篝の正体
―――『要塞』のとある廊下にて。
「全く、なんで男一人能無し一人相手に、ここまで手こずる必要があるのよ」
「仕方ないでしょ。あのバカが逃がしちゃったんだから。お陰で所長に大目玉。いい気味ね」
そんな会話をしながら、二人組の女たちが通り過ぎて行った所で、ダクトの網戸が外れ、そこから一人の男が顔を覗かせ、そのまま廊下に降りる。
「よし、いいぞ」
続いて、エルリィが降りようとする。
しかし、慣れていないのかバランスを崩してしまい、
「あっ!?」
そのまま頭から落下―――とはならず、間一髪で篝が受け止めてみせる。
「大丈夫か?」
「あ・・・はい・・・」
何故か、胸がどきどきと高鳴るエルリィ。
「ここは、地上から八階ぐらいの場所といった所か。山岳地帯に作られた天然物を改造してるとはいえ、流石に『要塞』と呼ばれるだけはあるな」
「ここは、本来であれば、ここの地下にある『あるもの』を調べる為の研究所だそうです。でも、実際は発掘現場みたいな所で、いろんな事に備える為に、頑丈に作ってあるそうです」
「だから外壁ばっか厚くしてんのか。今じゃ戦姫以上の戦力はねえし、まあ打倒と言えば打倒だが」
エルリィは気付く。
篝が、妙にこの状況に慣れている事に。
その証拠に、篝が歩くとき、その足音は一切鳴っていなかった。その上、周囲を気にするように顔を幾度となく左右に振って、視野を広く保っている。
(一体、どんな経験をしてきたんだろう・・・)
エルリィには、とてもではないが、想像出来なかった。
「顔は上げておけ」
いつの間にか俯いていたエルリィに、篝は立ち止まって振り返ってそう言った。
「え?」
「不安なら、他人の顔でも見ていろ。よくカボチャやらジャガイモやらをイメージしろって言うが、俺に言わせればそんなもの、ただの現実逃避に過ぎないな」
「現実逃避、ですか?」
「そうだろ?相手がどんな表情をしているか。それを見るだけでも価値がある。別のものをイメージするっていうのは、それは事実、そいつの顔を覚えないのと同じで、相手の表情から自分がどう見えているのか、推測することすら出来ない。だから、一先ず自分を落ち着かせたい時は、他人の顔をしっかりと見ることにしている。相手がどんな顔をしているのか。その顔から、相手は自分をどう思っているのかを考える。そうすると、自然と心が落ち着いてくる。まあ、俺だけかもしれないがな」
そこまで言って、篝は再び歩き出す。
その後を、エルリィは追いかけた。
そうして、しばらく歩いていると、唐突に篝が足を止めた。
「ん?どうかした・・・」
「やられた」
篝が険しい表情でそう呟いた。
「どうやら、俺の見立てが甘かったようだ」
「え・・・」
その時、通路の奥から、多くの足音が聞こえてきた。
「っ!?」
(そんな、監視カメラに映らないようにしていたのに!?)
「どうやら居場所がバレたらしい。逃げるぞ!」
その足音が逃げるように走り出す篝とエルリィ。
「居場所がバレただなんて、この基地には、そのような戦姫は・・・」
「お前につけられていた発信機は潰した。監視カメラは避けた。ダクトも使って人をやり過ごした。お前も俺もミスはない。考えられるとすれば何か別の方法でこちらを見つけたかだ。今は走る事だけに集中しろ!」
エルリィたちは、来た道を走り抜ける。
(どうして見つかったの!?篝さんが言ったように、発信機も潰してカメラと人目を避けた。なのに、どうしてこちらの位置を―――)
「いたぞ!」
「っ!?」
走り抜ける先に、すでに何人かの女たちが、戦姫形態で待ち構えていた。
「篝さん!」
「止まるな」
言われて気付く。
(この人なんで私の前を走っているの!?)
いくら自分が欠陥品とはいえ、身体能力は常人の三~四倍になる。
それなのに、篝はエルリィの前を走っており。
「バカね、カモにしてあげるわ!」
そのまま、集団に向かって、篝は突っ込む。
その一方で、集団の先頭の女が、持っている剣を掲げた。
(だめっ・・・!)
エルリィは、篝より前に出ようとした。
しかし、篝の手が眼前に突き出され、エルリィは思わず速度を緩め―――
「死ねっ!」
剣が振り下ろされ、それをあっさり手の甲で逸らして見せた。
「へ?」
その勢いのまま、女の手首を掴み、その右側へと移動したかと思えば、その首の後ろを掴んで回転。勢いをつけ、そのまま他の女に、掴んだ女を投げつけた。
「うぐっ!?」
「ちょっ!?」
そして、投げた女の顔面に掌底を喰らわせた。すると、その女の顔が真後ろに動き、後ろにいる女の顔面に、その後頭部が激突。
その女の鼻から血が噴き出す。
エーテルを伴わない攻撃では戦姫の体が傷つく事はない。だがエーテルをまとっている戦姫の体であれば話は別だ。
そして、それは武器も同じ。
ざくっ
という音が聞こえてきそうなほどに、ぐっさりと、女の剣が、二人の女の心臓を貫いた。
「・・・へ?」
その光景に、エルリィは思わず言葉を失った。
立て続けて、三人、四人、と赤い血をまき散らす。
それは鼻からの血であったり、もしくは斬られて出来た傷口からだったり、の二つに一つ。
しかし、それによって確かに、自分たちの状況は変わった。
「いやあぁぁああああ!?」
「なによこれ、なんで、こんな!?」
「いたい、いたいっいたい!」
瞬く間に混乱に陥る。まるで、この状況に慣れていない。
(血なんて、いつも見ているくせに・・・)
気付けば、出来上がっていた壁を突破していた。
(全部、この人がやった)
まるで、一瞬のことのようだった。
敵の体や武器を利用し、立ち位置を正確に把握し、そしてあまりにも慣れた動きで、絶望的と思われた状況を切り抜けた。
まるで台本通りとでも言うかのような流れ作業。
「エルリィ、怪我はないか?」
そして、確認するように振り返った篝を見て、エルリィは彼の得体の知れなさを思う。
「貴方は、一体・・・」
その問いに答える事なく、篝は前を向く。
「ッ!?」
その時、篝が息を飲むのを感じた。
一体どういう事なのか。その理由を、エルリィはすぐに分かった。
(隔壁が下りてる!?)
先ほど通り過ぎた壁。そこは、本当は通路があった場所なのだ。
その通路が、隔壁によって閉ざされていたのである。
(誘導されてる・・・!)
気付いた時にはもう遅く、二人は敵に指し示された道を走り抜けるしかなかった。
分かっていても、後ろから破滅が迫ってくるのなら、走るしかないからだ。
しかし、その時はやがて訪れる。
「あ・・・」
とうとう、隔壁に閉じられた通路に行きつく篝とエルリィ。
エルリィが唖然と、閉じられた隔壁を見上げている間に、背後からそれは数えるのも億劫なほどの戦姫たちがやってくる。
「鬼ごっこはここまでよ」
その集団の中から、見覚えのある醜悪な女が現れた。
「フルール所長・・・」
エルリィは、左腕を右手で掴んだ。
一方の篝は警戒するように構えを取る。そうしながら、自分の耳元へと右手を近付けていた。
『ダメだ篝』
しかし、それを途中で止めた。
そのエルリィに向かって、ペネトは拍手をした。
「ご苦労様エルリィ、良い遊びだったわ」
「あ、遊び・・・?」
ペネトの言葉に、エルリィは首を傾げた。
「とても楽しませてもらったわ。貴方は期待通りの働きをしてくれた。貴方のお陰で、そこの玩具は想像以上の刺激を与えてくれたわ。ありがとう、エルリィ」
体が冷たくなる。
「また、貴方は・・・」
「いつも通りよ。エルリィ、良くやったわ。貴方のお陰で、私たちはもっと楽しめそうよ」
「待って所長」
そこで、ペネトの傍にいた女が、彼女に物申した。
「あいつのせいで、死人が出たのよ。それなのに、どうしてあいつを褒めるような事を」
「殺したのは彼女ではないわ」
「同じことでしょう!あいつが余計な事をしなければ、彼女は・・・」
「だから、殺したのはあの男なのであって、彼女じゃないでしょう?」
ペネトは、その女に詰め寄った。詰め寄って、言い寄った。
「それは・・・」
「大丈夫、復讐はちゃんとしなさい。そうね、皮を剥いでみるのはどうかしら?そうして剥き出しになった神経を撫でてあげれば、それはそれは良い声で鳴くでしょうね」
嫌な空気だった。少なくとも、エルリィにとっては、吐き気を覚えるようなものだった。
「彼女にはたっぷりお礼をするといいわ」
「っ!?」
そして、ペネトの言葉で、ぞわりとした悪寒がその体に迸った。
「こんな状況にしてくれたお礼を、丁寧に、確実に、二度と忘れられないようにね」
「あ・・・・あ・・・・」
悪意が、愉悦が、恐怖が、エルリィを蝕む。
(こ、殺される・・・)
死ぬ事はないだろう。しかし、心は確実に死ぬ事がエルリィには分かった。
何故なら、いつも見てきたからだ。いつも傍で、彼女たちの残酷な行為を見てきたからだ。
その悪意が、今、自分に向けられている。
それが、堪らなく怖い。
怖くて、たまらない。
そうして、エルリィが俯いてしまった。
「顔を上げろ」
しかし、その時、芯の通った声が聞こえた。
顔を上げた時、そこには、一人の男の背が見えた。
「顔を上げて、あいつらの顔を見ろ」
そう言われて、エルリィは、向かいにいる集団を見る。
その顔は、悪意に満ちた笑顔に染まっている。そう思っていた。
だから、まともに顔を見れなかった。
「どんな顔をしている」
だけど、どうしてか、篝の言葉に従って、向かいにいる女たちの顔を見た。
それで、どうしてか誰もが怪訝そうな顔をしている事に気付いた。
おそらく、篝の行動に、疑問を抱いているのだろう。
(どうして、私の前にいるんだろう)
それにつられるように、エルリィもそう思ってしまっていた。
「見えたか?」
「・・・はい」
エルリィの返事を聞いて、今度は篝が振り返った。
「じゃあ、俺はどんな顔をしている?」
今度は、篝がそう問いかける。
その言葉に、エルリィは篝の顔を見上げた。
その顔に、恐怖の色は無かった。
真っ直ぐにエルリィを見つめ、驕りも謙虚もない、そんな顔だった。
「エルリィ。お前の目に映る世界は、あまりにも残酷に映っているんだろう。もう、世界を美しくないと思っているんだろう。それはその通りで、望んだ日常も、願った未来も、きっと訪れる事はない」
その時、エルリィの視界に、篝の背後から何かを投げようとする戦姫の姿があった。
その顔は、悪意に満ちた笑顔で満ちていた。
「あぶ―――」
声を上げようとした。
しかし、篝は、後ろを見ることなく、エルリィの体を引っ張って、投げられたものを躱して見せた。
「なっ!?」
誰もが驚く。完全な不意打ちの筈だった。
「このっ!」
だからこそ、追撃が来る。
戦姫の腕力で放たれた剛速球。まともに受ければ、体の一部が吹き飛ぶだろう。
それを、篝は掴みとって見せた。
振り返って、矢を掴むように、見事に威力をいなしながら。
「「「なっ!?」」」
今度こそ、彼女たちの動きが止まる。
誰もかれも、ペネトも、エルリィも。篝が行った異常に、誰もが思考を止める。
しかし、それでも篝は、エルリィを見て、言い放つ。
「それでも、諦めるな。何があっても、諦めるな」
思考が戻る。
敵が、その体の一部を発光させ始める。
(コードスキル!?)
戦姫が一人一つ持つ異能『コードスキル』。
その体の一部が、まるで機械の基盤のような光のラインを輝かせ、それぞれが現実に引き起こす超常現象を発現させる。
「死ね!」
誰かが、そう叫んだ。
しかし、その最中で、ペネトの額には汗が流れていた。
「彼は―――」
放たれた、殺戮の嵐。
炎、水、風、雷。もしくは念力、もしくは石―――もしくは、エーテルそのもの。
それら全てが、篝とエルリィに向かって殺到する。
(避けられない!)
逃げ道のない袋小路。袋の中に水を入れるかのような絶望的な状況。
しかし、エルリィは走馬灯を見ることはなかった。
背後の隔壁が砕ける。鋼鉄の壁が引き裂かれ、そこから巨大な何かが、篝たちの前に立ちはだかる。
それが、殺到した、暴威を全て防いだ。
立ち込める煙幕の中、姿を現したのは、鋼の怪物。
恐ろしい頭部、上半身のさらに上半分しかない胴体、アンバランスな巨大な腕。
まさしく、『機甲の怪物』とでも言うべき存在が、突如としてそこに現れた。
「これは、ある人から送られた言葉だ」
篝の傍に、見知らぬ少女が立っていた。
銀の縦ロールのツインテール、小柄な体躯、そして、人形のような綺麗な顔立ちをした少女。
「この、不完全で残酷な世界を、俺たちの思い通りに変えるんだ。この、美しい世界を変える為に」
その機甲の怪物を見たペネトは、その悪寒を的中させた事を嘆いた。
「あれは、あの、男は―――!」
奪われた宝石が、篝の元へと戻った。
「随分早かったな」
「警備とセキュリティがザル過ぎて、拍子抜けしてしまいました。お陰でそれを取り戻す余裕もあったので、タイミングよく出られました」
「合図は?」
「既に」
篝の右手と少女の左手が繋がる。
そして―――男は奇跡を引き起こす。
「エンゲージ―――『ラーズグリーズ』」
青白い光が淡く迸る。
『男が戦姫になることは出来ない』
それは、この世界における絶対の理だ。
誰もがそう信じ、誰にとっても当たり前であった。
だが、りんごが木から落下するほど絶対ではない。
「ああ、なんてこと・・・」
ペネトは、自身の失態を今更ながらに思い知る。
「そりゃそうよね。だって、そっちの姿は公開してくれなかったものね」
光が収まり、そこに立っているのは、たった一人の『女』。
「アルガンディーナ帝国で結成された反乱軍『竜殺しの刃』を従え、帝国での反乱を先導し、数多くの姫君を殺し、国をひっくり返してみせた『戦姫』・・・与えられた通り名は『竜殺しの悪魔』・・・!」
黒の長髪、美しく凛々しい顔立ち、丸みを帯びた、誰もが羨むような肉体、立ち振る舞い全てが気品に満ち溢れ、そして何より、絶対的な『規格外』を感じさせる雰囲気。
しかし、その女は、本来、存在することはあり得なかった。
「貴方は・・・」
エルリィは、自分の目を疑っていた。
それは当然だ。何故なら、先ほどまで男だった筈の人物が、女になってしまっていたのだから。
「エルリィ」
全く違う声が、その『女』の口から紡がれる。
「改めて、名乗ろう」
振り返って、その美しい顔を、透き通るような青い瞳を向けて、名乗る。
「俺はアルガンディーナ帝国陸軍特別遊撃団『竜殺しの刃』団長、准将『天城篝』だ」
エルリィは、その時、本当の篝と出会った。
天城篝
年齢 十八歳
性別 男
誕生日 七月七日
身長182㎝ 女性Ver174㎝
容姿のイメージ 男性Ver『未定』女性Ver『崩壊3rdのエデン』。
『好きな食べ物』甘いもの全般 『嫌いな食べ物』トマト
『特技』演技
実は髪フェチ
エルリィ・シンシア
年齢 十四歳
性別 女
誕生日 七月七日
身長 160㎝
容姿のイメージ『アークナイツのチェン』
『好きな食べ物』皇国のツナ缶 『嫌いな食べ物』虫
『特技』神経衰弱、スピード(トランプ)
実は私服は全て手作り