ってきた」
「お前たちのせいだろ」
扉の向こうから声が聞こえた。
「聞こえなかったのかしら?」
それに応じるようにリーシャが口を開く。
「さっきこいつが―――ふべ!?」
しかしそれを塞ぐかのように飛んできた黒板消しがリーシャの顔面に直撃した。
「・・・・続けて」
エレンがにっこりと微笑んでそう言った。
あくまでエルリィだけに話させるようだった。
「・・・人手不足なのか?」
「そう、思ってもらっても構わない」
本当はアリスの我儘なのだが、そこは黙っておく。
今この状況において余計な情報は不要だ。
「ふん・・・・ならば取引と行こう。そこに寝ている奴をこちらに渡してもらおう」
男の視線は、今この部屋で寝させられている訓練兵の少年の事を指しているのだろう。
「ああ、それは構わない」
それに対して、エルリィはあっさりと承諾。
「でも、その代わり、貴方たちの持っている情報を出来る限り教えてほしい」
「情報か・・・それを知ってどうする?」
「少なくとも、この場所が重要かそうでないかが分かる」
会話が途切れる。ゴードンはしばらく考える素振りをみせ、ふと視線をエルリィの後ろの方へと向けた。
(ストームを見ている?)
エルリィは、覚えていた位置関係を元に、それを割り出す。
事実、ゴードンの視線の先にはストームがおり、そのストームはアサルトライフルを構えて待っていた。
相手が武器を下ろさないから下ろせないのだ。
「・・・先ほど『竜殺しの刃』と言ったな。それを証明するものは?」
「・・・・」
それを聞かれたエルリィは、ヴァリアブルスキンのジャケットを脱いで、その背を見せた。
「この紋章じゃあ、ダメですか?」
「そんなもの、いくらでも偽造できるだろう」
「それは・・・そうですが・・・」
ここで行き詰ってしまう。
(どうしていきなり、今まで触れてこなかった『竜殺しの刃』の話を・・・)
思考が逸れる。だが、今はそんな事を考えている場合ではないとやめて、次の言葉を言う。
「・・・信じて、ください」
絞り出すように、そう答えるしかなかった。
無責任な言葉だ。何の担保のない、ただ自分の精一杯の気持ちだけを現した言葉だ。
その言葉が、どれだけ相手に届くかなんてわかったものじゃない。
だけど頭の足りない自分には、これが最後の手段でしかない。
だから、この言葉に賭けた。
その言葉を聞いたゴードンは、しばらく何もせず、やがて、ため息を一つ吐いた。
「はあ・・・いいだろう。一先ずはお前たちを信じよう」
そう言って、ゴードンは銃を下ろし、後ろに控えていた訓練兵にも下ろすよう指示を出す。
その言葉に、エルリィは目を見開いた。
「そもそも、赤髪の『魔女』がいる時点で、その辺りは疑ってはいないし、こうも何の迷いもなく銃口を突き付け続けられたら気が休まるってもんじゃない」
「それじゃあ・・・」
「取引は成立。そして、お前たちを『竜殺しの刃』と見込んで頼みがある」
すると、扉の向こう側から、数人の武装した少年たちが現れた。
間違いなく、この士官学校の生徒たち、訓練兵たちだ。
「こいつらを助けてやってくれ」




